終ノ刻印

第72話 子守唄④

終ノ刻印 第二章 最強の王編 第72話

     /真斗

「初めて見たな。そういうの」

 部屋に入って。
 エクセリアを寝かしつけるジュリィの姿を、俺はまじまじと見てしまっていた。
 歌っているのが誰かなど分かっていたが、それでもこうやって改めて確認すると、どうにも多少は驚いてしまう。
 そして同時に、気持ち良さそうに目を閉じているエクセリアに対しても。
 何もかも、意外だった。

「似合わないかしら」

 苦笑気味に、黎は言う。

「そうでもないけどな」

 肩をすくめて、俺は黎が寝かされていた方の長椅子に腰掛けた。

「身体は大丈夫なのか?」
「……ええ。まだ生きていられるわ」
「そっち……エクセリアは?」
「大丈夫よ。また、眠られたみたい」

 また……ってことは、一度目を覚ましたということか。

「そいつさ。いきなりぱったり倒れて……そのままだったんだ。一体どうしたのか知らねえけど」
「疲れれば、誰だって眠るわ。この方とて、例外ではないの」

 疲れ、ねえ……。

「お前だって疲れてるんだろ? もうちょっと休んでろよ」

 俺の言葉に、じっと黎は見つめ返してくる。

「わたしに言いたいことはないの?」

 真っ直ぐに聞いてきた。
 言いたいこと、か………。
 山のようにあるような、無いような。
 実のところ、俺にもよく分からなかった。
 とりあえず、まず事実を告げる。

「由羅のやつは、俺が預かってる」

 といっても、この事務所の中に置いてあるに過ぎないが。

「やはり、死にはしなかったのね」
「さあな。あいつ、かっちこちだからな」
「……それで?」

 聞かれて。
 俺は嘆息しつつ、言った。

「満足か? お前」
「…………」

 即答されるかと思ったが、返事は無かった。
 答えにくいのか、黎は視線まで逸らす。
 別に答えは求めなかった。

「俺の希望は聞いたよな? それは今でも変わらない。けど、二人を止めずに決着させたのも、俺だ。だから文句は言わねえよ」

 あの時エクセリアを通じて、二人の間を何とかしようと思っていた。
 しかし結局はうまくいかず、間に合うことも無かった。
 初めから、無謀な賭けだったのだろう。
 覚悟していたことではあるが。

「一応、ついたんだろうけどな。お前らの決着は。そうしたら、お前はどうするんだ?」
「…………」
「まあいいけどな。好きにして。――ただ一つだけ、聞いておいてくれないか」

 俺はエクセリアを見ながら、黎へと言う。

「終わってしまって、結局この後、俺をどうする気なのか。一応、気になるからさ」

 また目を覚ましたら、聞いておいてくれと。
 そうとだけ言い残して。
 俺は部屋を出る。
 子守唄が再開されることは無かった。

     ◇

 少しくらい、なじれば良かったのかも知れない。
 ぼんやりと、今更のように俺は考えていた。

 由羅や黎のことは所長に任せ、俺は事務所を出て。
 別段行く気も無かった学校の方に、顔を出していた。

 マンションでぼんやりしているよりも、授業でも聞いていた方が少しはマシかと思ったのだが、大差はないようだった。
 まあとりあえず出てれば出席にはなるし、腹だってすいてきている。昼食を目的と思えば悪くない。

 二限終了のチャイムが鳴って、授業が終わる。
 生徒がぞろぞろと出て行くのを、何をするでもなくぼんやりと眺めた。
 今すぐに出ていったところで、食堂は混雑しているだろう。
 のんびり行けばいい。
 そんな風に思っていたところで。

「ちょっとあなた」

 不意に、声をかけられた。
 知らない声に、俺は顔を上げる。

 そこに立っていたのは、勝気そうな顔をした、赤毛の女。
 そいつはじいっとこちらを見ている。

「……俺?」
「他に誰がいるって言うの?」

 言われてみれば、もう俺の周りの席には誰もいない。
 残っていた生徒達も、どんどん教室の外へと出ていってしまっている。

「いないな。んで、俺に何か用か?」
「当然でしょ」

 用があるから来たんだと言わんばかりに頷いて、そいつはひょいっと机の上に腰掛けた。
 そうやってこっちを見下ろす姿は何だか偉そうで、昨日のあの変な女を思い出してしまう。

「確認よ。――あなた、人間?」

 はあ?
 突然の質問に、呆気にとられて俺はそいつを見返した。

「そう見えないってか?」
「外見のことなんか言ってないわよ。もっと潜在的なこと。異端……って言葉にぴんとこない?」
「――――」

 俺が顔色を変えたのを見てとって、そいつは思った通り、という感じの顔になった。
 ついでになぜか、表情を綻ばせる。
 さっきまでのつっけんどんな感じが、見事に緩和していた。

「知ってるのね。ということは自覚もあるってことでしょ? それにしても……驚いたわ。まさか千年もたって、こんなに魔の気配の強い同胞が残っていたなんて」

 そいつは嬉しそうに、興味ありげにこっちを覗き込んできる。
 そっちは何やら得心いったようだったが、こちらとしてはぽかんとなるばかりだ。

「でも、今までよく無事だったわね。先に楓あたりに見つかっていたら、何されていたかわかったものじゃなかっただろうし。それに――」
「おい――ちょっと待てって」

 俺は思わず制止した。
 これ以上、わけの分からん話を進めてもらっては困る。

「いったい何なんだ? 俺が何だって言うんだよ?」

 そう言うと、そいつはきょとんとなった。


 次の話 >>
第73話 敵か味方か終ノ刻印 第二章 最強の王編 第73話 「自覚無いの? でも、異端のことは知っているんでしょ?」 「異端って……そりゃあな。だって俺...

 目次に戻る >>
終ノ刻印【Thousand Testament Ⅹ】 『終ノ刻印』とはたれたれをによる小説作品。  『Thousand Testament』シリーズの一つ。エピソードⅩに当たる。 ...