終ノ刻印 第二章 最強の王編 第72話
/真斗
「初めて見たな。そういうの」
部屋に入って。
エクセリアを寝かしつけるジュリィの姿を、俺はまじまじと見てしまっていた。
歌っているのが誰かなど分かっていたが、それでもこうやって改めて確認すると、どうにも多少は驚いてしまう。
そして同時に、気持ち良さそうに目を閉じているエクセリアに対しても。
何もかも、意外だった。
「似合わないかしら」
苦笑気味に、黎は言う。
「そうでもないけどな」
肩をすくめて、俺は黎が寝かされていた方の長椅子に腰掛けた。
「身体は大丈夫なのか?」
「……ええ。まだ生きていられるわ」
「そっち……エクセリアは?」
「大丈夫よ。また、眠られたみたい」
また……ってことは、一度目を覚ましたということか。
「そいつさ。いきなりぱったり倒れて……そのままだったんだ。一体どうしたのか知らねえけど」
「疲れれば、誰だって眠るわ。この方とて、例外ではないの」
疲れ、ねえ……。
「お前だって疲れてるんだろ? もうちょっと休んでろよ」
俺の言葉に、じっと黎は見つめ返してくる。
「わたしに言いたいことはないの?」
真っ直ぐに聞いてきた。
言いたいこと、か………。
山のようにあるような、無いような。
実のところ、俺にもよく分からなかった。
とりあえず、まず事実を告げる。
「由羅のやつは、俺が預かってる」
といっても、この事務所の中に置いてあるに過ぎないが。
「やはり、死にはしなかったのね」
「さあな。あいつ、かっちこちだからな」
「……それで?」
聞かれて。
俺は嘆息しつつ、言った。
「満足か? お前」
「…………」
即答されるかと思ったが、返事は無かった。
答えにくいのか、黎は視線まで逸らす。
別に答えは求めなかった。
「俺の希望は聞いたよな? それは今でも変わらない。けど、二人を止めずに決着させたのも、俺だ。だから文句は言わねえよ」
あの時エクセリアを通じて、二人の間を何とかしようと思っていた。
しかし結局はうまくいかず、間に合うことも無かった。
初めから、無謀な賭けだったのだろう。
覚悟していたことではあるが。
「一応、ついたんだろうけどな。お前らの決着は。そうしたら、お前はどうするんだ?」
「…………」
「まあいいけどな。好きにして。――ただ一つだけ、聞いておいてくれないか」
俺はエクセリアを見ながら、黎へと言う。
「終わってしまって、結局この後、俺をどうする気なのか。一応、気になるからさ」
また目を覚ましたら、聞いておいてくれと。
そうとだけ言い残して。
俺は部屋を出る。
子守唄が再開されることは無かった。
◇
少しくらい、なじれば良かったのかも知れない。
ぼんやりと、今更のように俺は考えていた。
由羅や黎のことは所長に任せ、俺は事務所を出て。
別段行く気も無かった学校の方に、顔を出していた。
マンションでぼんやりしているよりも、授業でも聞いていた方が少しはマシかと思ったのだが、大差はないようだった。
まあとりあえず出てれば出席にはなるし、腹だってすいてきている。昼食を目的と思えば悪くない。
二限終了のチャイムが鳴って、授業が終わる。
生徒がぞろぞろと出て行くのを、何をするでもなくぼんやりと眺めた。
今すぐに出ていったところで、食堂は混雑しているだろう。
のんびり行けばいい。
そんな風に思っていたところで。
「ちょっとあなた」
不意に、声をかけられた。
知らない声に、俺は顔を上げる。
そこに立っていたのは、勝気そうな顔をした、赤毛の女。
そいつはじいっとこちらを見ている。
「……俺?」
「他に誰がいるって言うの?」
言われてみれば、もう俺の周りの席には誰もいない。
残っていた生徒達も、どんどん教室の外へと出ていってしまっている。
「いないな。んで、俺に何か用か?」
「当然でしょ」
用があるから来たんだと言わんばかりに頷いて、そいつはひょいっと机の上に腰掛けた。
そうやってこっちを見下ろす姿は何だか偉そうで、昨日のあの変な女を思い出してしまう。
「確認よ。――あなた、人間?」
はあ?
突然の質問に、呆気にとられて俺はそいつを見返した。
「そう見えないってか?」
「外見のことなんか言ってないわよ。もっと潜在的なこと。異端……って言葉にぴんとこない?」
「――――」
俺が顔色を変えたのを見てとって、そいつは思った通り、という感じの顔になった。
ついでになぜか、表情を綻ばせる。
さっきまでのつっけんどんな感じが、見事に緩和していた。
「知ってるのね。ということは自覚もあるってことでしょ? それにしても……驚いたわ。まさか千年もたって、こんなに魔の気配の強い同胞が残っていたなんて」
そいつは嬉しそうに、興味ありげにこっちを覗き込んできる。
そっちは何やら得心いったようだったが、こちらとしてはぽかんとなるばかりだ。
「でも、今までよく無事だったわね。先に楓あたりに見つかっていたら、何されていたかわかったものじゃなかっただろうし。それに――」
「おい――ちょっと待てって」
俺は思わず制止した。
これ以上、わけの分からん話を進めてもらっては困る。
「いったい何なんだ? 俺が何だって言うんだよ?」
そう言うと、そいつはきょとんとなった。
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