終ノ刻印

第71話 子守唄③

終ノ刻印 第二章 最強の王編 第71話

 そう。
 エクセリア様が望むもの、望まないものなど知っている。
 わたしは望まれていないものであることも。

「覚悟はできています。命じられれば、いつでも」
「……そなたはまだ生きられる」
「ですが、その目的も消えました」

 わたしはユラに依存していた。
 もしあの子が封印されただけに留まっているのならば、これまでと変わらない。依存し続けることもできるだろう。

 しかし、もうその気は無い。
 今となって、わたしの中の何かが欠落してしまった。
 その気力が、すでに無い。

 例えこの後体力を回復させたとしても、精神は一気に老いていくことになるだろう。
 結果、死なずにいられなくなる……。
 そんなわたしを、エクセリア様はしばらく見返していた。

「……私は、何をやっているのだろうか」
「…………?」

 独白のようにつぶやくエクセリア様に、わたしは首を傾げる。

「私でも、家族……と呼べる者はいた。レネスティア、レイギルア、そなたにユラスティーグも」

 それは、わたしにとっての家族でもある。

「だというのに、私はそれを失ってゆく……。まずはレイギルアを。私は初め、失うその意味がよくわからなかった。だからこそ、そなたとユラスティーグのことも」

 ……わたしとユラがああなった時、エクセリア様はまるで無関心のようだった。
 わたしのすることにも何も言わず、そしてユラの助けにも応じることはなくて。
 ただ、静観していた。

「そして、ユラスティーグを見捨て、変質したその存在を受け入れることができずに。また、そなたの存在をも……。レネスティアに至っては、どれほどの苦痛を与えたことか。……そこまでして、為すべきことだったのだろうか」
「――それを、お悩みなのですか」

 わたしは聞いた。
 エクセリアは答えなかったが、否定もしない。
 認めることが辛いが、事実でもあるのだろう。

「それが滑稽なことかもしれないと感じつつも、わたしはここに至るまで、やり遂げるまできました」
「……私も、迷うべきではないと?」
「いいえ。わたしがそうしてこれたのは、それがわたしの生きる唯一の目的に成り下がっていたことと、そして悩むことをしなかったからです。我ながらに情けなく、愚かな人生であったと思います。ですが、それが必ずしも間違っていたとは思いません。そもそも、何が正しくて何が間違っているかなど、そんな正誤などありはしないはずです。ですから、あなたが間違っていて、レネスティア様が正しいということもなければ、その逆も無いのですよ」
「そう……なのだろうか」
「はい。ですが」

 この先を続けるべきかどうか、一瞬迷う。
 だがすぐに振り払った。
 もう、わたしは終わっているのだから。

「悩むことができるのならば、そうすべきです。そして、後悔も。そうやって、生き方を変えることも……決して悪いことではないはずです」

 わたしがしなかったこと――できなかったことを、それでもそうすべきかもしれないと、奨めた。
 我ながら偉そうなことをと思ったが、言わずにはおれなかった。

「……そなたは、私を見捨てぬのか」
「なぜ、そのようなことを?」
「かつて私は、そなた達に関わろうとしなかった。しかし利用はした。……今回もまた。だというのに、なぜ恨みに思わぬ? なぜ優しい言葉を……かけるのだ?」

 そう尋ねてくるエクセリア様の表情は、それこそ初めて見るほど感情に溢れていた。
 ようやくそんな顔を見せてくれるようになったことに、どこか場違いな満足感を覚えてしまう。
 そして、愛しいとさえ。

「なぜ……そうですね。それは、わたしがあなたの姉だからです」
「――――」
「僭越を、お許し下さい。ですが、わたしは今も……そう思わさせていただいています」
「……それは、レネスティアに対しても?」
「はい」
「ならば、ユラスティーグに対しては」

 即答は、できなかった。
 なぜならば、すでにユラ自身へと答えてしまっているから。
 わたしのことを、今でも姉と思うと言ったユラに対しては、わたしは否と。
 けれど。

「……ここまで想ってしまった相手です。姉妹ゆえであったのならば、やはりわたしは未だに姉のままであったということでしょう」

 いくら憎かろうと、その事実だけは変わらない。
 わたしはあの子に嘘をついたのだ。
 結局、わたしも甘かったということだろう。

「……ユラスティーグは未だ生きている」

 突然そう言われ、わたし息を呑み込む。

「もし死んでいれば、恐らくこの身の精神に、何らかの異常をきたしていたことだろう」
「それは、どういう……?」
「クリーンセスの時の、レネスティアを覚えているであろう?」
「……はい」

 今も尚、あの時のことはよく覚えている。
 あの時より、わたしの憎悪など遥かに凌駕する怨嗟でもって、ユラはレネスティア様に憎まれることになったのだから。

「我らは一度認めたものを失うことを、容認できぬ。……そう、できてしまっている。わかっているつもりではあったが、あまりにも認識不足だった。真斗がそれを、教えてくれた。思えば二人のネレアのことも、それゆえだったのかもしれない」
「真斗、が……?」
「私は真斗を殺せなかった。それどころか、誰かに殺されることすら嫌だった。その、つもりであったというのに」

 真斗とエクセリア様の間に何があったのかは知らない。
 それでもエクセリア様を悩ますほどの何かが、あったのだ。

「私が認めた者は少ない……。それでもその中に、確実にユラスティーグもそなたもいる。私はできぬことを、やろうとしていたのだ」
「……しかし、それでは」
「まだわからぬ。しかしきっと……私はそなたにも、ユラスティーグにも、生きて在って欲しいと思ってしまっているのだろう。……やはり、私はレネスティアに嫉妬していたようだ。だからこそ、気づくのにこれほどの時を費やしてしまった」
「エクセリア様……」
「私は、とてもあの者の姉では在り得ぬ」
「――――」

 その言葉に、どきりとする。
 それはまるで、自分自身の鏡を見ているかのようで。
 わたしもまた、あの子の姉を名乗る資格など無いのかもしれない……。

「ジュリィ」

 名を呼ばれた。

「はい」

 頷く。

「また……これからも、傍に在って欲しい。そしてまた……あの歌を」
「……はい」

 もう一度、頷く。
 けれどこれは、半ば嘘だ。
 わたしはもう終わっている。
 それは変わらない。
 変えるつもりもない。

 しかし残された命……いくばくも無いだろうが、その間ならば捧げてもいいと思った。
 誰に対してでもなく、自分自身に。
 姉という自分に。

「もう一度、歌ってはくれないか」

 今ここでと。
 返事の代わりに、わたしはベッド代わりに使われていた長椅子に腰掛ける。
 エクセリア様も再び腰を落ち着け、そしてわたしの膝に身を任せて。
 少しぎこちなかったけれど、あの時のように。
 この子は眠り、わたしは歌った。


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