終ノ刻印

第70話 子守唄②

終ノ刻印 第二章 最強の王編 第70話

     /黎

 目が覚める。
 脱力感の中、わたしは身体を起こした。
 そして息をつく。
 目覚めたばかりだというのに、なぜだか頭ははっきりしている。
 まるで、ただ身体だけが眠っていたかのようだった。

「終わった……のね」

 少なくともあの時、わたしはそう判断していた。
 ユラは、わたしの剣を受けた。
 それがどういう結果をもたらすのか、考えるまでもない。

 いや……どうなったのか、正直なところは分かってはいなかった。
 わたし自身の力では、ユラを殺すことはできない。ならばレネスティア様の力のこもったあの剣の力を展開させて、それをもってすればあるいは――と、考えていた。

 もしかするとその通りになったのかも知れないし、ただ今までのように封印された状態に戻っただけかも知れない。
 それは、分からなかった。
 だがどちらにせよ、それはわたしが望んだことのはず。
 だというのに、少しも気分が晴れることはなかった。
 ユラと相対し、戦い続けるうちに、どうしてだかわたしは追い込まれていっていたのだと思う。

 そして最後の交錯の瞬間、わたしは敗北を覚悟した。
 ユラの力の前に、呑まれ、消えるだろうと悟ってしまった。
 だというのに最後の最後であの子は――

「ぅ……あ」

 嗚咽が洩れる。
 むかむかしたものが喉の奥から這い上がってこようとするが、結局出るものなど何も無く。
 ただ絞られた声のみが、むなしく響いた。

「馬鹿よ……。どうして、どうしてあの子は……」

 そうだ。
 ユラは最後の最後で力を抜き、わざとわたしの剣をその身に受けたのだった。
 理由は何なのだろう。
 真斗との約束を守るためだろうか。
 それとも単に、わたしを殺すことができなかったからだろうか。

 何にせよ、結果はこうなった。
 わたしはもう……。

「え?」

 そこで初めて。
 わたしは隣に寝ている者の存在に気づいた。
 その顔を見て、絶句する。

「な……エクセリア……?」

 思わず、その名を呼んだ。
 わたしの横にあって、寝かされている少女。
 それは間違いなく、エクセリア様だった。

「どうして……」

 眠っているようには見えない。
 まるで息をしている様子が無いからだ。
 しかしだからといって、死んでいるわけでもない。その身体は明らかに生気に満ちている。

 ……それはまるで、人形のよう。
 けれどその姿は馴染み深いものだった。
 エクセリア様も、レネスティアもう一人の妹も、眠っている姿はいつもこんな風だった。
 初めは戸惑ったけれど、もう慣れている。

 ふらつく身体で何とか立ち上がり、わたしはそっとエクセリア様の傍へと歩み寄る。
 この方の、こんな姿を見ることができるのは、本当にどれだけぶりだろう……。

 その懐かしさに、知らず、わたしは歌を口ずさんでしまう。
 むかし、わたしの妹たちを寝かしつけるために歌った曲。
 稚拙な子守唄ではあったけれど、それでもこの子たちはそれで眠ってくれた。

 なかなか言うことを聞いてくれない妹たちの相手は大変だった。でもそうやって一日が過ぎて、寝かしつけて………。
 それはみんな、わたしの役目。
 いろいろと苦労した反面、振り返ってみればそれは幸せであったと思う。

 唯一失ったものがあるとすれば、自分もまたあの人の妹であったということ……。
 姉であろうとしたため、妹としていることができなかったことだ。

 それが、最後の最後で暴発してしまった。
 良い妹で在り続けようとしたユラを見て、どうしようもなく嫉妬してしまったのだ。
 そして自ら全てを壊した。

 ずっとユラのせいにしてきたけれど、本当は、自分の弱さが原因だったのかもしれない……。
 そんなことにはとっくに気づいていたのに、それでも改めることができなかった自分は、結局その程度の人間だったのだろう。
 お兄様に選ばれなかったのも、当然か……。

「――何を泣く?」

 不意の問いに。

「……起こしてしまいましたか」

 瞼を開いたエクセリア様と目が合い、わたしは僅かに頭を垂れた。

「申し訳ありません。耳障りでしたでしょうか」

 思わず口ずさんでしまっていた子守唄のことを、詫びる。
 エクセリア様は、首を横に振った。

「……いや。懐かしく、感じた」

 そう答え、身を起こす。
 そして周囲をしばし眺めやった後、わたしへと尋ねてくる。

「私をみてくれていたのか?」
「いえ……。わたしも今、目覚めたところです。そうしたら、エクセリア様が」
「……そうか」

 頷き、エクセリア様は音も無く立ち上がった。
 そのままどうすることもせず、エクセリア様はただ立ち尽くす。

「…………?」

 違和感を覚え、わたしは怪訝に思う。
 信じられないことであったが、エクセリア様がひどく……落ち込んでいるように見えてしまったからだ。

「……どうか、されたのですか?」

 相変わらず言うことのきかない身体を無理やり動かして、彼女の前にしゃがみこみ、そして見上げた。

「私は……」
「はい」
「私は、この先行きが、自身を含めてわからなくなってしまった。ゆえに逃げた……。この身を真斗に任せ、思考を止めた。――そなたは無事のようだが、由羅……ユラスティーグは?」

 その問いに。

「はっきりとはわかりません。ですが、すでに果たされたものだと、認識しています」
「――――」

 僅かに、エクセリア様が目を見開く。

氷涙の剣アルレシアルは」
「ユラの元に戻りました」
「…………」

 わたしの返事に、エクセリア様はどこか肩の力が抜けたかのようだった。
 今エクセリア様が何を考えているのかは、分からない。
 しかしこれは、望んだことのはずだった。
 そして。

「――次は、わたしの番です」


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