終ノ刻印

第69話 子守唄①

終ノ刻印 第二章 最強の王編 第69話

     /真斗

「――あれが、結果か」

 早朝になってやってきた茜は、何の感慨もないかのように、ただそうとだけ言った。

「ああ」

 俺の気の無い返事に、ため息が聞こえてくる。

「一応、結界は強化しておいた。しばらくはもつだろう」
「すまない」
「お前……少しは寝たのか?」

 呆れたようにこちらを見る茜に、俺は苦笑して首を横に振った。

「そんな気分じゃなくてさ」

 はあ、と息を吐いて天井を見上げる。
 視線の先に映るのは、何の代わり映えもしない、事務所の天井。

 ――あの時。
 黎と由羅が戦い、二人は傷つき倒れた。
 黎は無事だったものの、意識は無くて。
 今に至るまで昏々と眠り続けている。

 それはいい。たぶん、死ぬようなことはないだろう。
 問題は、由羅のやつだった。

「おい真斗」

 声がかかって振り向けば、所長の姿。

「もう起きたのか?」
「寒いわ変な夢は見るわで寝てられるか」

 言いながら、所長はぶるっと身体を震わせる。
 原因は、所長の下の部屋にいる、由羅だろう。

「茜が咒を強化してくれたから、少しはマシになってると思う」
「――みたいだな」

 件の部屋を見やってから、所長は自分の席につく。
 気をきかせた茜が、熱いコーヒーを所長に出していた。

「おっと、すまない。助かるよ」

 所長は嬉しそうに受け取ると、ちびちびと口をつけていく。

「なあ所長。どうにかは……ならないのか?」
「無理だろうな」

 あっさりと返事は返ってくる。

「茜君はどう思う?」
「柴城さんに同感だ」

 茜もまた、あっさりと同意した。

「真斗。あれはお前の刻印よりも性質が悪い。余波だけであの様なんだから」
「そう……だな」

 俺は由羅のいる部屋を見ながら、小さく頷いた。
 ――あの時、黎は無事だった。
 しかし由羅は違ったのだ。

 俺があいつを見つけ出した時にはもう、冷たくなっていた。
 死んでは……いないと思う。しかし、半ば氷漬けになっていた由羅は、何を言っても反応することは無かった。

 なぜそんなことになったのか、それはあいつの身体に突き刺さった剣を見れば、一目瞭然だ。
 黎が持っていた剣。
 それを突き刺されて、今では完全に凍り付いてしまっている。
 どういう氷なのかは知らないが、どんなことをしても砕けず、徐々にその凍気を増していっていた。

 何とかここまで連れ帰ったものの、由羅を置いた部屋はどんどん凍えていき、その冷気を撒き散らす有様だったので、所長と茜の結界で、それを何とか閉じ込めているという状態ですらあった。
 全くもって、打つ手が無い……。

「あれはもう、封印だな」
「……封印?」
「うん。恐らくだけどな。アトラ・ハシースの禁咒の中に、永久凍土の咒法を併用した、極光戒アルレシアルという凍結封印があるらしいけれど、これはそういうものに近いものだと思う」
「ほう。それはまた……」

 茜の説明に、所長は感心したかのように、声を上げた。

「だとすると、本当にどうにもならんな。禁咒の域に達したものを、人の身で扱うには荷が勝ちすぎている」
「そう……なのか?」
「そういうものだ」

 所長と同じように、茜も頷く。

「――ともかく、あれをこのままここに置いておくわけにはいかないだろう。あまり放っておくと、この事務所も完全におかしくなるぞ」
「……どうしろって言うんだよ?」
「――ああ、そいつはおれが何とかしよう」

 あっさりと返ってきた言葉に、俺は少し驚いて所長を見返した。

「何だかんだ言って、今回のことにお前を巻き込んだのはおれだからな。できる限り便宜ははかってやる。それに何より、ここはおれの住家だしな」
「助かる……」

 素直に、俺は礼を言う。
 そんな俺に、所長は軽く笑って気にするなと言った。

「しかしな。事が落ち着いたら今回のこと、しっかり話してもらうぞ。おれも聞いておく必要があるからな」
「そう……だな」

 当然といえば当然だ。
 どこまで話すべきなのかは分からないが、それでも話せるところまでは話すべきだろう。

「ところでさ。上田さんはどうしたんだ?」

 あの時、偶然というにはあまりにもできすぎたタイミングで上田さんが現れ、黎や由羅を運ぶのを手伝ってくれたのだ。
 しかしその時以来、全く姿を見せていない。

「さてなあ。昨日から会ってないが。上田がどうかしたのか?」

 所長は上田さんの正体を知らない。
 話そうかとも思ったが、やはりやめる。
 上田さんのことを説明するには黎のことも、由羅のことも、全て話さなければならなくなる。
 今の俺に、そんな精神的余裕は無かった。

「いや……何でもない。まだ来てないから、どうしたのかなって思ってさ」
「まだ朝早いしな。そのうち来るだろう」

 俺が話をはぐらかしたところを見計らったように、椅子に座っていた茜が立ち上がる。

「真斗。私はちょっと出てくる」
「用事か?」
「今できた。……けれどその前に一つだけ、確認しておきたい」
「俺に、か?」

 聞き返すと、茜は小さく頷いた。

「お前はどうしたい? あの、二人を」
「なんだよ急に?」
「いいから答えろ」

 その一方的な問いに、俺も少し戸惑ったが、それでも答えた。

「別に、大したことは考えちゃいないさ。仲直りしてくれだなんて、今更なことは思っちゃいない。せいぜい、殺し合いをしないようになってくれればって……な」
「ふん。ここまでのことしたあの二人が、それこそ今更だとは思うけれどな。それでも一応、手伝ってはやる」

 そうとだけ言い残して。
 茜はずかずかと大股で、事務所を出ていってしまう。
 あんまり機嫌はよろしくないらしい。

 それにしても、手伝ってやる……か。
 しかし黎はともかく、由羅をどうすることもできない。茜には何か考えがあるんだろうか。
 それに何より、俺にできることなどあるんだろうか。
 俺がぼんやりと、そう思った時だった。

「おや?」

 コーヒーに口をつけていた所長が、何かに気づいたように視線を彷徨わせる。

「……どうしたんだ?」
「いや……お前、聞こえないか?」
「……何が?」

 疑問を浮かべながらも、俺は耳を澄ましてみた。
 ……やがて、それは耳へと届く。
 声……いや。

「歌……みたいだな」
「そうだな」

 相づちを打つ所長。
 確かにそれは歌のようだった。
 聞いたことのないものだったけれど、その静かな歌は、とても優しい響きで歌われている。

「……いい歌だな」

 所長の言う通りだった。
 沈みかけていた心のありようが、少しとはいえ引き上げさせてくれるような。

「ちょっと行ってくるよ」

 どこから聞こえてくるのかなど、考えなくても分かる。
 知った声。
 こんなに優しい声が出せるのかと、疑ってしまいたくもなるが、間違いはない。

「ああ」

 行ってこいと、所長は頷いた。


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