終ノ刻印

第68話 一つの結末

終ノ刻印 第二章 最強の王編 第68話

     /黎

 真っ直ぐに振り下ろした刃を。

「…………っ!」

 避けることなく、ユラは受け止めた。

「――――!?」

 掲げ、受け止めた右手から、鮮血が舞う。

「あな……た……っ!」

 剣は深くユラの掌を切り裂いて、深く抉っている。
 しかし、それ以上はびくともしない。
 必死になって、受け止めている。

「こんなの……! ジュリィの、じゃない……レネスティア、のだもの! こんなのでいくら斬りかかってきたって……怖くない!」
「ユラぁ……!!」

 ユラの言葉に、カッとなる。
 それは事実。
 今ユラを傷つけている力は、自分のものではない。あくまでも、レネスティア様の……もの。

「違うわ!」

 わたしは片手をユラの懐へと伸ばし、咒法を炸裂させる。
 方向性も何もない力の本流が、爆発して。

「っあぅ!」

 悲鳴を残し、吹き飛ぶユラ。
 余波はこちらにも反射して、わたし自身も後方に弾かれた。身体に大きな裂傷を負ったものの、覚悟の上だっただけにユラよりも速く、立ち直って。
 そして。

「はああああああぁっ!」

 捧げるように、剣を構え。

「!?」

 起き上がったユラが、驚愕に目を見開く。

「溶け……そんな――?」

 わたしにそれに答える余裕は無い。
 残された生命力が、どんどん吸われていく。
 周囲に怒涛の勢いで満ちていく水蒸気。

 それは、氷涙の剣アルレシアルから発せられたもの。
 この剣を形作る氷を溶かし、気化させて、そこに秘められた力を――想念を、解放していく。

「く……!」

 水蒸気にまみれていく空間が、重くわたしに圧し掛かる。
 これは全て、レネスティア様の憎悪。
 それが結晶化していた剣を、わたしは自身の生命力を使って熱し、解放していく。

 ――いったいこの剣には、どれほどの想念が込められているのだろうか。
 わたしがどれだけ熱し、解放させても、まるでその形を損なわない。
 わたしなどが、この剣の全てを扱えるわけもない。
 けれど、この程度ならば……!

「ユラァアアアアアア!」

 憎悪の剣、そこから発せられる想念は、わたしをも取り込んでいく。
 気が狂いそうになる。
 それでも今は、それでいい。
 力になる。
 それに、

 ――ユラのことなど、考えなくてすむから。

 大気が震える。
 わたしより離れた部分から、一気に凍結していく。
 氷点下の世界が、形成されていく。
 熱量が……足りない……っ!

「……………………ッアアアアアァッ!!」

 再び熱量が復活する。
 頃合いに近づく。
 この全てをぶつけて、終わりに……!

 一気に駆けた。
 霧の中、ユラ目掛けて。
 対する、ユラは。
 ただこちらを見ていた。
 覚悟した瞳で。
 しかしそこに、敗北の色はない。
 そこにある覚悟が、挑むことへの。

「負けない……っ!?」

 ユラを中心にして発生した圧倒的な熱量。
 千年ドラゴンとしての、力の根源。
 それを全て、解放して。

「絶対に……っ!!」

 ユラの髪が、足元から湧き上がる圧力に、全て逆立つ。
 その瞳が、どこまでも深く光り、こちらを見据える。

「ジュリィイイイィィ…………!!」

 ユラの前面に集まった力の本流が、彼女を襲う霧を吹き飛ばす。
 しかし次から次へと憎悪のこもった霧は浸食しようと、触手を伸ばしてくる。
 その鬩ぎ合いは、どれほど続いてか。
 向かうわたしへと、ユラもまた挑んだ。
 逃げず、避けず、立ち向かう。
 わたしは咒言をつむぐ。

「―――〝 氷解せしレア

 限界を超えた干渉に、霧は総じて蒼き炎となって。

「〝光陰千年のラウザンド――――」

 ユラもまた、解放する。
 これは〝魔王殺し″か……!?
 由羅が放とうとしている力の正体に気づき、わたしは戦慄した。こんなものに敵うのか、と。

 いや、わたしが使おうとしているこの力とて、それに勝るとも劣らぬ禁忌だ。
 レネスティア様に何の承諾もなく、あの方の負の感情を一方的に利用する力など、いったいどれほどの不興を買うことだろうか。
 下手をすればユラの二の舞になりかねない。
 でも、それでも……後には退けない!
 力の本流は、光の衝撃となって。

「――――悪魔が涙ザウハーグ〟!!」
「――――息吹ゼロ〟!!」

 ぶつかり合う。
 それは凄まじい鳴動を生んだ。

 大地が揺れ、二つの圧力が行き場を求めて狂い合う。
 炎がユラを包み込む。
 それは零下の火。
 触れるものを凍てつかせる、負の炎。
 鬩ぎ合う。

 一方は、その存在全てをかけた、千年単位の圧力。
 かつての魔王、クリーンセスを塵も残さず葬った、光。
 そして彼の国をも滅ぼした光だ。

 だが対するは、その災厄をも凍てつかせた、悪魔の怒り。憎悪。
 千年ドラゴンをも恐怖させ、苛ませ、時をも奪った氷結の涙。
 いかに借り物の力とはいえ、その全てを使いこなせないとはいえ、ユラにとっては天敵ともいえる最大のもの。

 そんな力を前に、本来ならば抗えるはずもない。
 ないというのに。

「――――」

 ユラは抵抗していた。
 いや、むしろ挑み打ち破るほどの、気迫。
 両者の拮抗はほんの僅か。
 その気迫に一瞬でも我に返ってしまったわたしは。

「あ……」

 場違いなほど、軽い声が洩れてしまう。
 押される。
 流される。
 呑み込まれて……しまう。
 わたしの身体は動いているけれど、意志がついてこない。

 このままでは。
 わたしは消える。
 塵も残さずに。
 ユラが、炎を破る。

 両者が露となり、視線がぶつかり合う。
 そこでわたしはまた、場違いなものを見てしまっていた。

 あの子の表情。
 驚いた顔。
 何を見て、驚いているのだろうか。
 交錯。

 音も無く――あまりの音に、音として認識することもできず。
 すれ違ったわたしとユラは、そのまま勢いに任せ、惰性のままに地面を転がった。
 思考は何も、働かなかった。

     /真斗

 それはとんでもない衝撃だった。
 遠くからの風圧に吹き飛ばされそうになりながらも耐え、収まったその場所に辿り着いた俺は、絶句するしかなかった。

 ここで何があったというのか。
 爆発の基点と思しき場所から周囲どれほどまでかが、木っ端微塵に吹き飛んでしまっている。
 しかし余韻となって残るべき熱は無く、そこはただただ凍えるほどに、寒かった。

 見れば、地面は所々に霜が下り、ひどく縮んでしまっている。
 そしてどこまでも低い、冷気。

「おい……まさか……」

 さすがに声が震えた。
 最悪の事態を想像しようとするのを必死に振り払い、二人の姿を捜す。
 捜して、捜して、捜して。
 自分の動揺ぶりにおかしくなった。
 すぐ近くに、地面に伏した人影があるのに。

「――黎!?」

 駆け寄る。
 エクセリアを脇に置いて、黎を抱き起こした。

「おい――黎!?」

 呼びかけに、反応は……あった。
 開いた瞼の下から、瞳がこちらを捉える。

「…………真斗」

 か細い声に、俺は頷く。

「……どうしてわたし、生きて……」
「どうしてってお前……」

 半ば混乱したような顔を見て、俺は改めて黎を見た。
 よく見れば、ひどい外傷はほとんど無いように見える。あれだけの爆発があったというのに……?
 黎自身もそれに気づいたのか、やがて自分の力で起き上がろうとして、倒れ込む。

「おい動くな!」
「いい……の。わたしはただ、体力を消耗しただけ……。命に関わるような傷は、何もないわ……」

 言いながら黎は自分の手を見て、その手に何も握られていないことに絶句した。

「あ……また。結局、繰り返すのね……」

 切なげなその言葉を最後に。
 再び、黎は意識を手放した……。


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