終ノ刻印

第67話 少女の葛藤

終ノ刻印 第二章 最強の王編 第67話

     /真斗

「お前……」

 それは一瞬だったので、はっきりと見たわけではなかった。
 今こうして見るエクセリアは、これまでと何ら変わらない。
 けれどさっき、こいつは泣きそうな顔をしていた。いや、泣いていたのかもしれない……。

「……どうしたんだよ。えらくしょげた顔して」
「…………」
「だから……」

 黙ってしまったエクセリアを前に、俺は半ば途方に暮れていた。
 今のエクセリアは外見そのままの子供のようで、いったいどう手をつけていいのかすら分からない。

「まったく……」

 溜息が洩れる。
 俺はこいつを説得にきたというのに、それがお守りになっちまうとは……。

「――お前、何か悩んでるんだろ?」

 とにかく黙っていても仕方が無い。
 俺は何とかエクセリアに口を開かせようと、話しかけてみる。

「だったら話してみろよ? でもってその後で、俺の話を聞いて欲しい。それじゃあ駄目か?」
「…………」

 ようやく、エクセリアは反応をみせた。
 視線が、こちらを捉える。

「私は、どうすればいいのだろうか……」

 僅かに動いた唇は、そんな言葉を紡ぎ出した。

「どうすればって……お前」
「私は……わからなくなった。いや、元々わかってなどいなかったのかもしれない」
「何が、なんだ?」
「私がやろうとしていることの意味。そして……その結果を」

 そう言いながら、エクセリアはそっと手を伸ばしてくる。
 冷たい指先が、俺の頬に触れた。

「私はそなたを、認識すべきではなかったのかも知れぬ。例えどんな理由があろうとも、誰であろうとも」
「俺がこうやって生きていることが、まずいってことか?」
「そうではない。……確かにそなたは思うようには動いてくれなかった。しかしもし望むように事が進んだとしても、最後に同じことで悩むことになったと思う。自分で蒔いた種ではあるが……」
「いったい何を悩むんだ?」

 俺の問いかけに。

「そなたを否定できぬことを」

 そんな答えが返ってきた。

「我々観測者は一度強く認識したものを否定されることを、受け入れられぬ性があるらしい……。知っているつもりではあったが、こうやって体感して……」

 手が震え、離れていく。

「私の想いと、思うこと……。それらは相反してしまう。私は、どうすれば……」
「――一つだけ、確認しときたい」

 再び俯いてしまったエクセリアへと、俺はまっすぐに聞いた。

「さっきのあの女が言ってたことだ。お前は黎も由羅も始末するつもりだと……そう言ってたと思う。それはどうなんだ? それが目的だったのか?」
「……そうだ」

 頷く、エクセリア。
 やっぱりか。

「どうして」

 その問いかけに、答えはしばらく無かった。
 ずっと押し黙ったまま、どれほど時間が経過してからか。
 小さく唇を動かして、答えを紡ぎ出す。

「認めたくない……。自然に反し、世界を乱す。容認すれば」

 似たようなことは、確かさっきも言っていた。
 俺は少し考えて、改めて聞いてみる。

「つまり……あの二人がいると、この世界がおかしくなるからとか……そういう何かがあるからなのか?」
「そう、判断していた」
「じゃあ今もこの世界が、おかしくなりかかってたりするのか?」

 ふと俺が知っている世界の様子を、思い浮かべてみる。
 環境問題云々――人が増えて、生きていることで、確かに地球は色々大変なことになってきているのかもしれない。
 しかしそういうことが関係あるのだろうか。もしくは拍車をかけているのか。あの二人がいるからといって。

「千年前」

 小さな声に、俺はエクセリアを見返した。

「その弊害が初めて顕現した。させてしまった……というべきだが」
「弊害?」
「存在を、それ以上として認識するために不可欠なのが、我々自身の感情だ。意識的に、認識しなければならない。そうやって感情で何かを認識するようになっていった結果、千年前に死を認識するに至ってしまった」
「……なんだそりゃ?」
「死は、死だ。あらゆるものに運命付けられたもの。その運命を加速度的に早め、意図的に操れるほどの力をもった、存在。死神。それを生み出してしまった」
「……よくわからんけど、それってやばい奴なのか?」
「その気になれば、この世界を滅ぼすこととてやってのけるだろう」

 滅ぼすって……なあ。

「けどさ。そんなのが千年も前からいたとして、だからといって世界は別に……」

 そんな存在に世界が恐怖しているようには見えない。
 それらしい影響も思いつかないし、騒ぎになっているとも……思えない。

「私はその存在を何とかしたいと思った。誰よりも私が……怯えていたのだろう。そうして百年をかけて、封印を施した。だがそれも解けてしまった。しかしもはや、どうすることもできぬのかもしれない。私はただ、惰性のみで動くことしか……」
「お前……?」
「私は、どうすれば……」
「おい!?」

 エクセリアの身体が透け出したのを見て、俺は思わず叫んだ。
 そして止める。
 こんなところで逃げ出されるわけにはいかない。

「こら勝手に消えるな! まだ何も解決してないんだからな!」

 消えそうになったエクセリアの瞳が、こっちを捉える。

「逃げてるんじゃねえぞ! 事情はどうあれ、お前のやった責任はきちんと――」
「……私を、連れてゆくが良い。あの、二人の元に」
「え……?」
「そして、好きに……」
「おいこら!?」

 薄らいでいた身体は元に戻る。
 しかしそれと同時に、まるで糸の切れた人形のように、エクセリアは倒れ込んだ。
 思わず抱きとめたその身体は、信じられないほどに軽くて。

「こいつ……?」

 すでにエクセリアに意識は無かったが、とても眠っているようには見えなかった。
 動悸すら感じられない。
 それはまるで人形ようで。

「てめえ……こんなんになって連れてけってか……? 好きにどーしろって言うんだよ!」

 毒づくが、反応など返ってくるはずもなく。
 俺はその軽い身体を抱きかかえて、あの二人のもとへと――走った。


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