終ノ刻印

第66話 約束を守るためならば

終ノ刻印 第二章 最強の王編 第66話

     /黎

「っあ!」

 わたしの一撃を受けて、由羅は吹き飛び背に当たった木を砕く。
 常人なら内臓破裂で死んでいるだろう威力だったけれど、それでもユラにとっては致命傷にはなり得ない。

 それでも痛みが無いはずもなく、顔を苦痛で歪めてこちらを見返してくる。
 わたしは追い討ちをかけようとしたが、できなかった。

 理由は二つ。
 一つは体力の温存。

 ユラと闘い始めてから、わたしは大した傷を負ってはいない。ユラがほとんど守りに徹しているからだった。
 そのせいで持久戦になってしまっている。

 そして徐々にではあるが確実に、わたしの体力は損なわれていた。
 今日一日真斗と市内を回り、微量ではあるが、少しずつ周囲の人間から生気を吸収し、得ることができた。
 そのおかげで、思った以上に回復させることができている。

 しかしずっと一緒にいた真斗のものまで奪ってしまい、きっと彼はずいぶん疲労していることだろう。それは申し訳なかったが、感謝している。
 だが回復したとはいえ、万全には遠い。
 しかもこうして闘っていることで、限界が近づいてきていることも、認めなければならなかった。

 このままユラに決定打を与えなければ――この剣を突き刺さねば、いずれわたしは敗北するだろう。
 どんなに傷つこうと、相手は千年ドラゴンだ。
 例え頭を砕いたところで、蘇ってくる。
 もはや、無駄に体力は消費できない。

 …………いや。
 わたしは顔をしかめた。
 考えたくもないことが、脳裏をよぎってしまったから。
 けれど一度浮かんでしまったことは、なかなか頭から離れない。

 ――もう一つの理由。
 それは、ユラの狙いだ。
 彼女の目的は、持久戦に持ち込むこと。
 体力を削り合っていけば、やがてこちらが不利になる。それを狙ってのことだと、当初は何ら疑わなかった。
 けれど今になって、疑問を覚えてしまう。
 本当にそうなのか、と。

 こちらの状態は万全ではない。これまでの交錯の最中、わたしも体勢を幾度も崩し、隙を作ってしまっている。
 ユラがいくら闘い慣れしていないとはいえ、全くの素人というわけでもないのだ。そんな隙を、見逃すはずがない。

 おかしい、と思った。
 変だと。

「……ユラ」

 わたしは倒れ込んでいるユラへと、声をかける。

「いったいどういうつもり? いくらなんでもあなたには意欲が無さ過ぎるわ。単に片手が使えないからだけだとも思えない……。何を考えているの?」
「……別に、何も考えてなんかないもの」

 答えて、よろりと揺らめきながら、ユラは立ち上がる。

「嘘ね。あなたはさほど馬鹿でもないわ。何も考えてないなんて、言わせない」
「…………」

 どうしてこんなにも気になるのだろうと自問したくなるほどに、わたしは思考を巡らしていた。
 ユラが何を考えているかなんて、関係無い。
 ただ倒し、もし逆にやられれば、それはそれまでというだけ。
 どちらにせよ、わたしは終われる。
 それで、いい。

 けれど。
 何かがやっぱり引っかかる。
 ユラのことが気になる。
 何を考えているのか。
 まるで、ずっと昔のように。
 わたしが、姉であった頃のように。

「――――」

 はっと。
 わたしはそれに気づいてしまう。
 ユラの、目的に。

「あなた……」

 考えてみれば簡単なことだった。
 ユラは何も変わってはいない。
 今も、昔も。
 ならば。

「…………守るつもりなのね。真斗との約束を」

 そう言えば、ユラは微かに目を見開いた。
 その軽い驚きも、すぐに消えはしたが。

「………そうよ」

 淀みなく、頷く。

「あなたって子は………っ」

 まるで、あの時と同じような苛立ちだった。
 ユラが、お兄様を拒絶したのを目の当たりにした、あの時のような。

「どこまでいい子ぶるの……?」
「違う……私はそんないい子じゃない。頭だって悪いけど、決めたことは絶対にやり通すことくらい、やってみせる。それだけだもの」
「ユラ!」

 思わず、叫んでしまっていた。
 感情が溢れてしまう。

 ……ユラは真斗との約束を、この期に及んでなお守るつもりなのだ。
 もう誰も殺さない、という約束を。
 ユラが持久戦を望んでいることは、もはや間違いない。ただし、その目的は違う。
 わたしを殺すためではなく、わたしを傷つけずに倒すためなのだ。

「……私は何度だって、受けてあげる。私はそうそう死ねない身体だから、何度だって。ジュリィが許してくれて、諦めてくれるまで」

 体力の削り合いに終始すれば、先に力尽きるのはわたしの方だ。そうなったら行動不能になり、しばらくは動くことはできなくなる。
 もしその後体力を回復させて、挑んだとしても、ユラはまた繰り返すと。
 わたしを傷つけずに、倒す。
 どれだけ時間がかかろうと、確実な方法だ。

 ――『確実な方法があるのなら、どんなに大変でもやってみせる!』――

 初めユラはそう言っていた。
 それはこういうことだったのだ。

「どうして……そこまで。そこまでして、真斗に……」
「……わたしはきっと、真斗のことが好きだから」
「――――」
「ううん……そう思いたいだけかもしれない。でも、とっても感謝してる。どんな理由があったって、わたしは真斗を殺した。なのに許してくれて、良くしてくれて……。今になっても、わたしの敵にならなくて……。本当に、嬉しいから」
「……それだけの理由で?」
「充分だもの。だってそのおかげで、あの時のように……狂わずにいられるんだから。そうなりそうだった私を、救ってくれたから」

 そうきっぱりと言うユラを見て。
 違うと思った。
 同じだと思ったけれど、違う。――あの時のユラとは。

 あの時のユラは、大切なもののために、選ぶことができずに身を引いた。
 でも今のユラは、身を張って立ち向かっている。
 優しくて、純粋なところは変わっていないけれど、ずっと強くなった。
 ――それに比べて、わたしは……。

「……わたしが許すと思っているの?」
「わからない。でも、やるしかないもの……!」

 ――どうしてこんなに、この子は。

「…………っ!」

 どうしようも無く溢れる感情に押し出されるように。
 再びユラへと、わたしは剣を振りかざした。


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