終ノ刻印

第65話 アルティージェと名乗りし②

終ノ刻印 第二章 最強の王編 第65話

「おいこらてめえ!!」

 さすがにたまらず俺は口を挟んだ。
 その声に、鬱陶しげに見返してくるそいつの姿が、また腹立たしい。

「……あなたに発言を許した覚えはないのだけど?」
「誰がてめえの許しなんぞを欲しがるか! だいたい何なんだ、いきなり出てきて勝手にべらべらしゃべりやがって! 挙句俺を殺せだと?」
「もう死んでいるくせに、何を今さら」
「て、てめえ……!」
「――エクセリア、何をしているの? 早く消してしまって。どうせ仮初の存在。ちょっと視線を逸らせば消えてしまう哀れな木偶。簡単でしょう?」
「いい加減に――」

 さすがにカッとなりかけた俺だったが、その刹那、身を翻した少女の姿に目を見張る。
 ――速い!

「くっ!?」

 俺が振り返るよりも速く、背後に回りこんだそいつに背を押される。
 軽くだったにも関わらず、バランスを崩して前のめりに倒れそうになった。
 だが――何とか踏み止まる。
 それが、命を救った。

「こ、の……っ!?」

 悪寒。
 ぞっとするそれに恐怖して、俺は何よりもまず、その場を思い切り蹴った。
 飛び退く――そこを、何かが一閃する。

「……ふうん?」

 きょとん、としたように、そいつは声を洩らした。

「避けたの。少しはできるのね」

 そう言って、手にしている物騒なものを、自分の肩へと置く。

「こ、こいつ……」

 そいつが持っていたのは、剣というには長すぎて、槍というには刃の長すぎるという武器だった。
 ぱっと見ただけでもまともな重量のものでないと分かるのに、そいつは片手で軽々と持ち、肩に置いている。
 ふと地面を見れば、さっきまで俺がいた場所は深く抉られていた。
 もし地面に倒れこんだままであったら、俺の身体は両断されていただろう。

「てめえ……殺す気か?」
「だってぴーぴーうるさいんだもの。エクセリアも煮え切らないし。だったらわたしがしてあげるわ」
「…………っ」

 絶句する。
 こいつ――とんでもない奴だ。
 何者かは知らないが、まともじゃない。

「逃げてもいいのよ? けれど今度は」

 そいつは手にした槍剣を地面に突き刺すと、すっと片手をかざす。

「粉々にしてあげるわ。逃げるのなら、わたしの視界全てから逃げないとね?」
「てめえ、全部吹っ飛ばす気か!?」

 何か得体の知れない力が発動しているのが否応無く分かった。
 しかもそれは、俺が今まで感じたことが無いほど、強力なものだ。
 かざしたそいつの指先がぼんやりと光り出し、こちらに狙いを定めてくる。

「だって、それなら逃げられないでしょ? ううん、逃げても無意味、ということになるものね。でも努力はしていいんじゃない?」

 無意味な努力でもしろと、そう言いたいのだろう。
 完全に、弄んでやがる。

「まだ他に人がいるかもしれないんだぞ!? 第一あの二人だって――」
「あら、一人で逝かなくてすむというわけね。良かったじゃない」

 本気でそう思っているかのような口調で、事も無げに言う。
 くそ――冗談じゃ……!
 俺が何の活路も見出せずにいるその時。音も無く、誰かが俺の前に立った。

「お前……!?」

 小柄な人影――そいつは紛れも無く、エクセリアだった。
 まるで俺を庇うように間に入り、あいつを見返している。

「……何の真似?」
「…………」
「ふうん……。嫌なのね。その人間を殺されるのが」
「理由はどうあれ、私が一度認識したものを、勝手に他者に否定されたくはない」

 その言葉に。

「ふふ、あははは」

 また、そいつは可笑しそうに笑った。
 そして発動していた咒法を消し去る。
 あまりにもあっさりと。

「そうね、それが観測者というもの。レネスティアを見ているから、よくわかるわ。でもだからこそ、あなたは愚かだというの。今わたしがやったことと同じことをあなたがしているということ。それを理解していないのだから」
「――――」
「ふうん? そんな顔もできるのね。けれどもう遅いわ。今までの貸しは返してもらう」

 そう言い、そいつはそっと歩み寄ってきた。
 無視するようにエクセリアの横を通り過ぎ、俺の前まで来て足を止める。
 思わず身構える俺の前で、そいつは見上げて微笑を作った。

 ――今までの敵意のようなものは、一切消えていて。
 なんだ……?

「真斗、少々脅かしすぎたけれど、許してね?」
「はあ……?」
「そんな馬鹿みたいな顔しないで。あなたは由羅のお気に入り。あの子の大切なものを、わたしが奪うわけがないじゃない」

 それは皮肉でもあった。
 俺へではなくて、多分、エクセリアへの。
 そんな気がした。

「お前……?」
「お前、ではないわ。もちろん、てめえ、でもね」

 そう前置きすると、そいつは一歩下がって優雅に一礼してみせた。

「わたしはアルティージェ。そう呼びなさい。由羅のパートナーということで、特別に許してあげるわ」
「な、ちょ、お前……?」
「だからお前ではないと言ってるのに」

 唇を尖らせて拗ねるように、そいつは言う。

「殺されながらも由羅を選んだあなたには、それなりに感心しているのよ? 人間にしては……とね」
「お、おい、こら―――」

 一方的にそんなことを言われ、俺は戸惑うしかなかった。
 ほんのさっきまでは、こいつに殺されそうになっていたっていうのに、いきなりそんなことを言われても、簡単に整理できるものじゃない。

「今日はあなたに任せて引いてあげるわ。ちゃんと由羅を助けて、ジュリィを殺しなさい。そうすれば、あなたの存在は助けてあげるから」
「な……?」
「いいこと? 確かに言ったわ」

 それを最後に。
 そいつ――アルティージェと名乗った少女は、そのままこの場から立ち去ってしまう。
 いったい何だってんだ……?
 しばし呆然と見ていた俺だったが、やがて我に返ってエクセリアへと視線を戻した。

「……あいつ、何なんだ? いきなり現れて、いったい何を……」

 俺が声をかけても、エクセリアは黙ったままだった。
 俯いていて、顔色も見えない。

「おい、こらって」

 俺は頭を掻きながら、その場にしゃがみ込む。
 そうやって、エクセリアの顔を見上げて。
 息を呑んだ。


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