終ノ刻印 第二章 最強の王編 第64話
「……でもって黎だけど、あいつはあいつで俺は借りがある。あいつがいなければ、いくらお前がいたからって俺は死んだままだったんだろ?」
「……確かに。そなたのことについて頼んだのは、ジュリィだ」
「つまりだ。あいつの目的はどうだったにせよ、俺はあいつのおかげでここでこうして存在してられる。まだまだ死ぬつもりなんかなかったから、それはそれで嬉しい。あまり死んだっていう実感はねえけど、それでもあんな記憶を思い出しちゃな……」
由羅にやられた時の記憶。
あれは生々しいし、正直思い出して気持ちのいいものではない。
それでもあの記憶がある以上、俺もどうしようもなかったというのだけは、分かってしまう。
「そなたの記憶を、調整すべきではなかったのかも知れない。しかしそうしなければ、あの記憶の印象を薄め、客観的に把握することはできないであろうと、私は判断した。もし目覚めと同時に思い出せば、そなたの気は狂い、精神に異常をきたしていただろう」
「……一応、気遣ってくれたってわけか」
俺に記憶が無かったのには、それなりに理由があったということか。
「人は心が病めは、身体も病む。心が死ねば、身体も死ぬ。そういうものであると、判断している。……そなたを利用すると決めた以上、安定した状態に保つことは、ジュリィとの協力において、不可欠だと思った」
「……なるほどな」
俺は頷く。
「けど皮肉だよな。万全を期そうとしたせいで、こうなっちまったんだから」
「わたしはよく、運命のような力の前に、阻まれる。恐らく、此度もまた……」
その言葉に、俺は僅かに違和感を覚えた。
「……なあ。お前がジュリィに協力している理由は何なんだ? あいつの話だと、頼まれて力を貸しているみたいだったけど、それだけなのか?」
この少女は、ただ単に黎に力を貸しているだけなのだろうか。
それともこいつ自身に何か目的があるからなのか。
「……それを聞いて、どうする?」
「理由によっては、お前を何とか説得して、あの二人をどうにかしてもらおうって思ってな。言っただろ? 俺はあの二人の状況に不満なんだ。もちろん俺の我侭だけど、あいつらに殺し合って欲しくないんだよ」
それを聞いて。
エクセリアは、その赤い瞳をこちらに向けた。
「それは、わたしの想いとは対照的な意思だ」
「……なに?」
「わたしはイレギュラーなものを認めることを、良しとしない。存在を、存在以上のものとして認識することを、罪悪と……考えている。ちょうど、今のそなたのような存在を」
……?
「どういうことだよ?」
「ものはもの以上であってはならない……。そうでない在りえぬものは、容易に世界を乱す。狂わす。そういった要因は、排除しなければならない」
一体何を言おうとしているのか分からず、俺が顔をしかめた時だった。
「ふふ……あははははっ」
――なんだ?
突然響いた笑い声に、ぎょっとなって俺は振り返る。
「いったい何の世迷言なのかしら。そんなものが、あなたの意思だとでも?」
「……?」
さも当然のように、そいつはそこにいた。
俺の知らない顔。
淡くて長い髪をした女――いや、少女というべき年齢だろう。
細い顎をつんと反らして、どこか見下すようにこちらを見ている。――いや、俺ではなくエクセリアを。
「なぜ……そなたがここに」
僅かなりとも驚いた様子で、エクセリアが小さく口を動かす。
顔見知りか……?
「ふん、なぜですって? わたしがあなたに言ってやりたいことがないとでも思っているの? もしそうなのならば、少しは感心してあげるけど」
少女が発するそれは、ひどく皮肉げな口調だった。
どう聞いても、好意的なものには受け取れない。
「別段捜し出してまで文句を言ってやろうなんて、そんなつまらないことは考えなかったけれど、こうして近くに現れてくれたんだもの。せっかくなのだから、会ってやろうと思った程度よ」
またずいぶんと高圧的な女だな……こいつは。
けどそれ以上にこいつからは、敵意だか憎悪だか、それに近い感情が見え隠れしているような気がした。
多少呆気に取られながらも、だからといって傍観しているわけにもいかず、口を挟みこむ。
「おい、お前、いきなり――」
何だなんだと言おうとした瞬間、一瞥された。
「黙りなさい。あなたとは話していないわ」
「な」
こ、こいつ……。
その言いように、俺は顔を引きつらせる。
……この女、とんでもなく態度がでかい。やたらめったら偉そうな雰囲気を全身から発散させてやがるし……。
とにかく、むかむかとなる。
だがそんな俺の気など微塵も気にした風も無く、そいつはエクセリアへと視線を戻した。
「……それにしてもエクセリア。あなた、今になってもそんな下らないことを口にしているなんて、正直呆れたわ。本当に愚かしいものね」
「…………」
「ふん? 何か言いたそうね」
「私が愚かだと?」
エクセリアの紅い瞳が鈍く光る。思わず悪寒が走るような冷たい視線だった。
こいつ、やっぱりただの人間じゃねえぞ……。
しかし対する少女は少しも動じはしない。むしろ挑発するように口を開いた。
「そうでしょう? でなければ何だというの?」
二人が睨み合う。
俺はぞっとしながら、その光景を見ていた。
今この場に満ちている感情の圧力は、黎や由羅のそれらを簡単に凌駕している。
間に挟まれた俺は、何というか、最悪だった。
「あなたは自分の感情に気づいていながら、隠している。隠して、未だに下らないことに縋っているわ。怖いのかしら。それとも……レネスティアへの嫉妬?」
「――――」
エクセリアの表情が、微かに凍りつく。
構わずに、少女は続ける。
「簡単な証明をしてあげましょうか。……あなたがどうにかしたいと思う存在は何人かいるのでしょうけど、さしあたってはあの二人。由羅を始末して、その後はジュリィ。そしてそこの人間を片付ける。それでとりあえず、レイギルアの後始末はできるというわけね」
…………?
ちょっと待て。こいつ、今とんでもないことをさらっと口にしなかったか……?
「その手間、わたしが省いてあげるわ。――まずはその人間を殺しなさい。そうすれば、由羅はもちろんジュリィもわたしが始末してあげる。ジュリィを殺すのなど簡単だし、由羅も千年ドラゴンとはいえ、わたしにとってそれは問題にならないわ。そんなこと、あなたが一番知っているものね?」
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