終ノ刻印 第二章 最強の王編 第62話
「その通りね」
頷くなよ馬鹿。
思ったが、口には出さなかった。
「別にね……それでいいとは思っているの」
「結局、死ぬかもしれないってことに?」
「ええ……」
「まだ生きていたいとは思わないのか?」
この問いかけに、黎は肯定も否定もしなかった。
しかしその表情は、死ぬことをすら求めているようにすら思えてしまう。
俺はくしゃくしゃっと、頭を掻いた。
「まったく対照的すぎて、何て言えばいいのかわかんねーよ」
「対照的?」
首を傾げる黎。
「ああ。だってそうだろ? お前はまだ生きてる。でも死ぬことを受け入れてもいいと思ってるだろ。けど俺は逆だ。実感は今一つだけど、俺は死んでる。だけどまだ死にたくなんかない」
「そう……だったわね」
思い出したように、黎の顔が曇る。
「おっと謝ったりするなよ。別にお前のせいじゃない」
どちらかっていうと、由羅の方が悪い。
たとえ、そうなった根本原因が黎にあったかもしれないとはいえ。
「……今日は、楽しかったわ」
「そうか?」
いきなりそんなことを言われて俺はきょとんとなったが、悪くなかったのならばそれはそれでいい。
「おかげさまで、ずいぶん身体も楽になったから」
「楽って……」
俺はというと、けっこうヘトヘトになったんだけどな。
精神的に、という意味だろうか。
「真斗は疲れたの?」
「何か知らんけど、えらくな」
「それは……そうかも知れないわね」
俺の言葉に黎は僅かに表情を曇らせたものの、その意味に俺が気づくことはなかった。
「じゃあ、そろそろ戻るか?」
「そうね……」
曖昧に頷きながら、黎は先に続く鳥居を見つめる。
「もう少し行ってみたかったけれど、もう暗いしね。……また今度、案内してくれる?」
「ああ。好きなだけ案内してやるよ」
「そう……ありがとう」
少し嬉しそうに、黎は礼を言った。
まあ……悪くないかな。
黎にそう言われたことに、俺はそう思う。
ささやかな満足感、というところだろうか。
黎と由羅とのことさえなければ、ずっと良かっただろうに。
「戻りましょうか」
そう言って黎が手摺を離れ、歩き出す。
その後に続こうとして。
「――行かないで!」
突然、誰かに呼び止められた。
「――――?」
思わず声のした方向を振り向いた途端――
「おわっ!?」
何かに体当たりされた。
いや、抱きつかれたのだ。
「おまっ……由羅――!?」
俺は驚いて、抱きついてきた奴の名前を口にした。
ふわりとした淡い金髪が、視界一杯に広がっている。
間違いなく、あいつの髪。
「お願い……私と来て!」
「お前、いきなり……」
俺は慌てて由羅を引き剥がそうとしたが、馬鹿力で抱きしめてくる由羅の腕はびくともしない。
「――そんなに真斗が欲しいの?」
半ば混乱しかけていた俺の思考に、冷たい声が差し込まれる。
黎だ。
「そうよ!」
先ほどまで見せていた表情など微塵もなく、冷たく言う黎へと、由羅は睨み返しながら答える。
「もう……いいじゃない! 真斗が傍にいてくれれば、私は何もしない。ちゃんと真斗の約束だって……。だから返してよ!」
「返す?」
黎は鼻で笑う。
「何を言ってるの? 彼はね、あなたが殺して捨てたのでしょう? それをわたしが拾ったの。自分勝手な言い草ね。第一真斗は、あなたの所有物なんかじゃないわ」
「そん……なの。でもジュリィのものでもないじゃない!」
「いいえ、わたしのものよ。ねえ?」
「違う違う違うっ!」
髪を振り乱して、由羅は叫ぶ。
その表情は必死で、まるで余裕がなかった。
「違う……そうでしょ真斗!?」
「お前、ちょっと落ち着けって」
「わたしは落ち着いてるもの!」
いや全然そうは見えないって。
「いいから真斗……一緒に来て! お願いだから……!」
「わかっていないの? 真斗は……」
「知ってる! でも何とかなるから……そうできるって言うから――」
その言葉に、黎は目を細めた。
何かを察するように。
「人形にでもして、支配する気かしら……?」
ぴくりと、由羅が反応する。
「彼女の入れ知恵、ね……。その行為自体の良し悪しは言わないけれど、そんなことをわたしが黙って見過ごすとでも思うの?」
「う……」
「もし真斗があなたの手に渡ったら、わたしは彼を殺すわ。別に傍にいる必要はない。エクセリア様にお願いすれば、それですむのだから。あなたは依存する相手を失い、かつてのように自制を失って……。それはそれで愉快かもね? きっと、レネスティア様の目にも届くでしょうし」
「そんな……!」
ひどい、と由羅は歯を噛み締める。
同時に、怯えているようでもあった。
……黎の言うことは、本心ではないだろう。あくまで由羅への挑発だ。
たとえ本心だったとしても、俺にはどうすることもできない。
「だったら奪いなさい。わたしからね。かつてお兄様を奪ったように」
「…………っ! ……でも、真斗との約束……」
「ふん、彼の前ではいい子ぶるの? 偽善もいいところ。もう何人も殺してるくせに」
その言葉は決定的だったのだろう。
由羅はカッとなって、黎に飛びかかろうとする。
「こら待て!」
俺から離れて飛び掛ろうとした由羅を、今度は俺が掴まえた。
「な――離して真斗! あんな女、殺してやるんだから!」
「いい加減、その短気治せ馬鹿!」
「馬鹿じゃないもの!」
思わず言い返す由羅だったが、とりあえずは止まってくれた。
俺は溜息をつくと、黎と由羅との間に割って入る。
そして言った。
「いい加減さ。決着つけてしまえよお前ら」
「え……?」
「真斗……?」
二人は同時に、訝しげな視線を向けてくる。
「俺は部外者だから、本当は関わるべきことじゃないのはわかってる。けど、巻き込まれちまったからな。あんまり騒がしいのも迷惑だ。だからとっとと終わらせろ」
「でも、決着って……」
由羅がこちらを見る。
「ああ。もう遠慮なくぶつかり合えよ。言葉で言い争うのは、まあ平和的で結構かもしれんけど、はっきり言って見苦しいしな。そんなことより直接ぶつかった方がまだいい」
「……確かにね」
頷く、黎。
「恨みつらみを言葉にしていても、終わらないわ……。ではユラ、殺し合いましょう」
「……別に殺し合って欲しいわけじゃないんだけどな」
「でもわかっているのでしょう? そうなることくらい」
「……ああ」
俺は頷く。
二人がぶつかり合えば、それは凄惨な殺し合いになるだろう。
「けどな、やっぱりそれは俺の希望だ。できたら二人とも、覚えていて欲しい」
黎は答えない。
由羅は何かを言いたげに俺と黎を交互に見ていたが、やがて黎へと視線を定める。
そして、言った。
「私はもう、負けたりしない」
「どうかしら」
「あの時とは、違うもの」
「どう違うと言うの?」
「もう絶対に譲る気がないから」
「…………」
それをどう受け取ったのか、黎はふんと鼻をならすと、その手にいつもの剣を現す。
刀身の透けた、氷の剣。
「ユラ、今でもわたしのことを姉と思っている?」
その問いに、由羅は少々目を見張ったが、やがて小さく頷いた。
「……うん」
「わたしはあなたを妹などとは思っていないわ」
対照的に、吐き捨てるように言う黎。
「だからあなたはわたしに勝てない。甘すぎるもの」
「…………っ」
「真斗。手出しは」
「しない。好きにしろ」
「……良かったわ」
それを最後に。
黎は一気に由羅の元へと駆け込んだ。
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