終ノ刻印

第60話 デートは唐突に③

終ノ刻印 第二章 最強の王編 第60話

     ◇

「前案内してもらった時も思ったけど、人の多い国なのね」

 繁華街を歩きながら、黎は少々人ごみに辟易したように、そう感想を洩らした。
 単純に、この人の多さに慣れていないといった、印象。

「場所によるって」

 隣を歩きながら、俺は答える。

「そうなの?」
「そーだよ。例えばさっき弁当食ったところなんて、そんなに人はいなかっただろ?」

 もちろん観光客の姿は適当にあったが、ここほどではない。
 というかここの人の多さは、俺だってけっこうしんどい。

 弁当を食べた後、北から南に向かって、適当な寺社仏閣を案内しながらたどりついたのが、四条河原町付近。
 この辺りは京都では、一番の繁華街である。
 色々な店があるが、それにつられてやってくる人の数も、半端じゃない。
 とはいえ今日は休日ではないから、多少はマシであるが。

「それに俺の住んでたとこなんて田舎だったから、人なんて本当少なかったぜ」

 俺みたいな田舎者は、こういう所に来ると、必要以上に疲れる。
 京都でこんななのだから、東京なんぞに行ったらもっと凄まじいのかと、時々思ってしまう。
 まだ行ったことはないけど、行ったら一発でおのぼりさんだってバレるだろうなあ……。

「ま、観光するような所なんて、だいたい人は多いもんだよ。ここもその一つだって、思っておけばいいだろ。普通に土産物屋もたくさんあるし」
「そうね。わたしも興味はあるし」

 頷いて、黎は周囲の店をきょろきょろと見回しながら、歩いていく。
 心なしか、前案内した時よりも、軽い足取りのような気がした。
 あの時と違って、由羅が一緒ではないからかもしれない。

「ところでこれからはどうするの?」

 聞かれて、俺はうーんと考え込む。
 といっても、大して考えるほどのことでもなかったが。
 この近くには、有名所が続いてるし。

「ざっと見て回ったら、祇園の方に行ってみるつもりだ。八坂神社あるし」
「それで?」
「次は清水寺……ってとこかな。って待てよ。あそこって有料だったかな……」
「ふうん……。本当にこの町、お寺や神社ばかりなのね」
「そうだよな」
「何か、特別な町なの?」
「特別ねえ……」

 いくら京都に住むようになったからといって、詳しく知っているというわけでもない。そもそも自分の地元のことだって、よく知っているわけでもないのだから。
 とはいえこの町は、確かに有名といえば有名だ。
 俺はなけなしの知識を引っ張り出してきて、答えた。

「確か京都って、ずっとこの国の都があったんだよ。その時の名残なんじゃないか?」
「今はこの国の首都って東京だけれど、あっちも多いの? そういうの」
「いや、よく知らん」

 都道府県の知名度といえば、やっぱり東京が一番なのかも知れないが、如何せん俺は行ったことがないし、縁も無い。

「けど東京って幕府があったわけだし、適当にあるんじゃないか? ここと比べてどうかって聞かれても、答えられんけど」
「……機会があったら行ってみたいわ」
「まあ、一度くらいは見とくのも悪くないかもな」

 東京といってもピンとこない俺にしてみれば、大して興味も無いけど、確かに一度くらいは見ておいてもいいかもしれない。
 とはいえ、用事でもなければ行くことなんかないだろう。
 何て考えていたら、不意に黎と視線が合う。

「?」
「連れて行ってはくれないの?」

 俺がかい。

「上田さんがいるだろーが。それに俺、行ったことないから案内なんてできねえぞ」
「……彼は駄目よ」
「なんで?」
「じきにいなくなるわ。……恐らくね」
「はあ? そりゃまたどうして」
「どうしてかしら。きっともう……時間がきたのよ。だから」

 相変わらずの意味深な物言いで、黎ははっきりとは答えなかった。
 俺にはよく分からないが、二人の間にも色々あるのかもしれない。

「そんなことよりも、もっとたくさん案内してね」

 一瞬見せていた表情を元に戻して。
 笑顔でそう、黎は誘った。

     ◇

「はあ……。さすがにちょっと疲れたな」

 ようやく到着した最後の目的地に着いて、俺は大きく息を吐いた。

「だいぶん……暗くなってきたわ」

 西の方を見やって、黎が目を細めてそうささやくのが耳に届く。
 確かに太陽は沈みかけていて、西日が眩しい。
 さすがにこの季節だと、暗くなるのが早いな。

「でもまあ、時間的にはこんなもんだろ。全部回ってたら真っ暗になっちまうだろうけど、適当なとこで引き返せばちょうどだな」

 そう言って、俺はその場所を見上げた。
 やってきたのは、京都駅よりさらに南にある、伏見稲荷。
 鳥居がたくさんあって、有名な所だ。
 何度か来た事があるけど、延々と続く鳥居の下を歩いて回るのは悪くない。

「これ……ずっと続いているの?」

 鳥居を指して、黎が聞いてくる。

「ああ。ずっとだな」
「そう……凄いわね」

 素直に、黎は感心してみせた。
 俺もそう思うけどな。

「少し登るぞ」

 そう言って、俺は先になって進んだ。

     ◇

「はー……疲れた」

 目的の所までやってきた俺は、手摺にもたれかかって遠くを見る。
 ここはまだまだ途中の場所だが、視界が開けていて、京都の町並みを遠くまで見渡せる。
 個人的に気に入っている場所だ。

「どうだ? けっこう見晴らしがいいだろ?」
「そうね……」

 隣にやってきた黎は、頷いて、同じように遠くを眺めやる。

「清水寺なんかでも見えただろうけど、こっちの方が落ち着いて見られるしな」

 時間帯のせいもあるだろうが、あそこに比べてここは、人の姿はほとんどない。
 今までずっと人の多い所にいたせいもあってか、妙に落ち着けた。

「良いところ、知っているのね」

 満足そうに、黎は言う。

「悪いところではないっていう自信はあるけどな」

 とはいえいくらここに住み始めたとはいえ、隅から隅まで完璧に知っていて、把握しているわけじゃない。
 俺が行ったことがあって、そこそこに良かったと思える場所を案内しただけだ。
 きっとまだまだ、いいところというのはたくさんあるのだろう。

「お前はどうなんだ?」

 何となく、俺は聞いてみた。

「え?」
「だから、いいところ。ずっと生きてたんだろ? だったら俺なんかよりもずっと……知ってるんじゃないのか?」

 もっともそれは異国の話になるだろう。
 それでも興味はある。

「さあ……わたしはあまり知らないの」

 苦く笑うように、黎は答える。

「そうなのか?」
「わたしはね。人生のその大半は、引きこもっていたから。情報として常に周囲のことは把握していたけれど、そういう感傷に浸れるような場所は、心得てはいないわ。つまらない女だと……思うでしょうけれど、ね」

 自嘲といえば、それは自嘲のようにも見えた。
 僅かとはいえ、自らを恥じるかのように。

「お前……」
「千年……二千年。今見える風景、町、山、川……。それらはいつからそこにあったのかしら。たとえ千年前からそこにあったとして、ここから今見えるものと、同じだったのか。……答えは否。きっと、少しでも何かが変わっていると思う」

 独白するように、黎はつぶやいた。

「わたしだって、少しは知っていた。お兄様と歩いた場所、妹たちと遊んだ場所……。どれも素敵な思い出だったと思うわ。でも今は、何一つ残ってはいない」
「思い出も?」
「ええ、そう。今となっては苦い思い出に過ぎないわ」

 なぜ黎がそんな風に言うのか。
 それは、あいつのことがあるからだろう。

「お前、さ」

 遠くを眺める黎の横顔を見ながら、俺は聞いた。

「結局……どうしたいんだ?」


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