終ノ刻印

第59話 デートは唐突に②

終ノ刻印 第二章 最強の王編 第59話

     ◇

 外に出て。

「ごめんなさい」

 二人きりになった途端、黎はいきなりそう言った。

「謝ってもらってもな……」

 答えて、俺は頭を掻く。

「そりゃあさ。お前、けっこうな美人だし、デートに誘われて悪い気はしないけど……」
「光栄ね」

 くすりと、黎が笑う。

「てか結局、何か目的でもあるのか?」
「言ったように、あなたにこの町を案内して欲しいだけ。二人きりは、初めてでしょう?」
「それだけか?」
「ええ。こうしてお弁当も作ってみたの」

 そう言って、ひょいと持っていた包みを見せる黎。

「柴城所長に頼んで、事務所の炊事場を使わせてもらったの。この国の一般的な料理はよく知らないから、所長にも手伝ってもらって。……いい人ね」

 まあ、確かに所長はいい人だけどさ。

「それで、できて待っていたのだけど……なかなか真斗は来てくれなくて。見かねて、九曜さんが」
「……俺を起こしに来たってわけか」
「そう」

 ……なるほどな。

「あいつ、かなり機嫌悪そうだったけど。それにお前、あいつと喧嘩……したわけじゃねえけど、何つうか」

 茜のやつ、かなり険悪になってたし。

「大丈夫よ……九曜さんとなら。今回のことをすすめてくれたのも、実は彼女なんだから」
「茜があ?」

 思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。
 あいつ、またなんでそんなことを。

「とりあえず、わたしのことを認めてくれたのだと思うわ。だから、一緒に」
「うーん……。でもさっきもずうっと、俺のこと睨んでたぞ」
「それは」

 また、黎が笑う。

「東堂……さん? だったかしら。あの人が怒った理由とよく似ているんじゃないかって、思うけど」

 そーいや思いっきり、胸倉掴まれたよな……。
 東堂さんは、黎に一目惚れ状態で、つまるところ嫉妬のよーなもので……。
 茜も同じ理由って……。

「ま、まあいいけどさ」

 俺は思考を打ち切った。
 何ていうか、信じられんし。

「で?」
「え?」
「だから。どこ行きたいとか、要望は?」
「そうね……。本当は静かな所がいいけれど、どうせだから、人の多い賑やかな所にも行ってみたいわ」
「また漠然としてるな……。具体的に、ここに行きたいとか」
「前もそうだったけど、わたしはこの町のことはよく知らないの。歴史のある町、くらいにしか。だから真斗に任せるわ」
「ふむ……」

 まあ、それはそうだろう。
 観光目的で京都に来たんだったら、事前に色々と行きたい所なんかを調べておくんだろうけど、こいつの場合、目的は観光じゃないしなあ……。

「じゃあとりえず」
「うん」
「腹がへったし、食べていいんだったら、それでまず腹ごしらえをしたい」
「……お弁当?」
「おう」

 頷くと、どうしてだかちょっとだけ困ったような顔になる。
 黎にしてみれば、珍しい表情。

「……あまり、自信ないのだけど」
「じゃあ採点も兼ねて」
「……もっと嫌よ」
「むう……」

 恥ずかしがっている、というのは分かるけど、それじゃあ食えないぞ。

「とりあえず、飯の食えそうな所まで行こうぜ。適当に静かな所知ってるし。まずはそこからってことで」

 俺の提案に、とりあえず黎は頷いた。

「またバスで?」
「それでもいいけど……待ち時間、勿体無いだろ。それに混んでるし。単車でどうだ?」

 今回は二人きりだから、後ろに乗っけることもできる。
 俺はこっちの方が慣れてるし、気疲れしないしな。

「いいわ……任せる」

 もう一度、黎は頷いた。

     ◇

 というわけで。
 俺たちがやって来たのは、大学よりもさらに北にある、かみがも上賀茂神社。
 ここには開けた場所があって、まあちょっとしたピクニック気分になれる。
 人も意外に少ないし。

「……こんなところもあるのね」

 しみじみと、黎がつぶやく。

「まあな」

 頷いて、俺は適当に腰を下ろした。

「北から南に向かって俺の知ってるところを順番に案内してやるよ。スタートは、とりあえずここからってことで。くらま鞍馬なんかもいいとこだけど、あんまり欲張ると時間がなくなるからな」

 で、だ。
 まずは腹ごしらえ。

「……ここで?」
「おう」
「……そう」

 頷いて、そこはかとなくおずおずと、黎はそっと弁当を差し出してきた。

「えーっと……。開けていいのか?」
「ええ」

 了承を得たので、では早速と、俺は包みをほどいてみる。
 どれどれ……。

「ほう」

 開いてみて、俺は感心して声を上げた。
 見目はいい。
 別に奇抜でも無く、ごく普通の弁当だったが、それだけに基本に忠実で、よくできていると思う。
 ウインナーがたこさんになっているのは、なかなかどうして凝っているというか何というか。

「……それね。その、そうした方がきっと真斗は感心するって」
「……だーれがそんなことを?」
「所長と、九曜さんが」
「…………」

 なるほどな。
 まあとりあえず一口、と。

「……うん、まあ普通だな」
「味気ないかしら」
「まさか。これでいいんだよ。ウインナーにウインナー以上の味があるかっての」

 答えながら、別のものに箸を伸ばす。
 うん、これもなかなか。

「……もしかすると、失敗する方が難しいのかしら」

 しばらく俺を眺めていた黎は、ぽつりと聞いてくる。

「うーん……。ものによるとは思うけど、この場合はそうかもな」
「そう」

 頷いて、また俺を眺めるのを再開した。
 ……さすがに気になって、黎を見返す。

「いや、そんな風に見られても食いにくいんだが」
「いいじゃない。せっかく作ったのだから、それを食べるところを見る権利くらい、あるはずじゃない?」
「てかお前は食わないのか?」
「わたしは……」

 なぜか、そこで一瞬言葉をつまらせる黎。

「いえ……。わたしはいいの。そんなにおなかへっていないから」
「そうなのか? 俺が腹へってたもんだから、いきなり弁当要求しちまったけど……悪かったな」

 そういや弁当も一つきりだ。最初から黎は食べるつもりが無かったってことだろうか。

「気にしないで。時間は関係ないから……わたしの場合」

 そんな言葉に、俺はふと気になった。

「お前って、ずいぶん長いこと生きているんだろ?」

 未だに信じられないが、話によれば、黎も由羅もずっと昔の人間だ。
 そして、今まで生きている。

「……どうしたの? 突然」
「いや……ちょっと気になって。お前も由羅も、そんなに長い間どうやって生きてきたんだろうなってさ。そういう力があるんだとして、だとすると飯なんかは食わなくても平気なのかな……とか。まあ色々思ってさ」

 黎の言葉を聞いて、もしかして食事なんか必要ない身体なんだろうかと、少し気になっての質問だった。
 しばらく黙っていたが、やがて黎は小さく頷く。

「そうね。あまり必要ではないわ。わたしの場合」
「ふーん……。やっぱりそうか。あいつも?」
「ユラならば、生きていくために必要とする糧など何もないわ。あれの身体は、不完全ゆえに、完全なのだから」
「はあ」
「わからないようね」

 そりゃあまあ、その通りなんだが。

「言ったでしょう? 欠陥なの。そして失敗作。だからあの子は死ねない。少なくとも、時間がユラを殺すことはできなくなったわ。呪いのようなもの」

 そう言われても、俺は首を傾げることしかできなかった。
 だってよく分からんし。

「生きているものは、ちゃんと死ぬことができるものよ。始めがあって、終わりがある。自らで選ぶことができるもの。けれどユラは、死を他者に依存するしかない。その依存する相手に支配されるのだから、その他者と在って初めて存在でいられる。けれどそんなものは、玩具の人形と同じようなもの。ユラの場合、もっと性質が悪いけれどね」
「…………」

 すらすらとそう言われても、理解しがたいのは相変わらずだった。
 そんな俺など気にした様子もなく、最後に黎は言う。

「哀れといえば……哀れなのかもしれない。それに取りつかれている、わたしも」


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