終ノ刻印

第57話 皮肉に塗れて

終ノ刻印 第二章 最強の王編 第57話

     /黎

 ――誤算といえば誤算だった。
 一度は味方に引き入れられたにも関わらず、今やこうして敵になろうとは。

「くっ」

 わたしが飛び退いた地面へと、炎が叩き付けられる。
 炎は消えていくが、一瞬視界を遮られてしまう。

 霧散する炎を掻き分けて、こちらに飛び込んでくる小柄な影。
 一直線に向かってくるのを分かっていても、それに対応できない。
 思うように、身体が動かない。
 今の、わたしでは。

「――――っ」

 短い息吹と共に、刃が繰り出される。
 その短剣の刃を何とかかわすが、のけぞったところを突かれ、下方から伸びた蹴りの一撃をもらってしまう。

 その小柄な体格からは想像もつかない重い一撃に吹き飛ばされたものの、無理に態勢を立て直して着地する。
 そこを、再度じゅほう咒法の炎が襲う。

「…………っ!」

 まずい――と思った瞬間、炎は霧散した。
 わたしではない誰かが張った障壁に阻まれて。

「――少々お転婆がすぎるのではありませんか? リーゼ・クリスト」

 その声に、ようやくわたしはほっと息をつく。
 わたしを庇ってくれたのは、エルオードだ。

「…………」

 彼が現れたことに、ぴたりと相手は前進をやめる。
 そして、口を開いた。

「上田という名は偽りだったな」

 明らかな敵意を含んだ声で、九曜さんはこちらを睨つけて言う。
 そう――九曜茜。

「はい。エルオードというのが、本名です」
「……ふん。言っておくが、私の名前は九曜茜だ。仕事以外でその名を呼ばれたくない」

 リーゼ・クリストという名は、彼女のアトラ・ハシースにおいての名――いわば仕事上の名前だ。

「なるほど。では今こうしてジュリィを襲ったのは、あくまで個人的なことだと、そういうわけですか」
「そのつもりだ」

 素っ気無く、九曜さんは頷く。

「ではどうしてそんなことを? あなたの敵は、彼女ではないはずですが」
「とぼけるのか?」

 エルオードの態度を白々しいと感じたのか、九曜さんは視線を険しくさせた。
 ――わたしが茜に襲われた理由。
 そんなものは、わたし自身がよく分かっている。
 迂闊だったとはいえ、彼女に見られてしまったのが、原因だ。
 本当に、迂闊。

「いいわ……エルオード」
「ジュリィ?」
「ここで、九曜さんと争うつもりはないの」
「ですが……理由を知ったとしても、彼女が引き下がるとも思えませんが」

 彼の言うことは、もっともかもしれない。
 理由を話したところで、九曜さんが納得してくれるとも思えない。

 それでもここで何も説明しなければ、間違い無く彼女と闘うことになるだろう。いくらわたしの体力が著しく低下しているとはいえ、エルオードがいる以上、彼女に負けるとは思えない。

 とはいえ、ここで九曜さんに危害を加えれば、真斗はそれこそ絶対にわたしから離れる。
 ユラを相手にする以上、それだけは避けなくてはならない。
 特に今、わたしの力が衰えているうちは。

「それでもいいわ。今はとにかく、争いたくないの。下がって、エルオード」
「……そうおっしゃるのなら」

 わたしの言葉に、今度は彼も異を唱えなかった。
 そのまま後ろに下がり、姿を消す。
 気配は残っているから、近くにはいるのだろうけど。
 こちらの様子を見て、九曜さんはとりあえず臨戦態勢を解く。

「……人を襲うのにどんな理由があるのかは知らないけど、聞いてやる」

 わたしはそれに頷き――そして何となく、今更のように気づいた。
 ここで彼女にこうして遭遇したことは、決して偶然ではないと。
 だから、苦笑する。

「監視していたのね」

 聞けば、ふんと鼻をならす九曜さん。

「言ったはずだ。お前からは、嫌なにおいがするって」

 そう。
 確かに彼女はそんなことを言っていた。
 わたしが今日の朝に摂取した残り香を、敏感に感じ取ったのだろう。
 優れた感覚だと思う。

「そこまで気づいていたのなら、想像はつくでしょう? しかもさっき、実際に目にした後ならば余計に」
「他人から生気を奪おうとしていた……だろう?」

 九曜さんの言う通りだ。
 わたしは頷く。

「必要なことなのよ」
「人を殺してまでか」
「そうよ」

 わたしは他人から生気を奪って、生きている。
 その対象から生気を絞り尽くせば、もちろんその相手は死んでしまう。

 今日すでに二人、わたしは食べた。
 エルオードが用意してくれていたものを、今朝、得たのだ。
 おかげでどうにか歩ける程度には、身体も回復している。――しかし、まだまだ足りない。

 今夜中に更に何人かを摂取して、一気に体力を回復させるつもりだったけど、まず一人目というところで、彼女に阻まれたのだ。

「わたしの身体は脆いわ……とてもね」
「今まで生きてきた代償だな」
「ええ……。あの子を追って、これまで生きてくるには誰かから奪い、それを糧にするしかなかったのよ。そういう方法しか、教えてはいただけなかった」

 わたしは望んだ。
 お兄様を失った、あの時に。
 すがったのはレネスティア様。

 お兄様が死に、あの方にとってわたしの価値など無いに等しかっただろうけど、それでも手を差し伸べてくれた。
 方法を、教えてくれたのだ。
 ――効率よく他者から生命を奪い、生きる糧とする方法を。

「わたしが生きるためには、必要なことなのよ」
「……生きるために誰かの命を奪うことは、別段悪いこととは思わない」

 わたしの言葉に、九曜さんはそう答える。

「人間に限らず、生きているものならば誰でもやっていることだからな。でも」

 一旦区切り、視線を鋭くさせて。
 きっぱりと、彼女は言った。

「抵抗される、その覚悟は必要だ」

 わたしの行為そのものを、悪いことだとは言わず。
 でも抵抗され、反撃される覚悟は必要だと。
 ……確かに、それは当然のこと。

「……その抵抗が、あなただと?」
「見過ごすつもりはない」
「…………」

 甘かったのだろう。
 彼女とは、争いたくはなかったけれど。
 と、こちらを見る九曜さんの表情が、変わる。

「…………?」

 闘うことも覚悟し始めていたわたしにとっては、意外な表情だった。
 明らかに彼女が、こちらへの戦意のようなものを霧散させたから。

「――つもりはないけど、お前には真斗がいる。お前を処分すれば、真斗が困るからな」

 彼が人質になっていることを、九曜さんは忘れていない。
 だから、彼女の言葉は続く。

「――だから、二度とするな。もう人を襲わないとここで約束するなら、真斗に免じて目をつむってやる」

 そう言うのは、今ここで闘っても勝てないと自覚しているからだろうか。
 それとも真斗を案じているからなのか――もしくは、彼女の情けか。

「でも、今は力を回復させなければならないわ。それは絶対に必要なことよ」
「わかっている。だけど、回復させる方法は他にもあるはずだ」
「他と言っても……」
「いつもやっているように、直接人から全てを奪えば、早く、数人の人間で事足りるのかもしれない。そうじゃなくて、間接的に、多数の人間から奪う――いや、提供してもらえばいいんじゃないのか?」
「それは……」

 不可能ではない。
 結局奪うことには違いないが、たくさんの人間から間接的に、生気を吸うことはできる。

「けれどそれは、とても効率が悪いわ……。間接的である以上、吸い出した生気を全て得ることはできないもの。どうしても、逃してしまうから」

 それに、他人の身体に影響を与えない程度に微弱な生気だけとなると、集めるのにどれほどの時間と人が必要になるか……。

「せいぜい人の多いところにいて、時間をかけて集めることだ。その程度の苦労で真斗に離れられずにすむのなら、安いものだろう?」
「――――」

 一瞬、ぎくりとする。
 そして、自分に可笑しくなった。
 真斗がわたしの食事のことを知れば、当然わたしのために何かをしてくれることはなくなるだろう。
 だって彼は、ユラに対しても、そう明言していたんだから。

 そしてあの子は、彼にもうしないと答えて。
 ――今度はわたし。
 だからどうしてだか滑稽に思い、可笑しくなったのだ。

「……そうね」

 わたしは、九曜さんへと頷く。

「約束するわ」

 自分自身でも意外なほどあっさりと、わたしは頷いていた。
 この約束が、下手をすれば自分の首を絞めかねないと分かってはいたけど。

「…………。なら、いい」

 信用したのかしないのか、それは分からなかったけれど、九曜さんはそうとだけ言い残して、姿を消した。
 一人残されて、思う。
 ユラに対する気持ち。
 真斗の存在のおかげで、明確に、再認識してしまったような気がする。
 わたしはまた、笑った。


 次の話 >>
第58話 デートは唐突に①終ノ刻印 第二章 最強の王編 第58話      /真斗 「――お前」  間違いなくそいつは、昨日俺の前に現れた奴だっ...

 目次に戻る >>
終ノ刻印【Thousand Testament Ⅹ】 『終ノ刻印』とはたれたれをによる小説作品。  『Thousand Testament』シリーズの一つ。エピソードⅩに当たる。 ...