終ノ刻印

第56話 昏い誘惑

終ノ刻印 第二章 最強の王編 第56話

     /由羅

「あ……」

 見つけた。
 直接彼の家に行く勇気は無くて、ここなら……と思って来てみて。
 見つけることができた。

 真斗。
 うん……元気そう。
 ちょっと安心する。

 だって真斗、あの時あんなだったから。
 よし、行って声をかけよう――そう思って。
 一歩踏み出したところで、身体が震えた。
 それ以上、歩けなく――ううん、近づけなくなる。

「――――」

 私の視線の先にあるのは、真斗だけじゃなくて。
 もう一人。

「…………っ」

 知らず、私は手を握り締めてしまっていた。
 震えるほどに。

「――やっぱり一人じゃなかったわね」

 後ろから、声がかかる。
 私を助けてくれて、そしてここまで一緒に来てくれた少女の声。

「……うん」

 予想していたことだけど、嫌な現実だった。
 真斗とジュリィが、一緒にいるなんていうことは。

「真斗のばか……」

 どうしてだか、そんな言葉が出てきてしまう。
 ばか……ほんとにばかだ。
 真斗ってば、昨日ジュリィに……殺されそうになったのに。
 どうしてあんな風に、普通に一緒にいられるのだろう。

 そう考えて、自己嫌悪してしまった。
 馬鹿は自分だ。
 私こそ、真斗を殺して……なのに一緒にいて欲しいと思ってしまっている。
 もっとひどいのに。

「私、どうしよう……」

 どうしていいのか分からない。
 昨日ジュリィが言ったことが本当ならば、真斗の命はジュリィが――あのひとが、握ってることになる。
 私が何かすれば、真斗が殺されてしまうかも知れない。
 私は何もできない。
 どうすることも。

「だめよ。そんなに殺気立っては……気づかれてしまうわ」

 優しくたしなめてくれる少女に、私は思わず縋ってしまう。

「ねえ……どうすれば……いいの? 私、どうすればいいのか……」
「欲しいのでしょう?」

 欲しい、というのとは違う気がするけど、でもきっと似たようなものだ。
 私は頷く。

「では力ずくで奪ったら? あなたにはそれくらいの力、充分にあるのだから」

 そうは言うけど。
 それができないから、私は立ちすくんでいるのに。

「でも……真斗、エクセリアにって……ジュリィが」
「そのようね」

 あっさりと、少女は肯定する。

「あの人間が死んでいるかどうかはともかく、普通の人間にしては存在力が強すぎるわ。介入があったのは間違いないでしょうね」
「それじゃあやっぱり……」
「そうね。存在力の強さとは裏腹に、とても脆いわ。肉体を再利用しているようだけど、それでも糸が切れれば長くはもたない」

 ――何も、できない。
 私が真斗のことを思っている限り、何も。

「方法は、無くもないわ」
「え?」

 思わぬ言葉に、私は顔を上げる。

「問題は二つ。一つは人ゆえの肉体の脆弱さ――その存在力の無さ。もう一つは一度死んでしまったせいで、自身の存在への干渉力を手放し、エクセリアに支配されてしまっていること……ね」
「ど、どうすればいいの?」

 言っていることはよく分からなかったけれど、私ははやる気持ちを抑えられずに先を尋ねる。

「誰もが認識できる充分な存在力をもった身体を用意して、なおかつエクセリアの支配から奪えばいいわ。わたしは観測者ではないから、イメージを具現化するだけの認識力はないけれど、材料さえあれば、それに準じたもの程度ならば造れるしね」
「う……、よ、よくわからないけど……?」
「ドゥークを見たでしょう?」
「?」

 いきなり知らない名前のようなのを言われても、わたしはきょとんとなるだけだ。
 少女はというと、ちょっとだけ不愉快そうに、頬を膨らませる。

「もう……。一応わたしのお気に入りなんだから、忘れたりしないで」
「え、えっと……?」
「昨日、あなたを助けた者がいたでしょう? 彼のことよ」
「あ……」

 言われてみれば、あの時私を庇ってくれたのは、背の高い男の人だった。
 あれがきっと……。

「彼と同程度の存在のものならば、提供できるわ。もし支配権を持ちたいというのなら、自分で造ってみてもいいと思うけれどね」

 そう言われても、やっぱり分からない。
 分からないけど、きっと何とかなるのだろう。

「ともあれ、あなたの好きにすればいいのよ。殺したいなら殺して、奪いたいなら奪って……手に入れればいいの。ね? 由羅」

 それは、とてもとても甘いささやき。
 そして、誘惑。
 私は、それに。

「…………うん」

 頷いてしまう。
 このままで、いいとは思わない。
 このまま、ジュリィに負けたりしない。
 今は、あの時とは違う。
 思い出し、考えると、昏い気持ちになっていくのが分かる。
 ……あんまり好きな感情ではないけど。
 私は、決心する。

「そうする」

 私のその答えに、少女は満足そうに……微笑んだ。

     /真斗

 深夜。
 本当なら黎のボディーガードということで、事務所に詰めてるはずだったのだが、今夜は所用があるとかであいつはどこかへ行ってしまっている。しかも俺は来なくていいとのことだった。
 一応上田さんがくっついてるらしいから、まあ大丈夫だろう。

 俺はというと、おかげで今夜は自由の身。
 帰ってぐっすり眠っておくのが一番とは思うのだが、そうはしなかった。
 今俺は、深夜の町中を歩いている。

 まるで数日前に戻ったかのように、市内を歩き続ける。
 目的も、まああの時と似たようなものだ。
 あの時は誰とも知れぬ殺人犯を捜していたわけだが、今は行方不明のあいつを捜している。
 どっちも由羅のことであるが。

「ったく……。元気にしてるんなら出てきやがれってんだ」

 何時間か歩き続けて、さすがに疲れて悪態をつく。
 そんなに都合良く出てくるとは思ってなかったが、出てこないとそれはそれで腹立たしい。

 それとも……やはり黎にやられた傷が、未だ癒えていなくて動けないのか。
 多少、心配になる。

 ――できるならば、黎がいない所であいつと話をしておきたいというのが、正直なところでの気持ちだった。
 あいつらが顔を合わせてしまうと、話し合いになどならないかも知れないと思ってしまうからだが……杞憂じゃないだろう。

 再びあいつのマンションに行ってみたが、やはりあいつがいる様子は無い。
 ってかあいつ、本当に無事なんだろうな……。

 黎はあいつが千年ドラゴンだから云々と言っていたけど、俺にはそれがどんなものなのかは分かってねえしなあ……。

「もう少し捜してみるか……」

 寒さに身体を震わせながら歩くのを再開したところで。
 その姿が、視界に飛び込んでくる。
 紅い瞳に銀の髪。
 その、少女の姿が。


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