終ノ刻印

第53話 ジュリィ・ミルセナルディス③

終ノ刻印 第二章 最強の王編 第53話

 その一人って、他にもまだいるってわけかい。

「茜、わかるか?」

 難しい顔で聞いている茜に聞いてみるが、返事は軽く肩をすくめただけだった。
 とりあえず、続きを話せということらしい。
 最遠寺は小さく首を横に振る。

「あの方のことで、わたしが話せることは少ないわ。ただ……ともあれ、あの方がいるからこそ、桐生くんは存在していられる。これは間違いないことよ」
「……結局、真斗の命が人質ということか」

 不愉快そうに、茜が最遠寺を睨む。

「真斗の命はお前たちの自由、ということなんだろう? つまり、協力しなければあっさり殺すと――そう脅しているのと同じだ。違うのか?」
「……そのつもりはなかったわ」

 明らかに怒っている茜とは対照的に、静かに最遠寺は否定する。

「信じられない」
「でしょうね。つもりはなかったけど、結果的にそう思われても……仕方無いわ。わたしは協力して欲しいし、そして桐生くんの存在はエクセリア様次第なのだから」
「真斗を殺してみろ。その時は、あらゆる意味で後悔させてやる」
「…………」
「……おい」

 思わず俺は口を挟んだ。
 何ていうか、非常に空気が悪い。ぎすぎすし過ぎだ。

「少し落ち着け茜。あんまり最遠寺につっかかるなよ」
「何を言ってるんだこの馬鹿! 自分のことだろう!?」

 怒鳴られる。

「そんなことはわかってる。当然だろ?」
「わかってない!」

 あっさり否定してくれる茜。
 ったく……。冷静なようでいて、意外と短気なところは相変わらずだよな。

「いいから落ち着け。お前が怒ると話が進まなくなるだろ? 今のとこ、最遠寺も聞いたことにはちゃんと答えてくれてるんだ。でもって話はまだ終わってない。肝心なことをな」

 そう。肝心なことを、まだ聞いていない。

「最遠寺」

 茜が何か言い返すより早く、俺は最遠寺へと聞いた。

「結局お前は、俺にどうして欲しいんだ? 俺だってまだ死にたくない。できることなら協力してもいい。でも最初にも言ったけど、あいつをどうにかする手伝いだけはやる気は無い」

 沈黙の後。
 長く息を吐いて。
 最遠寺は答えた。

「わたしは今……動けないわ」
「動けない?」

 俺は眉をひそめる。

「昨夜のこと、覚えているでしょう? わたしは少なからず傷を負ったわ。はっきり言って、今この状態ではユラと闘っても勝ち目はないわね」

 自嘲気味に、最遠寺はそんな風に言う。

「それを言うならあいつの方だって一緒だろ? 第一あいつ、無事なのかよ」

 確かに最遠寺もやられていたが、由羅だって、同じようにやられていたはずだ。

「ていうかお前、あんだけ怪我したはずなのに、無傷に見えるんだけど?」
「見た目ならね」

 最遠寺は苦笑する。

「今はただ、傷が塞がっているだけ。歩くのがやっと、というところね……」

 そうは言うが、とてもそんな風には見えない。

「でもユラは違うわ。外傷ならばとっくに治っているはずよ。もちろん、体力も。そういう存在なんだから」

 あいつが千年ドラゴン――とかいう存在だから、か。

「わたしが力を取り戻すには、少々時間がかかるのよ。だからその間、桐生くんにはわたしを守って欲しい」

 誰からかなど、考えるまでもない。

「……それが、俺にして欲しいことか?」
「さしあたってはね」

 過去の因縁はどうあれ、今回仕掛けたのは最遠寺だが、由羅の奴だってそれを黙って見ているはずがない。最遠寺の言うように回復しているのならば、反撃だってするだろう。
 そうしたら――あいつは、最遠寺を殺すのだろうか。
 正直なところ、それは自然な対応だと俺は思う。
 自分を殺そうとする奴を相手に、反撃するなという方が無茶だ。

「ったく……くそ」

 本当ならば関わるべきことじゃない。
 最遠寺と由羅、二人の個人的なことだ。
 けど茜も言うように、そうして済む問題ではなくなってしまっている。
 運が悪かったのか何なのか、俺はすでに巻き込まれてしまっているからな……。

「わかった。役に立つかどうかは別として、由羅の奴が来たら、俺が相手してやる」
「真斗!?」

 僅かに驚いた最遠寺を余所に、茜が声を上げた。

「本当に、黎に協力する気なのか?」
「――仕方ないだろ? お前も言ってただろーが。俺の命が人質になってるようなもんなんだ。断ってあっさり消されでもしたら、嫌だからな」
「……っ。お前はそれでいいのか」

 歯を噛み締めた後、茜が押し殺した声で、尋ねてくる。

「まさかな」

 そんなわけがない。

「いいはず無いだろ。いくら妙な力が出せるようになったって、自分の命が誰かに握られてるなんて、それこそ冗談じゃない」

 冗談じゃない、が……今はそれをどうにかする方法など、何も思いつきはしない。
 この現状さえ、しっかり把握しているわけでもないってのにな。

「とりあえずは、いったい自分がどうなってるのかを知りたい。ついでにもう一つ、由羅を止めとく必要もあるだろ?」

 大丈夫だとは思うが、今回の一件でいつが自棄になって、元のように暴れられたら洒落にならない。
 最遠寺はそれこそ狙っているのかも知れないが、俺としては願い下げだ。
 何にせよ、由羅は止めなければならない。止めれるうちに。
 今最遠寺が動けないのなら、それは好都合だ。由羅のことだけ警戒してればいいんだからな。
 ボディーガードなら、ちょうどいい。

「茜、お前はどうする?」
「ふん」

 答えず、茜は鼻をならしてそっぽを向く。
 かなり不機嫌なのは、間違いない。

「私はお前ほどお人好しじゃない。勝手にしていろ」
「勝手にって、おい」
「気に入らない。それに、嫌なにおいもする」

 それだけ言うと、乱暴に席を立ってしまう。
 ……って、においって何だよ。

「――九曜さん」

 すれ違いざまに、最遠寺がさりげなくささやく。

「邪魔だけは、しないでね?」
「――ふん」

 やはり何も答えず、茜はそのまま行ってしまった。
 あー……。あれは相当怒ってるよな……。
 最遠寺に対しても、俺に対しても怒ってるんだろう。
 俺を利用している最遠寺に。
 そんな最遠寺に従う俺に。

「……九曜さんは、真っ直ぐな人なのね」

 茜が荒々しく公園を出ていった後、ぽつりと最遠寺がつぶやいた。

「まだガキなんだよ。あいつはさ」

 自分で言ってから思い出したけど、あいつってば俺よかそれなりに年下なんだよな。
 昔っから偉そうにしてるから、時々忘れるけど。

「わたしも驚いているのよ? 事情を知った上で、まさかこんなにあっさりとわたしに協力してくれるなんて」
「別に協力してるわけじゃねーぞ」
「え?」
「あいつが暴れないようにお前に張り付くのに好都合だった、ってわけだよ」
「……守っては、くれるのでしょう?」
「そりゃあな」

 由羅が誰かを殺してしまったら、意味が無い。
 例えそれが、最遠寺だったとしても。
 ともかく、もう一度あいつに会うべきだろう。そして改めて、あいつの意思を確認したい。
 それに、一応心配でもあるしな。


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