終ノ刻印

第52話 ジュリィ・ミルセナルディス②

終ノ刻印 第二章 最強の王編 第52話

「そう……だな。話を戻そう」

 そうそう。それでいい。

「んで? 魔王が何だって言うんだ?」
「率直に言えば、レイギルアはわたしの兄なのよ」
「ほう」

 …………。
 …………はい?

「……なんだって?」

 一泊遅れて、俺は聞き返した。
 いまいちよく分からんのだが……。

「そうね。簡単には信じられるものではないわね」
「いや、ていうかもう一度――」
「兄、と言ったな。ということは、お前はレイギルア・ミルセナルディス――かつての魔王の、妹だというのか?」

 俺なんかはそっち退けで、茜は冷静に確認する。
 それに対して最遠寺は頷く。

「とすると、お前は千年だか二千年だか昔から生きているというわけか」
「そうなるわね」

 ……おいおい。

「あっさり信じてるのかよ茜?」
「別に嘘をつく理由もないだろう」
「嘘っていうか、それ以前の問題だろーが」

 普通、人間は百年程度生きるのが関の山だ。
 それを千だの二千だの。

「私にはそれくらい生きている知り合いがいるからな。他にいたって不思議じゃない」
「……まじかよ」
「話が早くて助かるわ」

 いや待て、俺はまだ納得してねえって。

「真斗、いいから聞いておけ。真偽の確認は、話を聞いてからでもできる」
「まあ……いいけどよ」
「というわけだ。続きを聞きたい」

 俺を黙らせて、茜は最遠寺に先を促した。

「そう……今から二千年以上も前のことよ。わたしのお兄様は、ユラのせいで死んでしまったわ……。それを、今でも恨みに思ってる。それだけのことよ」

 それだけのことって……。
 じゃあ何か、あいつもそんな昔から生きてるってのか……?

「……そういやあいつ、千年ドラゴンって」

 千、という言葉を聞いて、俺は不意にその名を思い出していた。
 確かあいつのことを指して、最遠寺はそう言っていたような気がする。

「ええそうよ。ユラは元々ただの人間だったわ。けれどお兄様が哀れんで、その身に千年禁咒をかけたのよ。そして生まれ変わったの。わたしはそれが許せなくて、今まで生き続けてきたわ。本当に、長い間」
「…………」

 つまり、最遠寺の兄貴とやらは、何をやったのかは知らねえけど由羅のせいで死んでしまった。
 それを恨んで、最遠寺は由羅を殺そうとしている、ということか。
 魔王だの千年前だのといったことさえなければ、分からないことでもない。
 明快な動機ですらある。

「なるほど。ではやはり、私怨か」

 ぽつりと、茜が尋ねる。
 最遠寺は否定しなかった。

「その理由が本当ならばお前個人のことだし、私達が関わるべきことじゃないと思う。でも、現状ではそうはいかない。あの異端が実際に犠牲者を出している以上、アトラ・ハシースが放っておくはずもない。身内だってやられているからな。――何より、真斗のことだ」

 茜が、こちらを見た。

「俺が?」
「そうだ。真斗のことで、確認しておきたい。正直に答えろ」
「……いいわ」

 頷いた後、茜は最遠寺に向かって、ほんの僅か語気を強くして言う。

「昨日、お前は言っていたな。あの異端が、真斗を殺したと」
「ええ」
「確かにあの異端と真斗が交戦して、重傷を負ったということは聞いている。そう――お前は真斗を助けてくれた。瀕死だった真斗を。これは、本当か?」
「…………」

 わずかに、最遠寺は沈黙した。
 俺は、俺が死んでいるらしいことは、すでに知っている。
 昨日――あの得体の知れない少女が、記憶を蘇らせてくれる際に、そんなことを言っていたから。
 信じたくはないが、あの記憶が正しいならば、あれで助かっていてはまさに奇跡だろう。
 あの時の苦痛に、誰かを嬲るのを愉しんでいたあいつの表情――……。
 正直、思い出したくない記憶だ。

「――あれは、半ば嘘になるわ」

 最遠寺が、答える。
 ぴくりと、茜が震えた。

「桐生くんは死んだの。あの時に。普通の人間が心臓を握り潰されて、生きていられるわけがないでしょう?」

 ……確かに、な。

「じゃあこれは? 死んでいるようには見えないが」

 視線で俺を指す茜。
 これって言うな、これって。

「その通りよ。死んでいるようには見えないだけ」
「……説明しろ」
「本当にその通りの意味よ。今の彼は、わたしたちはもちろん、自分自身でさえ生前の自分と区別がつかない存在として、ここにあるの。でも――例えばそうね、あなたの良く知る死神と呼ばれるあの方が桐生くんを見れば、一目で気づくでしょうけれど」
「…………」
「桐生くんは今、ある方によってその存在が維持されているわ。その方が認識して下さる限り、あなたは存在していられる。ベースとなる身体は補修して利用しているから、あの方もさほど力を向けずに済んでいるの。でも逆に身体に変調をきたせば、そのまま存在に影響してしまうけれどね」

 ……なるほど。
 昨日のあれか。

「――黎」

 低くなった声で、茜が最遠寺の名を呼ぶ。

「私はお前が、真斗を利用するつもりで助けたと思っている。それはいい。だけど……もし、初めから利用するつもりで真斗がやられるのを見ていたというのなら――」
「茜」

 最遠寺が何か答えるよりも早く、俺は口を挟んだ。

「そんなことは無いだろ? つまらんこと聞くなよ」
「だけど――」
「茜」

 もう一度名前を呼ぶと、渋々としながらも、とりあえず追求することはやめたようだった。
 しかし今度は反対に、こっちを睨んでくる。

「……真斗、お前のことなんだぞ? どうしてそんなに落ち着いていられるんだ?」
「別に落ち着いているわけじゃないけどな」

 俺が死んでいるらしいこと――それを今初めて知ったのであれば、もっと動揺しただろう。けど俺がこのことを知ったのは、昨日のことなのだ。

「昨日さ、変な女に会ったんだよ。女っていっても、まだ小さなガキだったけどな。――そいつが、教えてくれた。俺が失っていた記憶と一緒にな」
「……エクセリア様に、お会いしていたの」

 少し驚いたように、最遠寺がこちらを見てくる。

「誰だ?」

 尋ねるのは、茜。

「……紅い目をした、綺麗な銀の髪の方ね?」
「ああ」

 あの少女と会ったのは、ほんの僅かな間だ。しかしあの容姿は、よく覚えている。

「では間違いないわね……。桐生くんが出会ったその方の名は、エクセリア。今桐生くんは、その方に認識されることで、存在を維持することができているのよ」
「何者だよ?」
「……エクセリア様は、何もおっしゃらなかったの?」
「ああ。俺に記憶だけ戻してくれたら、あっさり消えちまったよ。まあ、まともな人間じゃないってのは、何となくわかるけどな」

 あんな子供の姿をしていたが、姿そのままの印象はまるで受けなかった。
 空虚だったといえばそんな気もするし、だけど一方で存在感に溢れていた存在……。

「わたしにも、そしてあの方たちもきっと、自分が何者なのかなんていうはっきりとした答えは知り得ていないと思うわ。ただ、あの方は根源二祖と呼ばれている、観測者」
「観測者?」
「そう。存在を、存在たらしめる存在……。その一人が、あの方」


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