終ノ刻印

第51話 ジュリィ・ミルセナルディス①

終ノ刻印 第二章 最強の王編 第51話

     ◇

 落ち着いたのは、近くの公園。
 途中で買い込んだ朝飯を持って、ベンチに腰を落ち着ける。
 最遠寺は立ったままで、こちらを見ていた。

「そんじゃ……まず最初に聞かせてもらうぜ」

 そう前置きしてから、俺は続ける。

「これからどうする気だ?」

 昨夜のことよりも、まずはそのことを聞いた。
 最遠寺は苦笑する。

「どうもこうも……。わたしはあの異端を狩るわ。変わりはない」

 ふむ……予想通りの返事、か。

「俺が……昨日あいつに言ったこと、覚えてるよな?」
「あの子を許す、と?」
「ああ。今もそのつもりだ。ならお前は……俺をどうする? 前言通り、用済みは処分か?」

 皮肉に聞こえたのか、最遠寺はわずかに顔をしかめた。
 ――すぐに、元に戻りはしたが。

「その気はないわ。あなたはわたしの大事な協力者だもの。昨夜のは、ただの狂言。わかっているでしょう?」
「わかっていても、不快だ」

 答えたのは、茜。

「それに本当に狂言だったのだと、私は信じているわけじゃないぞ」

 剣呑な口調なまま、茜は最遠寺をねめつける。

「――ごめんなさい」

 あっさりと、最遠寺は頭を下げた。

「でも、必要だったの。わたし達は、決着をつけなくては終われないと……ユラにも、桐生くんにも……わかって欲しかったから」

 それはどんな説得もきかないと、言外に語っていた。

「ユラには逃げられたけれど、あれであの子は……絶対にわたしを殺そうとするでしょうね。それでいいのよ」
「なにがそれでいいんだよ」

 俺は不機嫌になって言った。

「俺はそういうのが嫌だから、やめてくれって言ってるんだろうが」

 少なくとも由羅の方は、何とかなりそうだった。
 最遠寺が邪魔さえしなければ。

「ならばユラについて、わたしを殺す?」
「お前なあ」
「だとすると、わたしは笑いものね。味方を作ったつもりが、実は敵を増やしていただけということだったのだから」

 自棄っぽく、そんなことを言う。
 あくまで表面的に――であったが。

「ああ笑ってやるよ。くそ」

 まったく……。

「――黎」

 茜が、言葉を滑り込ませてくる。

「真斗のことはともかく、少し話してもらおう。お前自身のことを」
「……わたしのことを?」
「そうだ。お前があの異端を執拗に追う理由を。それに、お前が何者なのかも」

 確かにそれは、聞いておきたいことだ。
 最遠寺の動機。由羅と何があったのか。

 それに、最遠寺自身のこと。
 いくら最遠寺家の者とはいっても、あの由羅とああも戦えるのだ。どうもその正体は、ただものじゃない。

「聞いて、どうするの?」
「判断する。最初は協力するつもりでいたが、再検討したい。お前が私が協力すべき相手かどうか。少なくとも私は、騙されるのは嫌いだ」

 つまり茜自身、自分のこれからを決めたい――というわけか。

「確かに……。今のままでは、この先もあなたの協力は得られないでしょうね」

 そうつぶやくと、最遠寺は小さく頷く。

「いいわ。もうここまできたのだから、全て話しましょう。……まずは名前からね」
「名前?」
「偽名ということか」

 首をかしげる俺とは対照的に、茜がそう言う。

「む?」
「聞いていなかったのか? あの異端が、何度か黎のことを指して呼んでいただろう。最遠寺黎とは違う名を」

 そうだったっけかな……?
 記憶を探ってみるが、あんまり思い出せない。
 まあ俺、あんまり余裕無かったしな……。

「九曜さんの言う通りよ。最遠寺黎という名は、ただの偽名。まあこの国で動くには、この国らしい名の方が、動きやすいと思ってね」
「じゃあ、本名は何ていうんだ?」
「ジュリィよ。ジュリィ・ミルセナルディス」

 ジュリィ、ね。
 明らかに外国のものだと分かる、名前だった。

「ちなみに桐生くんが由羅と名づけたあの女の本名は、ユラスティーグ・レディストア。そんな名前よ」
「……確かあいつ、自分の名前覚えてなかったよな」

 辛うじて頭の部分だけ覚えてて、ユラと名乗ったってわけか。

「――ミルセナルディスだと?」

 俺があいつのことを思っていた一方で、茜が怪訝な声を上げていた。

「どうした? 茜」
「いや……。その名前はアトラ・ハシースで聞いたことがあるような気がして……」
「博識ね」

 微笑んで、最遠寺がそんなことを言う。

「ミルセナルディス。この名は、最初の魔王の姓。レイギルア・ミルセナルディスの」

 ……魔王?

「――ああ、そういえば」

 言われて、茜が頷く。
 俺にしてみれば、初耳だけど。
 もちろん、魔王という存在のこと程度は知っている。
 実在したかどうかはともかく、異端の中で、魔族やら妖魔やらと呼ばれている存在は、その血を受け継ぐ者であるとか何とか。

「現在に至るまで、悪魔との契約によって魔王となった人間は、四人いるわ。レイギルア・ミルセナルディス、シュレスト・ディーネスカ、クリーンセス・ロイディアン、そしてフォルセスカ・ゼフィリアード」
「はあ」

 と言われても、俺には知らない名前ばかりだ。
 九曜家でも、そんなことまで習わなかったし。

「なん……だと?」

 俺にはまったく縁の無かった名前でも、茜にとってはそうではなかったらしい。

「今なんて……ゼフィリアードと言ったのか……!?」

 驚きつつ詰め寄られて、最遠寺は小さく頷く。

「ええ。ゼフィリアードと言ったわ。最後の魔王、フォルセスカのね。もっとも彼に関しては、フォルセスカという名前以外、伝わってはいないけれど」
「まさか……」
「そうだったわね……あなたはあの方をご存知だったものね。迂闊だったわ……」

 少々口が滑ったと、そんな表情になる最遠寺。

「知っているのか!? あいつのことを!」
「お会いしたことはないけれどね。でも……九曜さん。今あなたが疑問に思ったことを、決して本人に聞いては駄目よ?」
「……どうして?」
「どうしても、よ。知りたければ教えてあげるけど、あの方にだけは言っては駄目。いい?」
「わかった、けど……」

 釈然としない茜だったが、もっと釈然としないのは俺だ。

「おいこら。俺に全然わからん会話を二人で進めるなって」
「そうね。九曜さん。この話はまた後でにしましょう」


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