終ノ刻印

第47話 介入する者

終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第47話

 そう言うと、最遠寺は不意に顔を近づけてきた。
 軽く背伸びをして、俺の口を、自分のそれで塞ぐ。

「!」

 思わず離れようとした。
 だけど身体は動かなくて。
 そのまま、最遠寺は自分の唇で、俺の口を塞ぎ続ける。
 近くにいた茜の、らしくないような動揺した気配が伝わってきて。
 だがそれ以上に――

「なに――なんなのやめてよ!?」

 悲鳴のような、由羅の声が上がった。
 その声に満足したように、最遠寺は冷笑を浮かべて由羅の方を振り返る。

「どうしたの?」

 意地悪く、最遠寺は聞き返す。
 突然のことに半ば真っ白になっていた俺は、何か言おうとして――本当に真っ白になってしまった。
 膝の力が抜けて、がくりと崩れ落ちる。

「な――」

 全身に、まるで力が入らない。

「真斗っ!」

 茜と由羅が同時に声を上げ、駆け寄ってくる。
 しかし傍まで来ることができたのは、茜だけだった。
 由羅は、最遠寺に阻まれて立ち尽くす。

「何を――」

 言いかけた由羅の顔が、ハッとなった。
 何かに、気づいたように。

「まさか……真斗の、を……!?」
「察しがいいわね」
「殺す気なの!?」

 一体何の話なのか、俺には分からない。
 だけどあいつには分かったのか、見たことがないほどに激昂していた。

「言ったじゃないの」

 そんな由羅のことなど気にする風も無く、落ちていた剣を拾い上げながら、最遠寺は言う。

「用済み、って」
「どういう意味よ!?」
「あなたはもう誰も殺さないのでしょう? 無抵抗で、わたしに嬲られてくれるのでしょう? それならば、もう桐生くんは必要ないわ。つまり用済み――そういうことよ?」
「――――」

 絶句する、由羅。
 同時に、俺を支えていた茜が、何か言おうと口を開きかける。
 しかしそれを、俺は止めた。

「真斗……!?」
「…………」

 俺は答えずに、最遠寺と由羅を見続ける。

「当事者なのだから、当然知っているでしょ? 彼を殺したのは、あなた。彼は死んでいるの」
「何を……? だって、真斗は生きてて、ジュリィが助けたって……」
「そうね。助力はしたわ。でもだからといって、生きているわけじゃないわ。わたしは存在維持の、助力をしているに過ぎないのだから」
「う、あ……」
「エクセリア様を覚えている? ユラ。桐生くんの存在は、あの方によって維持されているわ。彼の場合、肉体の方もそのまま再利用しているけれど。それを維持する生気は、わたしがあげたのよ。だから、比較的安定していられるの。でもそれを奪ってしまえば、ね?」

 簡単に消すことができると、最遠寺はあっさりと言った。

「そんな、そんな――うそ」
「嘘ではないわ。現に……ほら」

 最遠寺が、こっちを見る。
 由羅も。
 しかし俺は、答えられるだけの力も残っていない。
 息をするだけで、精一杯なのだから。

「じゃあなに……!? 私が真斗との約束を守るのだったら、あなたが真斗を殺すって言うの!?」
「勘違いね。殺したのはあなた。けれど――そうね。そうとってもらっても構わないわ」
「ジュリィ……っ!」

 違う、と思った。
 いや、違ってはいないのかもしれない。
 でもこれは。
 最遠寺の、由羅への挑発だ。

「どうしてそんなひどいこと……!?」
「ひどい?」

 その言葉に、最遠寺は逆に睨み返す。

「わたしから大切な人を奪ったあなたが、よく言うわ。――そうね。ここで、あなたの唯一の頼りである桐生くんを殺したら、少しは痛みがわかるかもね。つまらないけど、多少はいい余興になるわ」

 そう言って。
 何の予備動作も無く、最遠寺は手にしていた剣を、俺めがけて振り下ろす。

「黎!?」

 俺自身に避けることはできなかったが、茜のおかげで助かった。
 さすがに我慢できなくなったのか、茜も叫ぶ。

「何の真似だ!?」
「言った通りよ」

 素っ気無く答えて、再び剣を振りかぶる。

「ジュリィっ!!」

 叫んで、それを止めようと由羅が飛び掛った。
 それこそがむしゃらに、最遠寺めがけて充分な殺傷力を秘めたその爪を、振り下ろす。

 びしゃり、と。
 鮮血が飛び散る。
 裂けた衣服と共に、最遠寺の血が。

「――――殺してやる!」

 何とか倒れずに踏みとどまった最遠寺目掛けて、由羅は構わずに追い討ちをかけた。

「やめろ由羅――!」

 俺は出ないはずの声で叫んで。
 だが結局、それは届くこと無く。

 あいつの手は、最遠寺を貫く。
 苦痛に、顔を歪める最遠寺は。
 なぜだか笑っていた。

「終わりよ……」

 自分を腹に刺さった由羅の手を、しっかりと掴んで――最遠寺は言う。

「汚れるがいいわ……!」
「! あ、う……!?」

 瞬間、由羅は悲鳴を上げて仰け反った。
 最遠寺が引き抜くあいつの手が、最遠寺以外の血に、新たに染まっていく。
 中和されていたはずの刻印が、再び効力を取り戻したのだ。

「ち……っ」

 こんなにあっさりと、中和が解けてしまうわけがない。恐らく、あいつが最遠寺と戦っている最中に、所長が張った結界を斬られでもしたのだろう。

「もう中和することも許さないわ……! わたしの血に塗れて、呪われるがいい……!」
「い、やあああああああっ!!」

 もうただ闇雲に。
 その激痛に、あいつは力を暴走させる。
 そんなあいつの近くにいた最遠寺が、ただで済むわけも無かった。

「…………っ!」

 とんでもない力で弾き飛ばされ、アスファルトに叩き付けられる。
 鮮血が飛び散る中、由羅はその身体を引き裂こうとして。

 だが。

「な……?」

 その突然の光景に、俺は息を呑む。
 吹き飛ばされる、由羅。
 最遠寺へと迫るその寸前に、何かが由羅の身体を刺し貫いたのだ。

 胸に大きな裂傷を負って、鮮血を散らして――ずっと後ろに落ちる、由羅。

 不意に割って入った誰かが、最遠寺を助けるようにして、由羅を攻撃したのだ。
 あいつの胸にできた裂傷の先には、太い短剣が深々と薙ぐように突き刺さっていた。

「どけ……っ!」

 俺は茜を振り解いて立ち上がろうとしたが、叶わなかった。
 足に力が入らず、崩れ落ちる。

「く、そ……!」
「動くな馬鹿!」

 茜に叱責されるが、聞いてなどいられない。
 しかし結局身体は動かず、視線をさまよわせることしかできなかったが。

「あ……うぁあ……っ!」

 更なる痛みに、由羅はその場で悶え苦しむ。
 暴れるたびに、尋常ではない出血が続いていく。

 そんな由羅目掛けて、不意に現れたその男は、まったく同じ短剣を投げつける。
 だがそれは、由羅に届く前に弾かれてしまった。

 もちろん由羅が防いだわけじゃない。そんなことができる余裕など、あいつにはもう無い。
 防いだのは、あいつの前に現れていた黒い人影で。

「なん、だ……?」

 また状況が変わった。
 この場に、突然二人の男が現れたのだ。

 一人は最遠寺を庇い、由羅を攻撃して。
 もう一人はそれを防いで。

「これはこれは」

 そのうちの一人が、少々驚いたように相手を見返していた。

「まさか、こんな所にあなたがいるとは……」
「――この娘はもらい受ける」

 黒い服に身を包んだ男は、ただそれだけを口にすると、未だ苦しむ由羅を抱き上げる。

「それは困りますね。せっかくの機会です。簡単に譲り渡すわけにはいきません」
「ならば奪い返すがいい」

 それだけ言うと、男はあっさりとその場から離脱した。
 由羅を、抱きかかえたまま。

「……やれやれ」

 もう一人の男は、そんな相手をただ見送った。
 追いかけるつもりなど、全く無かったように。

「まさか、彼女らを放っていくわけにもいきませんからね。仕方ありませんか」

 そうつぶやいて振り返る男は。

 俺の、知っている奴だった……。

     /アルティージェ

「……ふふ」

 思わず、微笑がこぼれた。
 なかなかに、面白い見せ物。
 一幕は終わったけれど、まだまだこれからなのだ。

 それに、わたしが求めていた者のうちの一人に……ようやく会うことができる。
 彼女は他の二人と違って、まだ会ったことがない。
 だから、楽しみだった。

 ――自分と、同じ存在。

 ようやくそんなものが、手に入るかもしれないのだから。

「早く……連れ帰って、ドゥーク。待ち遠しいわ」

 それを嬉しく思って。
 わたしはそう命令した。


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