終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第46話
/真斗
本当に俺の身体はどうかしてしまったらしく。
多分本気で俺を置いていくつもりくらいの速さで先を行った茜の後を、俺は無難についていくことができた。
……屋上から飛び降りても、全くの平気だったし。
まあ、原因解明は後だ。
今はこの場だ。
「――真斗!?」
俺を見て、驚きの声を上げる由羅。
「よお」
俺は軽く答えたが、実際驚いていたのは俺の方だった。
……あいつの姿は、それこそ酷い状態だった。
身体中を赤く染めて、夜だというのにボロボロだということが分かる様子。
普通の人間だったら立っていることだってできないはずだ。
「……本当に化け物だな。私の銃撃を何発かまともに受けているはずなのに」
俺の横で、茜が呆れたように洩らした。
それには応えず、俺は由羅へと口を開く。
「お前、無事か?」
「そんな、の――」
「桐生くん」
口を開きかけた由羅を遮るように、最遠寺が声を滑り込ませる。
「何の真似かしら……これは」
銃弾がかすった手を舐めながら、最遠寺は軽く俺を睨んだ。
銃弾は、明らかに最遠寺に向けて発砲されていた。決して狙いが逸れたわけでないと分かっているからこそ、あいつは俺を詰問してくる。
「悪いな。わざとかすめるように撃ったんだ。何かやばそうだったからな」
由羅が、だ。
何をしていたのかは分からないが、どう見てもまともな状況には見えなかった。
「来てくれたのは嬉しいわ。けれど……理由を説明してくれるかしら」
邪魔をした理由、か。
「そいつと、話がしたい。茜にはその間、待ってくれるように頼んだ。最遠寺も、一旦下がって欲しい」
「何を……馬鹿なことを」
俺の言葉を、最遠寺は一笑する。
「ここまできて、いったい何を話すというの? あなたを、殺そうとした相手と」
「忘れてた記憶……だと思うんだけど、それを思い出したんだよ」
ぴくり、と最遠寺と由羅は同じように反応した。
由羅は、また哀しげな顔になって俯いてしまったが。
……そんな顔もできるから、俺はお前のことを何とかしてやりたいって、そんな風に思ってしまうんだろうな。
「それなら――」
「ああ。お前の言う通り、俺はそいつに手酷くやられてたよ。ここ最近の殺しもそいつだ。本人が認めてたからな」
由羅はこちらを見ない。
ただただ、視線を逸らしている。
「でもな……俺はどうやら由羅のことを、まだ助けてやりたいって思ってるらしくてな」
ぽんぽん、と俺は左手の甲を叩いて言った。
え、と微かな驚きの声を上げる由羅。
そうして初めて……ようやく俺の方を見る。
「なんで……? あの時のこと、思い出したんでしょ……? 私、あなたのことを――」
「許してやるって言ってるんだよ」
その一言に、由羅は呆然としてこちらを見返した。
同じように、最遠寺も驚きを隠せない様子だった。信じられないといった、顔。
「私、私――真斗のこと、こ、殺したのよ!? それなのに――」
「別にお前は嘘なんかついてなかったってわけだ。俺のことを殺したとは言いたくなさそうだったけど、刻印のことは俺がしたって最初から言ってたしな……。今さらだろ、そんなことは」
「そんな……」
「それにな――俺は別に怒っていないわけじゃないんだぜ?」
ただあの時の怒りが、今も同じように湧いてこないだけ。
「だから、条件付きだ。お前が今までにやってきたこと……全部水に流すことは不可能だろうけど、もうこれから絶対にしないって言うんだったら、少なくとも俺は許してやる。約束だって守ってやるよ」
「あ……」
酷く混乱したように、由羅は言葉を失ったようだった。
俺はただ、あいつの返事を聞くために、黙って待ち続ける。
「ふ……ふふ……」
押し殺したような笑い声が聞こえたのは、すぐのことだった。
「何を馬鹿なことを……。そんなことは絶対に不可能だわ」
くすくすと嘲笑しながら、最遠寺が言う。
「それは千年ドラゴンなのよ? 自分よりも高いものに依存しなければ、己を保てはしなという欠陥品なのよ。あなたが何かを殺さずにはいられないのは、低次のものを認めることができない精神的欠陥を抱えているから。お兄様はもういない――そんなこの世界で、あなたを認めてくれる存在などいないのよ!」
最後は声を張り上げるようにして。
俺は事情は知らない。
しかしそれでも、あの夜の由羅が常軌を逸していたのは俺にも納得できる。
あまりにも自然に……殺しを愉しんでいた姿。
「けどな……この数日間は、あいつは誰も殺していない。我侭ではあったけど、充分普通だったぜ。俺はな、それを一生続けられるかって聞いてるんだよ。もし何か他にも困ってることがあるんだったら、まあついでだから相談には乗ってやるさ」
「そんな愚かなこと――」
「……やる!」
最遠寺の嘲笑を遮って。
「私……やる……やるから! また一緒にいてくれるんだったら……私もう――誰も殺したりなんかしない!」
「ユラ――!?」
「私――真斗がいてくれればきっとできる。だってその方が――」
「…………そう」
静かに。
最遠寺は頷く。
「できるのね?」
「できるもの!」
「ふうん……そう」
何の感慨も感じさせない声音でつぶやくと、最遠寺はそっとこちらに歩み寄ってくる。
「おい……?」
俺は訝しげに声をかけたが、最遠寺は答えることなく。
その距離は、不必要なまでに近づいてしまっていて。
「では、桐生くんは用済みね」
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