終ノ刻印

第44話 幼馴染の説得③

終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第44話

 鋭い痛みが走る。
 そのために生まれたわずかな動揺を、茜は見逃さなかった。

「どけ」

 冷たくそう言い放つと、茜は左手の拳で俺の顎を容赦無く殴りつける。そしてそのまま突き飛ばした。

「ぐっ……!?」

 油断――したわけじゃない。
 単純な、経験の差だろう。
 どこまでで勝負が決するのかという、その見極めることに対しての。

 茜は俺を蹴り飛ばすと即座に立ち上がり、未だ残る咒法の火を収束させた。
 そして再び放つ。
 俺に向けて。
 覚悟する間も無く、炎が迫る。

「…………!!」

 しかし、身体が焼けることは無かった。
 炎は周囲を囲んでいるものの、ぎりぎりで押し留まっている。それでも信じられないくらいに熱いが。

「真斗」

 炎の向こうから声がする。

「お前の負けだ」

 それを否定することはできなかった。
 形成は一気に逆転し、茜がもしその気だったならば、俺は燃え尽きていただろう。

「これ以上ごねるのなら、私も容赦しないぞ」

 あいつの言葉に殺意は無い。が、怒気は感じられた。
 俺は仕方なく……両手を上げる。
 その様子が分かったのか、茜は小さく鼻をならすと、俺を囲んでいた炎を退かせ、消失させた。

「やっぱりお前には勝てないな」

 何とかなるかもしれないと思っていたけど、やはり現実はこんなもんらしい。

「……諦めるのか?」

 ほんの僅か意外そうに、茜は尋ねてくる。

「諦めさせたのはお前だろ?」
「――黙れ馬鹿真斗」

 俺の言葉に茜は表情を険しくさせると、一気に俺の懐へと飛び込んできた。
 そして一発、顔を思い切り殴られる。
 ――今までの中で一番、痛かった。

「ってえ……!」
「お前、いつからそんなに意気地が無くなったんだ? 諦めさせた、だと? ふざけるな」
「あ、茜……?」

 小さな肩を震わせて、茜は怒っていた。
 今まで見たことがないくらい、激しく。
 俺はぽかんとなるしなない。

「こんな所まで乗り込んできて、この私に挑んできた時には、馬鹿なりにお前らしいと感心した。いい悪いは別としてだ。戦ってみて、お前は信じられないくらいに強くなっていた。それも感心した。だというのに、一度追い詰められたからといって、あっさりと諦めて……一体何をしに来たんだ? 私はそんな弱い奴に付き合っていられるほど、暇じゃないんだ」

 ……どうやら怒られているらしい。
 俺が、だ。

「悪かったな。期待に添えなくて」

 散々言われて俺もさすがに不機嫌になって、ぶっきらぼうに言い返す。

「別に期待なんかしてない」
「あーそうかよ。だったらどうして俺がお前に怒られなきゃいけないんだ?」
「それは……」

 答えようとして、茜は言いよどむ。

「もう一発殴られたいのか?」

 答えられない答えなのか、視線を険しくさせて茜はそう言い放った。
 暴力女め。

「……まあ、いいさ。腑抜けだろうと何だろうと、負けたのは俺だからな。これ以上お前に無理は言わないでおく」
「……どうする気なんだ」
「どうもこうも。効率の悪い方法に戻るだけだろ。俺はあいつを捜す。邪魔されれば抵抗する。叶うかどうかは別としてもな」

 答えた瞬間、また茜が動いた。
 そう二度も三度もやられるかっての!

 充分に警戒していた俺は、あいつの動きにあわせてその一撃を避け、銃を突きつける。
 避けた茜の短剣は再び俺の喉元に突きつけられてはいたが、俺の銃もこいつの額に狙いは定まっていた。
 互いに、微動だにせずに。

「不可解――とは言わない。お前の行動は」

 そのままの姿勢で、茜が口を開く。

「へえ?」
「らしいとはいえば、お前らしい。馬鹿だけど」

 ……む。

「馬鹿とは何だよ馬鹿とは」
「あんな物騒なものに気を許すお前のような奴を、馬鹿と言うんだ。知らなかったのなら覚えておけ」

 ったく酷い言いようだな茜の奴。

「許してねえよ。そいつをこれから見極めるんだろ?」
「私に負けて、すぐに諦めるような奴が、できるのか?」
「さあな」

 俺は特には何も言わなかった。
 諦めたのは、あくまで茜に対してのことだ。由羅の奴と話すという目的を、放棄したわけじゃない。

 負けたのは事実だが、二度目もそうなるとは思っていない。少なくとも、二度目のチャンスがある以上は。
 もっとも機会があるからといって、こいつとそうそうやり合いたくはないけどな。

「……どうして、あいつにそんなに気をかける?」
「色々はっきりさせたいから、だな。俺がやられたこととか、あいつのこととか。そういうのを気にしてしまう程度には」

 もう、俺はあいつのことを気に入ってしまっている。
 良くも、悪くも。
 それだけだ。

「……ふん」

 茜は鼻をならすと、じろりと睨んできた。

「銃をおろせ」
「お前が先だろ?」

 そう言ってやったら、茜の持つ短剣の刃が、数ミリこっちに接近してくる。
 ったく……。

 俺はこれ見よがしに、肩の力を抜いてみせた。
 それを合図にしたかのように、あいつの短剣と同時に俺は銃を下げた。

「……やっぱりお前は馬鹿だ」
「おい」
「素直に私の言うことを聞いていればいいのに」

 そっぱを向いて、茜はそう言う。
 俺は半眼になった。

「お前の何を聞けってんだよ。ご希望通りに諦めてみせたら、怒って殴ったりするくせに」
「ふん。真斗なんかに、この私の崇高な考えが理解できるなんて、これっぽっちも期待なんかしてない」

 はいはい、そーかよ。

「んで、どーするんだよ? 結局後で俺が邪魔になるっていうのなら、ここでもう一度完全に決着つけるか?」

 さすがにお互い殺し合いとまではいかないだろうが、それでもどちらかが立てなくなるまで――ならば。

「真斗」
「なんだよ」

 多少身構えて、見返す。

「私も馬鹿のようだ」
「ほう」
「馬鹿に話しても無駄だと気づくのに、こんなにも時間がかかったんだから」
「てめー……」

 相変わらずの言いようではあったが、それでも茜から戦意のようなものは消えていた。

「望み通り、時間はやる。だけど条件だ」
「ああ」
「もしあいつが望むような答えを返さなかったならば、決断しろ。私や黎の邪魔を、二度としないと」

 それは、紛れも無く茜の本心のようだった。
 俺は頷く。

「……サンキュ」

 俺の見込み違いであるのならば、俺はもう何も言えないし、できない。

「それにしても真斗」

 ふと何かを思い出したかのように、茜は訝しげな視線を改めて送って寄越してきた。

「んだよ?」
「お前のことだが……何だかインチキ臭いぞ」

 初めは何のことだか分からなかったが、やがて何となく察する。
 茜が言っているのは、あいつと互角以上に渡り合うことができた、俺の力のことだろう。

「ま、それは俺も思うけどな」
「何だそれは」
「仕方無いだろ? 俺だってよくわかってねえんだから」

 今までの俺に、こんな力の自覚など無かった。
 理由はよく分からないが、今はそれを喜ぶこともいぶかしむことも、やっている時間は無い。
 後回しだ。

「ともかく行くぜ、茜」
「うん。あれからずいぶん移動したようだから、見失ってしまったけど、たぶんすぐに見つかると思う」

 夜の民家の屋根を見下ろしながら、茜は言う。
 俺にはとても見えないが、茜は俺以上のものを知覚できているらしい。
「ついて来い。でも遅れるようなら置いていくから」

 そうとだけ言って、あいつは非常識にもビルから飛び降りていってしまう。
 ……おい。
 いきなりそれかよ?

「確かになあ……今だったらお前らみたいな芸当もできそうな気がするけど……」

 先ほどの茜との一戦を振り返るに、今の俺なら何となく不可能では無い気もするが、やはり足は竦む。
 あいつと違って、普段からこんなことには慣れていないというのに……!

「くそ……こんなとこでいきなり置いてかれてたまるかよ」

 結局、俺は茜の後を追って、ビルから飛び降りてやった。


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