終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第42話
◇
ジュリィは人間とは思えない俊敏な動きで、私へと迫った。
「……こんなに長い間生きていて、人間なわけがないか」
まるで自分のことのようにつぶやいて、私もその場を飛ぶ。
一撃をあっさりとかわし、舞い上がった高みからジュリィを見下ろす。
単純な身体能力では、私の方が上だ。この身体はこれを作った魔王以上の力を出せるから。
けれどジュリィの一撃は、間違いなく致命的な一撃に繋がる。
あの剣には私を憎む悪魔の怨念みたいなものが、きっとこもっているから。
私も反撃に出る。
住宅街を移動しながら、その立体的な空間を活かして、追いかけてくるジュリィへと向かう。
ギィインッ!
私が斜めに振り下ろした爪は、それを受けた剣の腹を激しく擦り、火花を散らす。
力を込めすぎたせいか、爪の何枚かが剥がれてしまった。
出血するが、どうでもいい。こんなもの、すぐに治るから。
間をおかずにして再生した爪で、もう一度狙う。
でもあっさりと避けられ、逆に攻撃される。
――そういった何度かの攻防の末、多少とはいえ傷ついていったのは私の方だった。
掠り傷程度だけど、全身に少しずつ裂傷が増えていってしまう。
誤解していた。
確かに基本的な身体能力は私の方が上だけど、ジュリィには私には無い巧さがある。
私の場合、何かと戦った経験というのはほとんど無い。圧倒的な力で、弱者を踏み躙ったことばかりだ。
この前目覚めた時は、そうやってたくさんのものを殺した。唯一戦いと呼べたのは、当時の魔王だったクリーンセスと戦った時だけ。
その後は、逆に私が踏み躙られる番だったから。
でもきっと、ジュリィは違う。
私が眠っている間、私を殺すために――それだけの力を得ようと努力してきたのだろう。
だから技術も経験も、私ではとても及ばない。
私の攻撃は当たらなくて、反対に傷を受けてしまう。
――それでも、その程度では私も倒れはしないから。
私とジュリィの力は、ほとんど拮抗しているように見えた。
二閃、三閃。
ジュリィが剣を振る度に、鮮血が舞う。
普通だったらこんな掠り傷、すぐにも治ってしまうのだけど、傷口から血は流れたままだ。
それはあの剣がただの武器ではないという証明。
凍てつくほど熱い剣閃に、私はじりじりと追い詰められていく。
「――思っていた以上に、弱いのね」
どこか失望したように、そう言うジュリィ。
「かつてアトラ・ハシースでも、異端ですら語ることを禁忌とされたほどの災厄だというのに……実際はこんなものかしら」
「……私はそんなに強くない」
一歩下がって、私は答える。
そうだ。私は決して強くない。
「だからあの時、私は我慢できなかったんだから」
そのせいで、ジュリィに一度殺されかけて。
更には自分に手を差し伸べてくれた者まで、手にかけてしまった。
それはひとえに、私が弱かったから。
「そうね」
つまらなさそうに、ジュリィは頷く。
「私の知る限り、これまで千年禁咒をかけられた者は四人いるわ。そのうち魔王によって認められ、その咒を受けたのは、あなたを含めて三人……。けれど、その中であなたは最低の出来ね。強くもないくせに……色々なものを奪う。性質が悪いわ」
そう……なんだ。
私は知らなかったけど、私と同じ呪いをかけられたひとが他にもいるんだ。
きっとみんな、私より強いひとばかり……。
「哀れね」
言い切って。
ジュリィが間合いの一歩を踏み込む。
私はそれを避けようとして――その瞬間に見せた、ジュリィの笑みに、ハッとなる。
銃声は無かった。
けれど、確かな一撃は私を貫いていて。
「か――あっ……?」
見下ろせば、自分の胸に空いていた、小さな穴。
そこから吹き出ている、自分の血。
すぐに理解する。
誰かが、私を背後から撃ち抜いたのだと。
「油断ね」
侮蔑すら含んだ言葉。
「あなたには味方なんていない。あなたが作ってきたのは、敵だけなのよ? 殺して、殺して……」
これは銃痕。
しかもただの銃の仕業なんかじゃない。
昨日私と少し戦った、あのアトラ・ハシースの少女のものだ。
「く……っ」
私は血の流れ出す傷痕を押さえて、その場から飛び上がる。
痛くて仕方がなかったけど、止まっていてはいけないと本能が告げたからだ。
きっと昨日の少女はあの長い銃でもって、私をどこからか狙っているのだろうから。
だから止まっていてはまた撃たれてしまう。
「リーゼ・クリスト――九曜茜、か……。アトラ・ハシースの中でも指折りの腕利きよ。あなたが今までに殺してきた連中とは違うわ」
冷笑して。
ジュリィは、手負いとなった私へと迫った。
/真斗
夜になって。
昼間には全く手がかりすら得られなかったというのに、この時間になってあっさりと見つけてしまった。
まあ……あれだけ派手に動いていれば、嫌でも気づいてしまうか。
二人の戦いはすでに始まっていたが、住宅街を移動しながらで、しかも静かだったせいもあって、全くといっていいほど騒ぎにはなっていなかった。
けれど、気づくものなら気づいただろう。
俺のように。
本当ならば、俺の出る幕ではないのかもしれない。
俺には事情は分からないが、最遠寺はどうやら個人的な理由で由羅のことを追っているらしいし、茜は茜で組織の命令だときている。
最遠寺に協力を頼まれたものの、茜には迷惑そうな顔をされるし、はっきりいって俺が役に立つとは思えない。
それでも俺はあいつらの所に向かった。
あいつの意思を確認しなければ、俺自身の進路が決められない。……決まっているかもしれないことを、諦めることができないだろうから。
「邪魔することになるかもな」
かもしれないが、生憎俺は俺の意志で決めたい。
そう決めたからこそ。
俺は躊躇わずに銃口を向けた。
「――やめろ」
制止の声に。
ビルの屋上で、見たこともないような長大な銃を構えていた茜が、ゆっくりとこちらへと振り返った。
「……何のつもりだ?」
俺がいつの間にか背後まで来ていたことに少し驚いたような表情を見せた後、その顔は一気に怪訝なものになる。
そりゃそうだろう。
いきなりこうやって、銃を突きつけられれば。
「説得するならまずお前から……だと思ってさ。それで来た」
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