終ノ刻印

第41話 怨恨

終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第41話

     /由羅

 都合良くといえば、確かにそうかもしれない。
 私は目覚めてからこれまで、綺麗にそれ以前のことを忘却していた。
 あれからどのくらいたったのかは分からなかったけど、それでもきっと長い長い眠りだったのだろう。
 だって、私が覚えている世界と、今の世界とではずいぶんと違ってしまっているから。

 そこで、苦笑。
 これじゃあ同じだ。
 前回目覚めた時も、今と同じ印象を世界に対して持った。
 ずいぶん変わってしまっていて……覚えていたあの人はもういなくて。

 狂ってしまったのだ。
 何の覚悟も無く千年もの歳月を越えれば、そんなものかもしれない。

「もう……いい」

 本当ならば、ずっと忘れていた方が幸せだったのかもしれない。
 忘れていたことを、思い出させたのはあの女。

 目覚めてから初めて会った時に感じた不快感は、今では何となく納得がいく。あの女が私を見て刺々しい態度をとっていたのも、私のことを知っているのだから当然だろう。
 それにしても何てことだろう。

「まだ……生きていたなんて」

 どうやってかは知らないけど。
 ずっと、私のことを恨んでいたのだろうか。
 前回で千年。今回はあれから何年たったのかは知らないけど、その間ずっと。

「呆れるね……。私自身もそうだけど」

 つぶやいて、私は夜空を駆ける。
 ふと、思い浮かんだのはあの人間のこと。

 桐生真斗。
 私に新しい名前をつけた人間……。

 やっぱり彼はあの夜のことを忘れていて、だからこそこの数日はあんなにも楽しく感じることができた。
 でもそれももう終わり。
 彼はきっともう思い出している。
 周りにそれを促す人間がいる以上、時間の問題なのだから。
 私自身、あの女に名を呼ばれて、忘れていたことを思い出してしまったように。

 ――できるならば、もう二度と殺したくない。
 何でそう思ってしまうのかは不思議だけど、深くは考えないようにした。……だって考えれば考えるほど、泣けてきてしまうから。

 でももし今度会ってしまったら、あの時のように敵になっちゃうんだろうな。だから、会いたくない。
 ジュリィとの決着をつけたら、この町を出よう。
 あの少女に会えなかったこととか、刻印のこととか……色々と心残りはあるけど、彼をまた殺してしまうよりはいい。
 いい、はずだから。

「――こんな夜に散歩かしら」

 突然声がして、私は足を止める。
 道を隔てた屋根の向こうに佇むのは、見知った姿。

「あなたを捜してたのよ」

 正直に、私は言ってやる。

「少しだったけど、楽しかった私の生活を壊してくれたんだもの。お礼、しなくちゃ」
「楽しかった……? それをいうならば、あなたとて同じよ。わたしからお兄様を奪って、こんな所まで死ねずに追ってこさせたのは……紛れもなくあなたなのだから」

 向こうで、ジュリィは笑ったようだった。
 どこまでも棘のある笑みだったけど。

 あの人。
 ジュリィがそう呼ぶ人は、私にとっての兄になってくれた人。
 レイギルアという名前だった。

「私はあの人を殺していない」
「同じことよ。お兄様はあなたを助けるために千年禁咒を使い、その結果死んでしまったのだから」

 ジュリィから笑みが消える。
 そう……やっぱりあの人は、あの後死んでしまったんだ。
 だからこの前目覚めた時にはもういなかった……。

「あなたを助けてからの一年間……お兄様が弱って死んでいく様を、わたしは誰よりも近くで見ていたの。その時の気持ちがわかるかしら? レネスティア様ですらどうにもならなかったわ。わたしはただ、その間にあなたを憎んだ……今もなお」
「私を殺そうとしたのはあなたじゃない!」
「先に手を出したのはあなたよ」

 私はあの時とても弱くて、レイギルアの妹であるジュリィに勝てるはずもなかった。でも我慢できなくて……結局返り討ちにあったのだ。
 その後の記憶はよく覚えてはいないけど、察することはできる。
 瀕死だった私をあの人は呪いの力で千年かけて助けてくれて、その結果あの人は死んでしまった……。

「今から千三百年ほど前かしら……。あなたが目覚めた時に、わたしはあなたを殺すつもりだったわ。そのために千年間生きてきたのだから。だっていうのにあなたときたら……」
「…………っ」

 蘇る記憶に、私は顔をしかめた。
 ジュリィの言葉を信じるならば、千三百年前に私が千年ドラゴンとして目覚めた時、ジュリィと邂逅したのはほんの一瞬だったのだ。
 目覚めた私は、世界の変化と誰もがいないことに気が狂ってしまいそうになり、その当時の災厄と化していた。それを救ってくれようとした者もいて、それがレイギルアと同じ魔王で、当時のレネスティアと契約を結んでいたクリーンセスだった。

 私は不安と嬉しさで一杯だったけど、結局自分を抑えきれずに彼を殺してしまって。
 怒りを買ってしまったのだ。魔王と契約していた悪魔――レネスティアの。
 私はあの時ほどの恐怖を知らない……。

「お兄様の時は、お兄様が決めたことだからと、レネスティア様はあなたのことを怒りはしなかったわ。でもクリーンセスの時は違った。あなたを助けようとした彼を殺して、レネスティア様は今度こそあなたを許さなかったわ。あの時のレネスティア様はわたしですら恐くて……近寄ることもできなかった。おかげであなたを殺す機会を失ってしまったの」

 それはそうだろう。
 私はレネスティアに二百年近くも苦しめられて、最後には凍りづけにして封印されてしまったのだから。
 その封印は、約一年前まで続いたのだ。いったいなぜ解けたのかは分からない。

「それからまた千年以上……わたしはあなたに手出しすることができずに見続けて。いい加減に疲れたわ。あなたを殺して、わたしも終わりにしたい」

 千年――いや二千年以上か。
 私はその大半を眠っていたけど、ジュリィは違う。
 ただ私を殺したいがために、ずっと生きてきたのだろう。
 でも。

「無理よ」

 私は言ってやった。

「無理……? 何が、かしら」
「私を殺すなんてこと」

 そんなことは、たぶん無理だ。
 私は例え身体をバラバラに引き裂かれたって、死にはしない。だって実際にそうされたこともあるから。

「……そうね」

 意外にもあっさりと、ジュリィは頷いた。

「あなたを殺そうと思ったら、あなたを作り出した者以上の存在力を持った、高次の者でなければできない。どれだけ傷つけることができても、私ではとどめを刺すことができないというわけね……」

 そうだ。
 私を千年ドラゴンにしたのは、レイギルアという魔王だ。
 だから彼以上の存在でなければ、私の存在を否定することはできない。

「でも色々と試してみなければ気がすまないわ。わたしはあなたを殺すためだけに、アトラ・ハシースなんてものを作ったのに……結局使うことは無かった。あなたはわたしに、信じられないくらいの時間をかけて無駄をさせたのよ。例えあなたを殺せないとしても、これまでの間に知り得た全てのことを試すことくらいはしたいものだわ。――それで駄目でも、その時は」

 ジュリィは途中で言葉を区切り、右手に何かを出現させた。
 大きくて、長い……透けた刀身を持った、剣。
 私は息を呑んだ。

「それは……」
「見覚えがあるでしょう? ずっとあなたを封じていた、氷涙の剣アルレシアル。どうしても駄目だとわかったら、これでまた封印してあげるわ。それで、殺したことにしてあげる」
「…………」

 あれは、ずっと私の胸に突き刺さっていて、私を封印していたもの。これを誰かが抜いたからこそ、私は目覚めることができたのだ。
 そしてあれは、悪魔が私を傷つけるためだけに作り上げたものだ。私にとっての猛毒。こんな身体にも、充分通用するもの。

「……誰かを憎み続けるだなんて、一途で愚かなことは……本当に、疲れるわ」

 そう言って。
 私へと襲い掛かった。


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