終ノ刻印

第38話 協力か、それとも

終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第38話

     ◇

 事務所に戻り、無言で椅子に座る俺と茜へと、最遠寺がお茶を入れて運んでくる。

「どうぞ」
「……ああ」

 飲む気にはなれなかったが、それでも適当に頷いておく。
 茜は茜で多少困惑した様子で、自分の分を受け取っていた。
 あいつにしても、今回のことの全ては分かっていないのだろう。もちろん俺に至っては少しも理解していない。
 全てわかっているのは、最遠寺だ。

「説明……してくれるんだろうな」
「ええ」
「本当に、あいつがそうなのか」
「そうよ」

 あっさりと頷く最遠寺。

「……そのことに関しては、間違いない」

 茜も、同様に頷いてみせる。

「あれはもともとアトラ・ハシースに封印されていた、過去の化け物らしい。それが一年以上前に、突然その封印が解かれてしまったんだ。封印されていた本人は逃亡し、私たちはそれを追った。結果は少し話したと思うが、こちらが犠牲を出すばかりで、なかなかその消息を掴めはしなかった。現在では私がその追跡の責任者であり、発見後の裁定内容は抹殺だ」
「過去の……化け物?」
「うん……詳しくは知らないけど、そう聞いている。でもたぶん、あれが何であるのかアトラ・ハシースでもよくわかっていないんじゃないかと思う」
「あれはドラゴンよ。千年ドラゴン……あるいは魔王の遺産スセシオンとも呼ばれている代物」
「……何だって?」

 驚いたのは、俺ではなく茜だった。
 俺には何のことか、分からない。

「ドラゴンとしてあれが目覚めたのは、今から千三百年ほど前のこと。伝説にもなっているでしょう? あれが、その起源」
「待てよ。何のことなんだ? 俺にはさっぱり……」
「千年ドラゴンというのは、魔王のみが生み出せるという存在のことだ。伝説では一生に一度だけ、魔王はその卵を作ることができるらしい。誰か魔性のものをベースにして、一旦卵にまで還元し、そのまま千年を経ると目覚めるとか。とても強力で凶暴な存在だって聞いている。……もっとも、アトラ・ハシースに正式な記録は残っていない。あくまで口伝であって、本当かどうかもわからない話だ」
「それがあいつだって――言うのか」
「それは私にもわからない」

 俺と茜は、同時に最遠寺を見た。

「なぜ……お前はそんなことを知っているんだ?」

 不思議そうに聞く茜。
 茜の言う通りなら、どうしてアトラ・ハシースでもない最遠寺がそんなに詳しく由羅のことを知っているのか。

「多少、事情に詳しいだけよ。そんなことよりも重要なのは、桐生くん、あなたのことの方。まだ思い出せない?」

 ……俺があいつに殺されていて、しかもあいつに刻印咒を刻んだってことか。

「思い出せないな。だからまだ信じられない」

 しかしあいつは全く否定しなかった。
 本当に俺が忘れているだけならば、辻褄が合ってしまう。

「真斗、聞きたい。もしかして、お前が今日の朝に私に会わそうとしていたのは……」
「ああそうだよ。さっきのあいつだ」

 茜へと、俺は頷く。

「あいつを何とかしてやるつもりだった。だっていうのに――くそ!」
「謝るわ。桐生くん」

 不意に、最遠寺がそんなことを言った。

「……何がだ?」
「わたしはあなたが記憶を失っているとは思わなかった。でも失ってしまっていて、それでもしばらくすれば戻るだろうと思っていたわ。やはり自然に思い出すのが一番、あなた自身が納得できるから。だからわたしはあえて何も言わなかった。でもその間に……」
 俺は由羅と再び会って、そしてあんな約束までしてしまったというわけか。
 何とかしてやる、なんて。

「こんなことで桐生くんが悩むのなら、少しでも早く真実を告げれば良かったと思う。それをしなかったことを、謝っているの」
「……いいさ、そんなことは」

 一番の問題は、俺が覚えていないことだ。
 くそ……!

「それでこれからどうするつもりなんだ」

 尋ねたのは、茜。

「私の目的ははっきりしている。あれを、抹殺すること。今日少しやりあってみたけど、思っていた以上に、強い。協力があると嬉しい」
「わたしは構わないわ。わたしはわたしで……あれに恨みがあるの。殺すことができるのなら、アトラ・ハシースでも腕利きのあなたの協力は嬉しいわ。九曜さん」

 あっさりと、二人は協力体制をとってしまう。
 問題は俺か。

「最遠寺……俺を助けたって言ってたよな? どうしてだ?」

 聞いた話では、少なくとも俺は瀕死の重傷だったはず。それをたった一晩で蘇生させたという事実は驚きだが、それ以上になぜ助けたのか。

「助かるかもしれない人を、助けてはいけないのかしら」
「ああ……そうだな。すまない……馬鹿なことを聞いた」

 最遠寺の言う通りだ。
 人が人を助ける理由など、決して大したことではない。

「いえ、いいのよ。あの女にあれほどの刻印を刻んだあなただもの。それを見ていて、打算が無かったといえば嘘になるわ。それに一部始終を見ていて、本当は助けるつもりは無かった。わたしは様子を見ていただけだから。でもあなたに思わぬ反撃を受けて、あれは動揺して――その場から逃げ出してしまったわ。いつもなら、死体であろうとバラバラにしていたのに。だから助けられたの」

 そういえば、と思い出す。
 三日前を最後にして、ここのところ殺人は起こってはいない。その三日前の殺人も、連日のものに比べて、死体の損傷は激しくなかった。している余裕が無かった……ということか。

「わたしはあなたが回復したら、協力してもらうつもりだったの。あの女を狩ることに」

 ぞっとするような冷たい声で、最遠寺は言う。
 協力……か。

「できないな……きっと」

 まだ実感が湧かない。
 何より俺はあいつのことを知ってしまった。二人が言うような悪いところではないものを。

「そのようね」

 あっさりと、最遠寺は頷いた。

「けれど記憶さえ戻ればきっと協力してくれる。あなたが自分に受けた仕打ちを思い出せば、憎むことさえ簡単でしょうね。でなければ……あんな刻印を、刻んだりはしないわ」
「……かもしれないな」

 あんな呪いを、誰かに刻むなど。
 俺はそんなことは一生無いと思って、疑っていなかった。
 だっていうのに、もし全てが真実ならば……。

「桐生くん。できればあなたには、協力して欲しい」
「私は反対だ」

 今まで黙って聞いていた茜が、口を挟む。

「感情的な理由以前に、私は元々真斗が関わることには反対だった。しかも相手は千年ドラゴンなんていう化け物なんだ。私たちだってどうなるか、わかりはしないんだぞ」

 そう……か。
 もしあいつを殺そうとこの二人が動けば、当然あいつも反撃する。
 その結果、どちらかが死んでしまう可能性が、充分にあるってわけか。

「くそ……冗談じゃねえ……」

 本当に冗談じゃない。
 何でいきなり……こんな展開になるんだよ。

「お前ら……どうしてもあいつを殺さなきゃいけないのか?」
「真斗。この一連の殺人は紛れも無くあれなんだ。例えアトラ・ハシースの者が犠牲になったのが正当防衛だったとしても、ここで起きた殺人は、何の意味も無い快楽殺人だ。それを見逃せと、そう言うのか?」
「だけどあいつは……っ」

 そんな奴じゃ、ない……。
 少なくとも俺はそう思っている。
 でも失っているかもしれない記憶のせいで、断言することはできなかった。

「仕方ないわ……九曜さんの言う通り、危険なことには違いないから。強制はしない。けれど、その気になったら協力くれると嬉しいわ。ただ……あまり時間はないようだけど」
「時間がない……?」
「ええ。あれは、わたしの宣戦布告を受け入れた……わたしが動かずとも、向こうから来るわ。そうね……恐らく、明日の夜には決着がつく」

 考える時間は一日……ということか。

「思い出して……みるさ。それから決める」

 俺はその時、ただそうとだけ、答えた。


 次の話 >>
第39話 記憶を求めて①終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第39話      /真斗  今日はとうとう目覚ましが鳴らなくなった。  針はし...

 目次に戻る >>
終ノ刻印【Thousand Testament Ⅹ】 『終ノ刻印』とはたれたれをによる小説作品。  『Thousand Testament』シリーズの一つ。エピソードⅩに当たる。 ...