終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第36話
/茜
反撃。
それは突然だった。
私が何発目かを撃ち込んだ時、狙いが逸れて、巻き上がった瓦礫があいつの姿を一瞬隠した。
その僅かな間に、そいつはこちらに背ではなく正面を向けていて。
一気に飛び掛ってきたのだ。
一瞬にして消える、十数メートルの距離。
私は思うより先に、真横に跳んだ。
ズガッ!
そいつの細腕が、地面を叩き割り、砕いた音。
地に這って、こちらを見据えるそいつの瞳は――捕食獣の、それだ。
私はあいつを狩るためにここにいる。
けれどあいつも、私を狩る気でいる。
そういう目だ。
「く……っ」
私はとにかく動いた。
あいつの身体は全て凶器だ。
捕まれば、絶対に逃れられない。その場でバラバラにされてしまう。
立場が逆転する。
今度は私があいつに追われた。
背後から狙撃されることは無いとはいえ――その分相手の身体能力はまともではない。
私が日常自分にかけている身体強化の咒を、別のものに差し替える。いつものままでは、とてもじゃないがあいつの動きに対応できない。
それでも。
そいつはすでに私のすぐ背後へと迫っていた。
「――はあっ!」
私は振り返ると、銃でもって振り払う。
そいつがいくらか後ろに下がったところで、発砲。
しかし精神制御が甘かったのか、大した威力にはならず、それを見切ったそいつに片手で簡単にその一撃を払われてしまう。
……大した相手だ。
私は焦燥感にじわじわと支配されながら、相手を見据えてその場に踏みとどまる。
……今ほど振り払った一撃のせいで、少女が右にしている手袋が少し破れ、血が滲んではいたが、まるで気にした様子もない。
ただこちらをどう殺すか、それだけを考えているようだった。
こちらとて、まだ対応の手段は残されている。負けたとは思っていない。
ただ少女が動かなくなったことで、こちらも迂闊に動けなくなってしまっただけだ。
少なくとも今、下手に背を見せるわけにはいかない。
数秒か、数十秒か。
それだけたって、なぜか少女は視線を逸らした。
殺気は消えはしなかったが、薄らいで。
「……やっぱり、殺したくない」
突然、そんなことを言う。
「なに……?」
「別にあなたのためじゃないもの。私のため」
私はただ眉をひそめて、その少女を見返した。
思ってもみなかった、言葉。
「なるべく……真斗には疑われたくないから……」
「――?」
耳に届いた知った名を、私が聞きとがめたその時。
「氷結の刃!」
突如として響いた、咒。
私とそいつが同時に見上げた瞬間、氷の刃がまさしく雨のように、降り注いだ。
/真斗
信じられないくらい、最遠寺は速かった。
咒法には、自分の身体能力を一時的に高めたり、また恒常的に高くしておくことのできるものがあるらしい。
しかしそんなものを自分にかけているような咒法士など、限られている。よほど咒法の知識に精通し、また戦いというものを日常に位置付けている連中。
俺は何とか後を追いながらも、どうやら最遠寺が誰かの後を追いかけているらしいことに気づく。
俺にも何度か見えたからだ。
夜空を舞う、二つの人影が。
そいつらが地面に降り立ったその場所へと、迷わず駆けていく最遠寺。
そして。
「荒ぶ風、北より抜けて、氷結の雨たらん。凍てつき穿つ、極淵の風――」
俺の言葉などまったく聞かず、立ち止まっていたその人影へと向けて、それこそ問答無用で咒法を叩きつけた。
最遠寺が使ったのは、俺の知らない咒法。
九曜家で習ったものと似ていたが、少し違う。
最遠寺は見事といえるほどの精密さで咒を組み立てると、まだこちらに気づいていない相手にへと、咒法を放つ。
現れたのは、幾数もの氷の刃だった。
「――――!」
狙われたその人影は、突然のことに驚きながらも、何とかしてその場を飛び退く。
しかしその完全な不意打ちに、いくらかの刃を身に受け、鮮血を舞わせて顔を苦痛にしかめた。
「なに――あなた!?」
裂傷したところを押さえて、こちらを見たそいつは、最遠寺を見て驚愕の表情を浮かべる。
そして後からきた俺を見て――
は……?
一瞬、俺の思考が停止する。
そこにいたのは――
「由羅!?」
「真斗……? うそ、なんで―――」
あいつも呆然としたように、こちらを見返している。
そしてそのすぐ近くには、物々しい銃を構えた、茜の姿。
「真斗――どうしてここに」
茜も驚いたように、こちらを見返している。
ただ一人冷静なのは、口元に微かな笑みさえ浮かべて眺めている、最遠寺。
俺は状況が理解できず、全員の顔を見回す。
誰もが、俺の知っているやつだ。
最遠寺が追っていた二人は由羅と茜で、二人のうち由羅に向けて、最遠寺が攻撃を仕掛けた――俺にはそう見えた。何の確認も無く、だ。
それに第一、由羅と茜は何をしていたのか。
「真斗……」
「動くな!」
最初に動こうとした由羅を、茜が銃口を向けて制止する。
最遠寺もまた、俺と由羅を遮るように、ちょうど間へと移動した。そして口を開く。
「……さすがね。こんなに早く、犯人を見つけてしまうなんて」
な……?
「待て――どういうことだ?」
俺はなるべく冷静になろうと努めながら、低く問いただす。
「真斗。こいつがそうだ。私が追っていた異端――そしてここ最近、事件を起こしていた犯人。お前が追っていたやつだろう」
答えたのは茜。
「待てよ……何の冗談なんだ。俺はそいつのことを知っている。由羅っていうやつで……最遠寺、お前だって知らないわけが」
そこで息を呑む。
最遠寺は何の容赦も無く、由羅を攻撃した。
まさか。
「そうよ、桐生くん。わたしは初めから、その女が異端であり、一連の犯人だということは知っていたの」
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