終ノ刻印

第34話 異端裁定者

終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第34話

     /由羅

 深夜。
 私は久しぶりに外に出た。

 今日真斗と会って、それだけなのに楽しくて。――ううん、安心できて。
 だいぶん気持ちがすっきりしたから、最近見ることができていなかった夜空でも眺めようと、外へと出ることにしたのだ。

 人気が無く、明かりも無い場所へと、民家の屋根を飛び越えながら私は風を切って進んでいく。
 ずいぶん寒くなった風だけど、今夜は心地良かった。

 今夜外に出たのは、別に今までやっていたようなことをするためなんかじゃない。真斗と会ってからそういう欲求はなぜか消えてしまったし、やらない方が彼と一緒にいるためにはいいって分かっているから、もう多分することはないだろう。

 散歩。
 今はそれだけのために、外にいる。
 いい場所を見つけて、私は立ち止まる。
 比較的高い建物の、屋上。人気も無く、静かで、夜空を見上げるには最適の場所だった。

 探せばもっといい場所があるのかもしれないけど、とりあえず今はここで満足。
 私はただぼうっと、夜空を見上げ続ける。

 どれくらいその場にいただろうか。
 私は気配を感じて、振り返った。

 いつのまにか私のずっと後ろ――屋上の隅にいたのは、一人の少女。知らない顔。
 長い鉄の塊のような物を片手に、こちらを見据えている。
 あまり、友好的とはいえない雰囲気のような気がした。

「……誰?」

 私は首を傾げて、そう聞いた。

     /茜

 事務所に向かう途中だった。
 偶然といえば偶然。
 ほとんどの者が寝静まった時間帯ということもあって、すでに静寂がかなりを支配している。
 けれど、だからこそ分かり易い。
 そんな動かない闇の中を、動くものというのは。

「…………」

 私は目を細める。
 何かが、ずっと遠くで動いた。
 私はそれを、人だと瞬時に判断する。
 軽々と、普通の人間には無い跳躍力でもって、屋根の上を跳んでいく何者か。
 明らかに不審な行動。
 私はそっと、その後を追うことにした。

 相手はとあるビルの屋上に留まったまま、ずっと空を見上げて動かなくなった。
 私は気配を殺してその屋上まで近づき、その後ろ姿を見続ける。
 相手は、女。
 長くて淡い髪が、闇の中ですら存在感を主張している。風に時折なびき、後姿ですら美しいと感じた。

 けれど、この相手は。
 私は知っている。私がずっと追ってきている異端種のことを。
 自分の目で見たことはない。だがその外見を見知っている者はいるのだ。
 私の追っている異端種は野に元々潜んでいた者ではなく、アトラ・ハシースによって第一級の封印を受けていた者だから。

 それが一年以上前に封印が解かれ、その中にいた者は逃走した……。
 その後を追った者は、今のところ誰一人として戻ってきてはいない。

 私は今夜のために持ってきていた武器を、知らず力強く握り締めてしまう。
 私の身長ほどもある、黒い鉄の塊。真斗が使っている拳銃とは比べ物にならない大きさと、威力を持つ銃身。
 私のそんな僅かな気配に気づいたのか、ようやくその少女はこちらを振り返る。

「……誰?」

 ほんの少し表情に警戒を滲ませて、怪訝そうにそれは口を開いた。

「私こそ聞きたい」

 自分でも声が硬いなと思いながらも、私はそれに答える。

「……何を?」
「お前のことだ。我々アトラ・ハシースが追っている異端――ユラスティーグ・レディストア。違うか?」

 その私の言葉に。
 間違い無く、少女の顔が変わった。

「ユラスティーグ……それが、私の名前なの……?」
「誤魔化すな。ここ最近この町で起こった殺人事件――そしてこの国に来る前にも、同様の事件を起こしているはずだ。お前からは、血の臭いがする」
「アトラ・ハシース……ここまで追ってきたの」

 低くなる、声。
 間違い無い。
 これが……私がずっと追ってきた相手。

 その容姿は、断片的にとはいえ私が報告を受けている通りであるし、何よりただの人間に――こんな、言いようの無いプレッシャーを感じたりはしない。

「そう。そういえば……あなたからも同じような印象を受ける。今まで私を追ってきた連中と、同じ」
「お前が殺したのか」
「……だって、私のことをしつこく追いかけるんだもの。殺そうとするんだもの。私だってわけも分からず死にたくない。最初は逃げることしかできなかったけれど、私は強いって教えてくれた人がいたから」

 教えてくれた人……?
 つまり協力者がいるということだろうか。

「あなただって、殺すよ? 今はなるべくそんなことをしたくないんだけど……でも、今の生活を邪魔されるのだけは、許さない。絶対に」

 じわり、と滲み出てくる殺気。
 ――強い。
 ただ向かい合っているだけで分かる、相手の強さ。
 本当にこいつは、ただの異端種なんかじゃない。
 でも退くわけにはいかない。
 私はアトラ・ハシースの異端裁定者。
 この女の抹殺が、その使命なのだから。

「――お前を追跡中の異端であると、認めた。よって、裁定権限によって強制排除する」

 一方的にそう告げて。
 私は、手にしている黒銃――死裁の銃身ゼオラルーンを、その異端へと向けた。

     /真斗

「早いな」

 深夜になり、俺は二人との待ち合わせ場所である事務所へと来ていた。
 来てみると、最遠寺はもう来ていて俺を待っていたというわけだ。

「ここでの仕事は初めてだというのに、わたしが遅れるわけにはいかないわ」
「十分間に合ってるって」

 俺は時計を見て言う。
 時間は二時半。
 実際の待ち合わせの時刻は三時だ。
 茜はまだ来ていない。
 と、最遠寺が口を開いた。

「……一つ、聞いていいかしら」
「ん? なんだ?」
「どうして桐生くんは、あれと仲良くしていられるんだろう……そう、思っていたわ」
「……何なんだ? いきなり」

 あれ、というのは恐らく……由羅のことだろう。

「別に……。ただ、せっかく助けてあげたのに、これじゃあまるで意味がないと思って、ね」

 わけの分からないことを言うと、最遠寺はそっと腕を伸ばし――指を俺の胸へと突きつけてくる。

「痛まなかったかしら。ここ」

 指されているのは、心臓のある場所。

「一昨日のこと、思い出してみて。朝目が覚めて、何か変だとは思わなかった?」

 一昨日……?
 そういえば目覚めた瞬間、胸が妙な激痛に襲われた。その後もずっと、身体の調子がおかしくて……。

「確かに何か体調がおかしかったけど……次の日になったら治ったからな。あんまり気にしてなかったけど……」
「ではその前の日のことは?」
「前の日って」

 その前の日といえば、今回の仕事を所長から受けた日のことだ。
 今みたいに初めて夜の見回りに出て……。

「特に何もなかったと思うけど……いったい何なんだ?」

 少々おかしな最遠寺の様子に、さすがに俺も不信感をあらわにした。
 そんな俺に、最遠寺は、

「あなたはその日のことを忘れているわ。理由はわからないでもないけど、忘れることができたかからこそ、あんな女と仲良くしていられる。――早く、思い出して」

 ただそうとだけ、言った。


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