終ノ刻印

第33話 朗報となるならば

終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第33話

     ◇

 今朝あいつは俺のマンションまで来てたのだが、最遠寺と喧嘩……のようなものをして、飛び出して行ってしまった。
 自分の家に戻ってるかと思い、とりあえずこの前由羅を送ってやったマンションまでやって来たのだが、肝心なことを知らないでいることに気づいて、俺は頭を抱えていたのだった。

「むう……しまったな」
「……どうしたんだ?」

 単車の後ろに乗って茜が、地面に降りてから首を傾げて聞いてくる。

「それがさあ」

 俺はエンジンを切ると、メットを外して頭を掻いた。

「そいつ、ここに住んでるのは間違いないんだけど、どの部屋に住んでるか知らないんだよ。何かうっかりしてたけど」
「つまり、部屋の番号がわからないってことか?」
「そういうこった。……まいったな」

 どう見てもこのマンション、五十部屋以上あるだろう。一軒一軒尋ねて行くという方法もあるが、あまりやりたくない。

「電話番号とかも、知らないのか」
「生憎な。会ったばかりでその辺りに関してはちっとも聞いてない。でもあの様子だと……持ってなさそうだけどな」

 俺がそう答えると、隣で溜息をつく茜。
 なんだよ。悪かったな。

「……全部回ってみてもいいが、もしかするといないという可能性もあるからな。それにそんな時間こそ無駄だ。私は私の仕事に戻るから、そっちはそっちで連絡がついたら知らせて欲しい。それでいいか?」
「……ああ。仕方無いな。って、でも今度はお前にどうやって連絡とればいいんだよ?」

 聞かれて、茜はしばし考え込む。

「そうだな……連絡手段が無いか。私も携帯電話は持っていないし……」

 こいつもかい。

「じゃあどうするんだ?」
「今日の夜、事務所に集合するだろう? 真斗はそれまでにその相手に連絡をつけておいてくれ。明日の朝にでもお互いに会えるように」
「……そうするしかねえか」

 一日伸びてしまうが、仕方無い。
 まあ茜に会えたということだけでも、僥倖だったと思っておくことにするか。

「悪かったな。手間取らせて」
「別に……」

 ぶっきらぼうに答える茜だが、俺の不手際に怒ってはいないらしい。
 さて……こっちの方はともかく、夜の仕事の方で足手まといにならなきゃいいんだけどな、俺。

     ◇

 とりあえず由羅に連絡をつけなければならない。
 まずはそれが第一と考えた俺は、茜をあいつが送って欲しいといった場所に連れていってやった後、またあいつのマンションへと戻った。
 面倒臭かったが仕方無いので、一軒一軒尋ねて回ることにした。運が良ければあっさりとぶち当たるかもしれないし。

 ただワンルームマンションということもあって、平日のこの時間に在宅している者はほとんどおらず、出てきた住人の中に由羅の姿は無かった。
 完全な空振りである。

「くそ……あいつ本当にあそこに住んでるんだろーな……」

 ぼやきながら、俺は味噌汁を喉に流し込む。
 大学の学食。
 今日は二時間目の授業をすっぽかしてしまったので、とりあえず午後の分だけでもと思い、やって来たのである。

 昼休み時間は終わり、すでに三時間目の授業が始まっているが、学食内はまだ人が多い。
 それでもずいぶんマシにはなってきてるけど。

 腹ごしらえをしながら、さてどーしたもんかなと考えた。
 何としても、夜までにあいつと連絡をつける必要がある。でないと、せっかく茜に取り付けた協力がどんどん先延ばしになってしまう。
 それはたぶん、あいつにとっても良くないはず。

「……ったく」

 思わず毒づいたところで。
 誰かが俺の隣の席に座ってきた。

「…………?」

 珍しいことである。
 人は多いとはいえ、席はまだ他にも空いているというのに……。

「って、お前!?」

 びっくりして、俺はそいつの顔を見た。
 隣に座ってきたのは、どこかばつの悪そうな顔した由羅だ。

「えっと、隣いい……?」

 もう座っていて、いいもくそもないと思うんだが……まあ、いい。

「ああ」

 頷くと、由羅はおじおじとこちらを見た。
 何ていうか、らしくない表情。

「……朝。勝手に飛び出しちゃって……怒ってる?」
「いや、別に」
「……ほんとに?」

 最遠寺と一悶着して出て行ってしまったことを、こいつなりに後悔しているようだった。

「ほんとだよ」

 俺が答えると、とたんに顔を明るくさせる由羅。

「よかった……」

 ほっとしたように、由羅は笑顔を見せる。

「別にそんなに喜ぶよーなことでもないだろ?」
「え、だって……。何だか真斗に悪いことしたような気がして……」
「俺はいいけどさ。問題なのは最遠寺とお前との仲、だろ?」

 そう言うと、途端に由羅の表情が硬くなった。

「……あの女の話は聞きたくない」
「だとしても、このままだとちょっと俺が困る。これから会う度に、あんな風に言い合いされたんじゃな」
「二度と会わないもの」
「そうはいくか」

 何となくだが、そんな気がする。

「朝も言ってたけどな。あいつはお前が人間じゃないってこと、知ってるんだぜ。しかもあいつは、そういうのを相手にするのが仕事なんだ」

 バイトの俺なんかより、異端種にとってはよっぽど天敵なのだ。

「じゃあ返り討ちにしてやるもの」

 ぞわりとした殺気が、その時由羅から溢れた。
 俺は思わず見返す。
 今までこいつから感じたことのなかった、雰囲気。
 こいつ……。

「な、なに?」

 俺に見つめられて戸惑ったのか、由羅はいつもの調子に戻ってこちらを見てくる。
 今ほど感じた雰囲気は、微塵も無くなっていた。

「……何でもねえよ」
「……そう?」

 探るように、見つめられる。

「ああ」

 頷いて、俺は視線を逸らした。
 ……勘違い、だったのかもしれない。
 とりあえず今は、そう思うことにした。

「それよかお前、一つ朗報があるぞ」

 話題を変えて、俺は言う。

「え、なに? 朗報って」
「いい話、ってことだよ。お前のこれ、なんだけど、俺なんかよりずっといい専門家が見つかってさ」

 俺は自分の左手の甲を軽く叩きながら、そう言う。

「え……治せる、ってこと……?」

 ぱあ、と明るくなる由羅の表情。

「それはわからない。けど希望はあるかもな」

 所長の話では、ここにはあいつの姉も住んでいるらしい。最悪茜が駄目でも、姉の方を捜し出して何とか頼る方法もある。面識も無く、茜は嫌な顔をするだろうが、かといって形振り構っていられないのも事実だ。
 それでも駄目だった時のことは――考えないでおこう。

「そういうわけだ。あっちにも予定があるから今日は無理だけど、明日は会えるようにしたいから、朝になったら俺の家に来い。いいな?」
「う、うん。その、ありがとう」
「礼はまだ早いぜ。お前に刻まれているのがどんなものなのか、見てもらわねえと話にならないから。治るかどうかはその後だ」
「大丈夫、きっと。そんな気がするから」

 にっこり笑ってそう言う由羅。
 どこからそんな自信が出てくるのかは知らないが、元気なのはいいことだ。落ち込まれているよりずっと。

「つうわけだ。俺は飯食ったら授業だから、お前は帰っとけ」

 適当に手を振ってそう言うと、なぜだか首を横に振る由羅。
 ぶるんぶるんと長い髪が左右に揺れる。

「私も行くの」

 おいおい。

「行くって、授業にか?」
「駄目なの……?」
「別に駄目じゃねえけど」

 大学の授業など、部外者が入ったところで気づかれるものではない。特に由羅くらいの歳ならば、違和感など無いだろう。
 もっともこいつ、顔立ちが良すぎて、けっこう目立ってたりはするんだが。

「いいけど……。騒ぎは起こすなよ?」
「うん。そんなヘマしないから」

 まあよほどの馬鹿をしない限り、教室から追い出されるなんてことは無いだろうけど。
 ともあれ由羅は、何やらとても嬉しそうについてくるのであった。


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