終ノ刻印

第26話 遭遇

終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第26話

     /茜

「―――間違いない」

 眼下に町を見下ろしながら、私は低くつぶやいた。
 この町はとても明るい。とっくに深夜を回っているというのに。
 もっとも全てがといわけでもない。一部の繁華街に光が集っているだけで、人も寝静まってかなりたつこの時間では、闇に沈んだ場所の方が圧倒的に多いのだから。

 風が吹く。
 身に染みる寒さを運ぶ風に、血の香は無い。が、それでも――残滓は残っている。
 この町で、何かがあった証拠。
 実際、ニュースでも取り上げられていること。
 恐らく、このどこかに潜んでいるのだろう。

「でも……まさかこんな所にいるなんて」

 私にとって、この町は初めてではない。知り合いが住んでいて、何度か……会いにきたことがある。
 一度私が向こうにいる時に押しかけられて、重々に懲りたから、なるべく定期的に訪れるようにしていたのだ。

 だが今回は、別の目的をもってここに来ている。ある者を追って。
 一応、仕事だ。
 ここに住んでいる知り合いに頼めば、恐らく二つ返事で手伝ってくれるだろう。どうしてかは知らないけれど、私は彼女に気に入られてしまっているから。

 だけど、厄介なのも周りにいるのだ。
 顔を合わす度に文句ばっかり言う女とか……あの人とか。

 好きとか嫌いではなくて、何となく苦手……というのが正直なところである。
 できれば顔を合わさずにすみたいというのが、私の本音かもしれない。
 まあどうなるか分からないが。

「――――」

 私は闇の中に動く人影を捉えて、目を細めた。
 少し遠くて分からないが、多分、普通の人間。
 でも――

「…………」

 思い至った可能性に突き動かされるように。
 私は足場にしていたビルの屋上から飛び降りた。

     /由羅

「…………」

 電気もついていない部屋で私は一人、小さく包まっていた。
 深夜はとっくに過ぎていて。
 少し前だったら、愉悦を求めて町を彷徨っていた時間帯だ。

 でも今日は、そんな気はまったく起こらなかった。
 頭に浮かんでいたのは、今日一日のことだ。

 けっこう――楽しかった。
 色んな場所に連れていってもらったり、逆に連れ回したり。
 自分一人ではどうしても手に入れられないものだ。最近まで夜を徘徊して愉しんでいたこととは、明らかに違うもの。
 自分に呪いがかけられていることも忘れるくらい、今日一日は充実していたような気がする。

 でも、不安もあった。
 真斗と一緒にいた女。
 初めて会ったのだとは思うのだけど、なぜか不愉快だった。今まで人間を見て感じていた支配感とは、全然違う類の気持ち。

 ……誰だったのだろうか。
 あの女もあの女で、まるでこちらの全てを見透かしているような感じだった。
 私が毎夜出歩いて、人を殺していたこと。
 真斗を殺しているかもしれないということ。

 それに、私でも思い出せない、目覚める前のことまで全て知っているような気がした。
 ……ひどく、嫌だった。

『まったく誰かしら。そんなことするのは……ね?』

 本当はもっと真斗といたかったのだけど、あの女にそう言われて、急に不安になって逃げ出してしまった。
 気づいたら、彼の前から離れてしまっていたというべきかもしれない。

 不安。
 あの女はきっと、私が今手に入れた生活を、壊してしまいそうな気がする。
 殺してしまった方がいいのかもしれない。

 私の中のどこかで、そんな声がした。

「違う……駄目」

 私はぶるんぶるんと頭を振った。
 人間を殺すことに、大して抵抗は無い。
 そもそも私を追って、殺そうとしてきたのは人間の方だ。それが大して強くもない連中だと分かって、立場は逆になってしまったけれど。

 でも、駄目な気がする。
 真斗は、悪いことをする人間以外のものにとっての敵対者だ。あの日、私と彼が出会ったのは、真斗がここ数日この町で人を殺していた私のことを察知して、捜していたからだろう。

 偶然ではないのだ。
 今また誰かを殺せば、私は本当に彼に敵とされてしまう。
 狩られることが恐いわけではない。

 だって、私の方がずっと強いのは間違いないから。あの日のように、簡単に返り討ちにできるだろう。
 私が恐いのは、真斗が私と一緒にいてくれなくなること。
 敵としてでしか、私を認識してくれなくなること。

 そんなのは嫌。
 彼とは最悪の出会いだったけれど、どんな運命のいたずらか、今こんな結果になっている現状を、覆されたくはなかった。
 我侭、というもの分かってる。
 でも……それでも。

 思えば思うほど、不安になってしまう。
 私はぎゅっと、自分自身を抱き締め続けた。

     /真斗

 深夜を過ぎて、俺は夜の町を歩いていた。
 場所は、ここ数日殺人の起こった現場近く。
 殺人犯――しかも人間ではないだろうと思われる相手を捜すというのは、なかなか鬱になる仕事内容だ。

 ニュースを見た限り、昨日は殺人事件は起こってはいない。
 だいぶん騒ぎが大きくなったこともあって、相手も形を潜めた可能性もあるが、それでもまだ一日だ。もし一昨日の事件と今までのものに関連性が無かったとしても、二日。
 まだまだ同様の事件が起こる可能性はある。

「…………」

 人の気配。
 そんなものを感じて、俺は立ち止まった。
 単なる通りすがりとは違う、明らかにこちらに向けられた意識を、背中に受ける。
 俺の知覚能力なんぞ大したことはないが、それでも色々と訓練した身だ。常人よりは在る程度勘が良くなっている。

 振り向くべきかどうか、俺は悩んだ。
 相手の気配も止まっている。
 相手が何者であるかは分からないが、少なくとも背後を取られてしまっているのだ。ただ、距離はかなりあるだろうが。
 このまま立ち止まっていても埒が明かない。
 俺は振り返って――目を細めた。

「いない……?」

 違う。
 近くにいないだけだ。
 ずっと向こう――遠い民家の屋根の上に、シルエットが見えた。
 人間の、姿。

 思った以上の距離があって、正直顔はおろか、男か女かすら分からない。
 しかしそれでも感じた視線。明らかに、意図的な投げかけられた気配。俺に、気づかせるために。

 一気に俺は警戒を強めた。
 懐に忍ばせてある銃の感覚を、そっと確かめる。
 と、不意に人影が身を翻す。
 俺のいる方向とは反対に向かって。

 しばらくの間、俺は追うべきかどうか悩んだ。
 が、結局やめる。
 危険かどうかは分からないが、無茶なことはするべきではないだろう。

 そう決めて。
 俺はその場所を後にした。


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