終ノ刻印

第24話 賽銭

終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第24話

     ◇

「うわあ……本当に人がいっぱい」

 細い道に延々と列になって歩く人を見ながら、驚いたように由羅は言う。
 まあ予想はしていたが……なかなか大したもんである。
 行楽シーズンのせいか、紅葉を目的にやってくる観光客の多いこと多いこと。しかもこの辺りの道は狭く、さらにその道にタクシーを始めとする乗用車が、のろのろと動きながら列を作っている始末だ。

「こんなにも……人が来るものなのね」

 隣で、少し感心したように最遠寺がつぶやく。
 本当に、いったいどこからこんなにも人が湧いてくるのやら……。

「でも確かに……これだけ人が来るだけあって、綺麗な紅葉ね」
「まあそうだな」

 俺は最遠寺に頷いてやる。
 ……いい加減、腕を離して欲しいものだが。

「ねえ真斗」
「ん?」
「あれ、みんな何しているの?」

 境内に入ってから、由羅は向こうの方を指して聞いてくる。
 石の階段を上がったところにある建物の前で、みんなが何やらやっているのを不思議に思ったのだろう。

「賽銭投げて、お祈りしてるんだろ」
「お祈り?」

 小首を傾げる由羅。
 ……こいつと話しているとよく思うのは、あまり日本のことを知らないような印象を受ける。確かに容貌は日本人っぽくはない。髪も、染めたとは思えないくらい綺麗な淡さだし。
 そういや名前だって由羅っていうのが本当の名前なのか、怪しいもんだけどな。

「あの箱が見えるだろ? あそこにお金を入れて、何かお願いするんだよ」
「誰にお願いするの?」
「誰って……神様……いや、ここの場合は仏様か」

 無神論者にとっては、神も仏も大した差は無いものだ。とりあえず誰にでも祈っておく。

「わたしたちもやりましょうか?」

 最遠寺が、俺を引っ張るようにして促した。
 そうだな……ご利益はあまり期待できそうにないけど、せっかくここまで来たんだから祈っておいて損はないか。

「ちょっと、置いてかないでよ」

 誰も置いてきゃしないって。

「…………」

 小銭を放り込んで、手を合わせている最遠寺を見て、由羅は何やら微妙な表情になる。

「どーした?」

 気になって聞くと、

「お金、持ってない……」

 なんて、少し悔しそうに言う。

「一円もか?」
「うん……持ってない」

 おいおい。
 もしかしてこいつ、無一文なのか?

 ちなみにバス代は俺がまとめて一日乗車券を購入したから、三人分を立て替えてある。後で回収するつもりだったのだが……。
 単に財布を忘れてきたのか、本当にお金を全く持っていないのか――何となくだが、後者のような気がする。

「……呆れた人ね」

 隣で溜め息なんかをつく最遠寺。

「うるさいっ。少しお金持ってるからって、威張らないでよ」

 どーゆう負け惜しみだ。
 まったく……。

「賽銭くらい、俺が出してやるよ。いくら欲しい?」
「えっと……」

 なぜかうーんと考え込む由羅。

「……一万円?」

 おい。

「やっぱやらん」
「えー、なんでよう!」

 ……文句言える根性は、いったいこいつのどこから生まれてくるんだろうな。

「だってこの国で一番高いお金っていったら、一万円でしょ? 私、ちゃんと覚えているもの」

 ほほう、それはご立派なことで。

「やっぱり高いお金を入れた方が、願いが叶いやすいんでしょ? 私、早く手が治って欲しいから……」

 ……なるほど。
 気持ちは分からないでもないが、発想がまるで子供だな。純粋といえば、そうなのかも知れないが……。

「ほら」

 俺は自分のために出していた十円玉を、由羅に手渡す。

「こんなの、金額が高いからってどうってもんでもないんだよ。所詮は気休めだからな。ていうかそのことに関してなら、俺にでも祈ってた方が、たぶんいいぞ」
「…………うん、そうかもしれないね」

 納得してくれたのか、由羅はこっそりと周りの人が賽銭を投げているのを見て、それを真似るように自分も十円を放り込むと、目を瞑って手を合わせた。

「……なんか、すまなかったな」

 そんな由羅を見ながら、俺は最遠寺に言う。

「なにが?」

 突然謝られたことに、怪訝そうに最遠寺は首を傾げた。

「あいつだよ。ちょっと色々あって、心配でつい今日のに誘ったんだけど……まさかお前とここまで反りが合わないとは思ってなくてさ。最初に約束したのは最遠寺なのに、悪いことをしたかなあって」

 俺がそう言うと、最遠寺はくすり、と笑う。

「優しいのね、桐生くんは」
「そうか?」
「少なくとも、わたしにはそう見えるわ」

 そんなもんなんだろうか、俺って。
 自分じゃよう分からんが。

「それに別に構わない。わたしはわたしで、色々とわかったこともあるしね」
「……何がだ?」

 聞き返す俺に、最遠寺は微笑んだだけだった。
 昨日を思い出しても、最遠寺は誰に対してでも今日の由羅への態度のようなものをみせているわけではない。あくまであいつにだけ、刺々しい態度を取るのだ。

 きっと何か理由があるのだろうが、俺に分かるわけもない。
 ま、機会があったら聞いてみるか。今は由羅もいることだし、後でいいだろう。

「終わったよ」

 振り向いて、由羅が言う。

「よし、それじゃあ――」

 言いかけたところで、

「桐生くんは、何もお願いしないの?」

 最遠寺がそう指摘する。
 あ、忘れてた。
 そういやそうだ。

「こいつにあげたせいで、つい自分のことは忘れてたな」

 俺はもう一度十円玉を取り出すと、賽銭箱に放り込み、適当に手を合わす。
 そうだな。ここは一つ、あいつのことでも祈っておいてやるか。

 そう思って俺は、由羅の方を盗み見た。
 あいつは興味深そうに、あちこちをきょろきょろと見渡している。本当に、子供っぽい。
 俺は何となく小さく笑うと、十円玉をあいつのために使うことにした。

 とりあえず、あいつの刻印咒が何とかなりますよーに、と。
 これでいいか。

「よし、じゃあ行くぞ」

 俺がそう言うと、由羅は興味深げに口を開いた。

「真斗は何をお願いしたの?」
「別に。大したことじゃねえよ」
「けち。教えてくれたっていいのに」

 別に言うほどのことでもないんだってば。
 俺は特に答えることなく、紅葉に彩られた境内を、二人を連れて歩いた。


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