終ノ刻印

第16話 すれ違い

終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第16話

     /由羅

 こっそり住み着いているマンションの前で、私は降ろしてもらった。

「けっこういいとこに住んでるんだな」

 大きなマンションを見上げて、少し感心したように言う真斗。

「別に大したことじゃないもの」

 黙って侵入しているということは、とりあえずは言わないでおく。また何かケチでもつけられそうだったから。

「お前さ、何か連絡手段とかあるか?」
「連絡手段?」

 きょとんとして、私。

「携帯とか。別にこのマンションの宅電でもいいけどさ。何か分かっても連絡できなきゃしょーがないだろ?」

 それは……そうだ。
 考えてもいなかったけど。

「ねえ……。私も一緒に手伝っちゃ駄目なの?」

 私としては一刻も早くこんなものを消して欲しくて、そう言った。それに一緒にいれば、わざわざ連絡を取り合う必要も無い。だというのにこの人間ときたら、

「いらん。邪魔だ」

 ――などと身も蓋もなく言ってくれる。
 むかっ。

「――おっと、怒る前に言っておくが、こいつは正当な理由だぜ? お前さんがまともな人間じゃない以上、傍にいられると厄介だ。俺が調べようと思ってるのは、そういう筋の所だしな。それに、俺だってずっとそればっかやってるわけにもいかねーし。別件の仕事もあるんだよ。多分危険っぽいから、巻き込みたくない」

 ……あ。

 その言葉を聞いて、私はあっさりと怒りを静めてしまう。
 もしかするとこの人間、あんまり悪い奴じゃないのかもしれない。
 何だか言葉に気遣いってものが足りないような気がするけど、よく聞いていると……いい奴なような気がする。

 ……私のこと、見捨てなかったし。
 そう思ってしまった瞬間、

「……ありがとう」

 ――不覚にも、私はそんなことを言ってしまっていた。

 な、なに言ってるんだ……私……?
 相手は人間。
 しかも昨日、あんなことをした相手だっていうのに。
 私が自分の言葉に驚いていると、向こうもなぜだかきょとん、とした表情になっていた。
 そして、

「……空耳か?」

 なんて、失礼なことを言った。
 少しでも感謝してしまった私が馬鹿みたいで、後悔してしまう。

「それで、連絡はどうすればいい?」
「……定期的に、私がそっちに行くから。その時に聞かせて」

 私は電話というものを持っていない。遠くに離れている相手へと、自分の声を送る機械。便利なのかもしれないけど、使ったこともないし、使い方もよく分からない。

「俺がどこにいるかなんて、わかるのか?」

 訝しげに尋ねてくる真斗へと、私はこくりと頷いてみせた。

「大丈夫。私、あなたがどこにいたってわかるから」

 幸か不幸か、この刻印咒のおかげでそれだけは間違い無い。

「ストーカーはごめんだぞ」
「うるさいわね。私はあなた達人間なんかと違って、ずっと優秀なんだから。一緒にしないで」
「それはそれで聞き捨てならん台詞だが……まあ、いいか。最悪何かあったら、俺がここに来ればいいだけだしな」

 そう言うと、真斗は一旦脱いでいたヘルメットをかぶり直す。

「じゃあな」
「……うん」

 頷いた私を見て、真斗はバイクを発進させる。
 うるさい排気音と共に小さくなっていく彼の後姿。

「…………っ」

 私は顔をしかめた。
 彼がいなくなった途端、急にうずき出した左手。
 そこまで痛いわけではない。最初に比べればずっとマシだ。――けれどあの人間と一緒にいた時は、もっと楽だった。どうしてなのかは、分からないけど。

 ――桐生真斗。
 私が殺したはずの人間。
 でも彼は生きていて、今度は私を助けてくれようとしている。
 ……すごく、滅茶苦茶な話だ。

 きっと何かある。
 それは何となく感じていたこと。
 私には目覚めるより以前の記憶が無くて、いきなり追われて……そしてここまで来て。また起こる変なこと。
 真斗も言っていたけど、本当のところ私は何者なんだろう……?

 人間でないことは分かる。あれと違うのは間違い無い。――でも、分かっているのはそれだけ。
 人を殺して、愉しんでいた頃には忘れていた不安。
 それらがまた蘇って。
 わたしは、身震いした。

     /真斗

 由羅のやつを送っていった後、俺は下宿先のマンションへと真っ直ぐ戻った。

「ふわあ~」

 やはり睡眠不足のせいか、眠い。
 とっとと一眠りしようと、俺は単車を駐輪場に止めたあと、入口へと欠伸しながら歩いていく。
 ――と、その時だった。

「ちょっといいかしら?」

 不意にかけられた声に、俺は眠たい顔のままで振り返った。
 声をかけてきたのは、特に気にしていなかった通行人の一人。
 ショートの髪の女で、歳は俺と同じくらいだろうか。

「……何?」

 今日はよく見知らぬ女に声をかけられるなと思いながら、俺は向き直った。

「道を聞きたいの。柴城興信所というところで……この辺りらしいのだけど」

 む?
 柴城興信所って、俺のバイト先じゃん。
 お客か何かだろうか。

「ああ……知ってるけど?」
「そう? 良かったわ。それで、道を教えていただけないかしら?」

 ふむ……道ね。
 あそこはここから近いとはいえ、微妙に入り組んだところにあったりする。
 口で説明するのはけっこう骨が折れそうだった。

「……案内しようか?」
「え?」

 思ってもみなかったのか、俺の提案に女は声を上げる。

「どうせ近いからな。口で説明するのも面倒だし」
「そう。それはありがとう」

 そいつは微笑すると、軽く頭を下げて礼をした。

     ◇

 事務所までを歩きながら、俺はやっぱり口で説明なんてことしなくて良かったと思ってしまう。
 ややこしいのだ、この辺りは。
 妙に入り組んでいて……曲がれるような角も多く、ひたすら奥まった所に事務所はあるし。

「それにしてもさあ……」
「何かしら」
「あんなところ、何の用なんだ? 何か依頼でも?」
「そうね。珍しいのかしら……わたしのような者が、あそこを訪れるということは」
「さあどうだろうな」

 俺は首を傾げて思い出してみる。
 今までバイトをしてきたが、あまり二十歳前後の人間が顔を出しているところを見たことが無い。もちろん俺は例外で。

「しっかしそうすると、あんなとこでもちゃんと宣伝活動とかしてたんだな……」

 しみじみ思う。
 よくは知らんけど。

「ほら、あそこだ。何かこう……はやってなさそーな、あれ」

 俺がそう言って指差すと、女は笑う。

「そんなこと言っていいのかしら」
「誰も聞いてないし」
「わたしが聞いているのに?」

 ……む。
 いやまあ、そりゃそーだけど。

「まあ知られたところでどーってもんでもないしさ」
「まあ、そうね」

 女も頷く。

「ありがとう。助かったわ」
「どーいたしまして」

 礼を言うそいつに俺も頷いて。
 事務所の前で別れると、俺はマンションへと引き上げた。


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