終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第15話
「私は私よ。見たまんま。いったい何が問題なの?」
問題だらけだって。
「あのさあ……お前日本語通じてるか? お前が俺のことを何で知ってるかは置いといたとしても、俺は今お前の敵だって言ったよな? ……まあ敵とまでは言わなくとも、少なくとも仲良しこよしできる間柄じゃねえの。そんな俺にそんなもんを見せて、何とかして欲しいって言っていること自体が変だって、思わないか?」
「ちょっと待ってよ。私、あなたがそういう人間だなんて知らなかったんだから。ちゃんと知ってたら……」
そこで由羅はう~ん、と小首を傾げる。
「……別に変わらないけど?」
結局出た返答は、それで。
――俺は、まじまじとしてそんなことを言う由羅を見て。
「は……」
つい笑ってしまった。
「何だよお前、変な奴だな」
こいつの言っていることが本当なら、ここは警戒すべきなんだろうけど、どうしてだかそんな気にもなれず。
妙に、可笑しく思えてしまう。
笑った俺を見て、由羅はムッとなった。
「笑わないでよ。……それに、さっきから聞いてればお前お前って。私には由羅って名前があるって言ったでしょ? それで呼んでくれたっていいじゃない」
文字通りぷんぷんと、怒ってみせる。
「何だ。あれやっぱり本名だったのか」
「失礼ね!」
「――そりゃ悪かった」
適当に謝りながら、さてどうしたものかと考える。
要するに、こいつはこれを何とかして欲しくてやってきた、というわけだろう。
まあ異端種っていっても、イコール悪人というわけじゃないしな。もっといえば、九曜っていう組織が正義の味方ってわけでもねえし。
ならこういうこともある、か。
本当、どーしたもんだかな……。
「結局お前……そいつを何とかして欲しくて、俺の周りをうろついてたってわけか」
「うろついてたって……その表現は何か嫌だけど……うん。そんな感じ」
こくりと頷く由羅。
まあこいつが困っているのは間違いない。
あんな刻印刻み付けられたら、俺だって困る。
とはいえ……。
「そんなこと頼まれてもなあ。俺、できないぜ? たぶん」
「そんな……」
目に見えて落ち込む由羅。
そんな表情を見ていると、別段こっちが悪いことをしているわけでもないのに、なぜだか罪悪感を覚えてしまう。
くそ、卑怯だぞ、こいつ……。
悪態を心中でついて、俺は頭を掻いた。
「あー、くそ。んな顔すんなよ。やってやるよ」
「え……?」
途端、表情が明るくなる由羅。
本当、ころころ表情の変わる奴だ。
「言っとくが、絶対ってわけじゃねえぞ。少なくとも今の俺じゃ無理だ。解咒に関する知識は持ち合わせてないんでね」
「…………」
「けどまあ、調べることはできるだろ?」
その俺の言葉に、え、と由羅はもう一度顔を上げた。
「何とかできるもんならしてやりたいからな」
「それって……?」
「やってやるってことだ。俺が調べてやるよ」
「本当に……?」
本当だって。
いい加減信じろよ。
――そういう瞳で見られるのは、弱い。何でか知らんけど。
「お前が異端種なら、俺の同業者にお前自身が頼みに行くのは危険だからな。どうして俺を選んだのかは知らんけど、まあ運が良かったと思っとけ」
「…………」
「異端種っていっても、結局は阿呆な事件さえ起こさなけりゃ、俺達に狙われることもないんだしさ」
どこぞの国だと、異端種っていうだけで根絶やしにしようという組織もあるらしいが、幸いこの国ではそこまで過激ではない。
――と、気づく。
どうしてか、また気まずそうに視線を逸らしてしまっている由羅の姿。
俺、何か変なこと言ったっけかな。まあいいけど。
「つうわけだ。感謝しろ」
「……うん。ありがとう」
意外なほど素直に、由羅は礼を言った。
……悪い奴じゃなさそうなんだけどな……。
「俺としては、そっちの事情も説明して欲しいところだけど……ま、今は聞かないでおいといてやるよ。何かその辺りの話題に関しては、どーもお前と話が噛み合わないからな」
「……うん」
「それから」
これだけは言っておかなければならないこと。
「百パーセントうまくいくとは思うなよ。俺も努力はするが、できない時はできない。それは覚悟しといてくれ」
「…………うん」
さっきよりも長い沈黙の後。
由羅は小さく頷いた。
「さてと……。とりあえず俺は帰るぜ」
「え……? 帰っちゃうの?」
急に不安そうな顔になる由羅。
……だからそーゆう顔をするなって。
俺は溜め息をつくと、ひょいひょいと手招きした。
「……?」
「送ってってやるよ。お前の家まで」
そう言うと、じいっ、と由羅はこちらを見てくる。
「別に……送ってもらわなくても……」
「そうか? ならいーけどさ」
そのまま自分のバイクまで歩いていくと、案の定、後ろからついて来る由羅。
「ほれ」
俺はメットホルダーから予備のヘルメット外すと、あいつに向かって放り投げてやる。少々戸惑ったようだったが、結局受け取って。
「……これ、かぶらなきゃ駄目なの?」
「とーぜんだ。でないと俺が捕まる」
「う~、何か嫌……。髪がつぶれちゃうし……」
とか何とか言いながらも、由羅はメットを被る。長い髪に半ヘルをかぶった姿のこいつは物凄く似合ってなくて、何となく笑えた。
「外に出さずにちゃんとかぶれよ?」
こいつの髪はそれこそ馬鹿みたいに長いから、そのままバイクなんかに乗ったら車輪に絡まってしまう可能性が高い。
「う~」
「うー、じゃあねえ。んで、家は?」
エンジンをかけて、バイクに跨ってから俺は聞く。
由羅が言った場所は、そんなに遠い場所でもなかった。
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