終ノ刻印

第14話 刻印呪

終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第14話

     ◇

「で、俺もう帰るけど?」
「ちょっと!」

 駐輪場まで来てそう告げた俺へと、当然のごとく激怒したのは由羅である。

「ご飯食べたら話するって約束したじゃないの!」
「何言ってんだ。結局飯の間中しゃべってたくせに」

 ぐ、と一瞬詰まる由羅。

「本題は後って意味。私、私ねえ――本当に困ってるんだから。夜ほどじゃないけど、今だって……」

 言って、由羅は何を思ったのか左手にはめていた手袋を取った。そしてその甲を俺に見せる。

「!」

 ――これは。

「お前……?」

 さすがに表情が変わるのを感じた。
 彼女の左手に刻まれていた紅い刻印。
 確かこれは……。

 その印の意味――俺も知識としては知っていた。かつてそういった知識を習っていた九曜家に、その刻印咒があったことは覚えている。
 本来ならば、決して習う類のものではない。
 これは九曜家にとって、門外不出の刻印。それを俺が習えるはずもなかったが、何の偶然か、俺はそれを知ることができて。

 ……そう。
 ずいぶん昔のことだ。
 とある奴が、俺に教えやがったのである。
 無論、使ったことなどあるはずがない。
 これは、使用するには危険すぎるものだったはずだ。

 それにしても。
 あいつ、今頃何してるんだろーな……。
 ちょっとばかり、昔のことを思い出したりしてしまう。
 それはさて置き、だ。

「自己犠牲の刻印呪……か。確か自分の命を生贄にして行う、一種の呪いだな」

 言いながら、俺はじっと目の前の少女を見返す。
 こんなものを刻み付けられているところを見ると、どうやらただの一般人というわけではないらしい。
 まずいんじゃないか……? この女。
 初めて、俺はこの由羅という少女を警戒した。

「お前……何でこんなもんつけてるんだよ?」

 その問いに、由羅はどこか気まずそうに、視線を逸らす。

「何でって……その……」

 どうにもはっきりしない。
 そりゃあまあ、こんな物騒なもん、好き好んで自分で刻んだりはしないだろう。言いにくい理由があったとしても、それは当然か。俺は質問を変えることにした。

「……じゃあさ、こんなん俺に見せて、どうしろって言うんだ?」
「どうって……。何とかして欲しいから、来たんじゃない」
「どうにかって、俺がどうにかできるわけねえだろ」
「うそ!」

 なぜか一息に言い切られてしまう。

「あなたなら何とかできるはずよ! だって、だって……」
「……だって?」
「――これしたの、あなただもの」

 …………。
 何の冗談だ、一体。

「バーカ、俺のわけねえだろ。さっきも言ったけど、こいつは自己犠牲の刻印咒なんだ。呪いって奴は、大抵何かを代償に支払わなきゃならねえけど、たぶんこれはその中でもピカ一で性質の悪い奴だぜ。代償は、自分の血肉なんだ」

 要するに、この呪いを成就させるには、仕掛ける者の命が代価ってことだ。当然、その呪いが成った暁には仕掛けた奴は死んでしまう。

「俺がやってたら、ここで生きてるわけないだろ?」
「でも……でも……できる……でしょ? あなたなら……」

 聞かれて、今度は俺が気まずそうに頭を掻く。

「まさかあれじゃないだろーな。お前、実は九曜家からの回し者で、俺のこと引っ掛けようとしてるとか」

 どういう因果なんだか、俺は刻印咒の中でこれを唯一、扱える。教えてくれたのは、九曜家の人間で、正式に習ったものではない。第一、こんなものは習えはしない。あの時あいつが……こっそりと教えてくれたから、できるのだ。
 もちろん実践したことなどあるはずもない。その気も無い。当然だ。生憎俺は、自分が死んでもいいから誰かを呪いたいなんて、生まれてこの方思ったことなどないからだ。
 うむ、実に心が平和でよろしい。

 ――で、だ。
 ちなみにこの刻印咒は門外不出のもので、俺が使えてはいけないのである。頭の固いあの連中にこのことが知られれば、どんな目に遭わされるやら……。
 何となくこのことに気づいた連中が、こいつを使って俺に鎌かけでもしに来たかと一瞬思いはしたが、多分、違う。

 ――こいつの手に刻まれているのは本物だ。
 咒法の扱いに才能が無くて、結局誰かさんの助言通りに武器の扱い方の方を学んだ俺ですら、この禍々しい刻印がどんなものであるかくらい、見て分かる。
 しかし……分からないことも、色々と多い。

「あー、いくつか質問があるんだが」
「……何よ?」
「けっこう重要だ。お前、何で俺がこいつを扱えるってことを知ってる? どこで俺のことを知った? お前は何者だ?」

 矢継ぎ早に聞くと、由羅は思い切り顔をしかめる。

「……言っておくけど、最初の二つの質問は、私が答えなくても……あなたが知ってるはずなんだから」
「その辺りもよく分からねーな」

 さっきからのこいつの態度を見ていれば、俺のことを見知っていてやって来たという感じだった。
 しかし俺にそんな記憶は無い。
 こいつと出会うのは今日が初めてのはずだ。

「……それと、最後の質問だけど」
「ん、ああ」

 こいつが何者かってやつか。
 本当、何者なんだか。

「人間じゃないから、私」
「ああ、なるほど。人間じゃあ……」

 ――は?
 我ながら、間抜けな反応。
 じいっと上目遣いでこちらを見上げてくる、由羅。
 ……今何て言った? こいつ。

「だから、人間じゃないんだって」

 何も答えない俺にじれたように、由羅はもう一度繰り返す。

「…………アンドロイド?」
「はあ? 何言ってるの」

 思い切り呆れられてしまう。

「…………宇宙人とか」
「――私何だか、今あなたを殴ったら、もう一度殺せるんじゃないかって思い始めてきたんだけど」

 何やら言う由羅の言葉は上の空で、俺は一生懸命頭の中を整理する。
 まあ――こいつの言おうとしていることは、何となく分かってはいたのだが……。
 しかしこの女、何考えてるんだ? まったく……。

「異端種か」

 俺はようやく真面目にその単語を口にした。
 こくりと頷く由羅。

 この世の中において、人間というカテゴリー外の存在として、異端種というものがある。
 日本でいう妖怪変化。
 もしくは魔族だとか、妖魔だとか、まあひっくるめて異端種と呼んでいるわけだ。

 元々は、ずうっと昔にいたとかいう魔王の血を受け継いでいる連中のことだったらしいが、今では何でもかんでも詰め合わせて、とにかく厄介な連中のことをまとめてそう呼んでいるらしい。
 俺はそういう連中相手に仕事をしたこともあったから、存在自体にそんなに驚きやしないが……。

「――お前さ。俺が誰だか分かってて言ってんのか?」
「……人間?」
「お前もボケてるだろーが!」

 思わず怒鳴ってしまった俺を見て、びっくりしたように一歩下がる由羅。

「な、なによう。私何も変なこと言ってない! どうして怒るのよ!?」

 そりゃ怒りたくもなる。

「俺はそんな当たり前のことを聞いてるんじゃねえの! ……俺にこんな物騒な刻印咒見せるくらいなんだから、俺のことは知ってるんだろ? 咒法士――っていうほど咒が使えるわけでもないから、まあ降伏師ってところだろうけど……まあ何だ。異端種にとっちゃあ俺は敵なんだぞ?」

 敵に助けを求めてどーすんだよ、おい。
 が、由羅の奴はきょとんとして、

「――そうなの?」

 何て言いやがった。

「~~~~」

 わけが分からん。

「何なんだよ……お前?」

 いい加減、困ってしまうぞ。くそ。


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