終ノ刻印

第13話 由羅

終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第13話

     ◇

 食堂。
 二時間目終了後――つまり昼時の学校食堂というのは、凄まじいまでの混雑を極める。
 そんな人ゴミの中で、我ながら惚れ惚れする観察眼で席を確保して、俺は日替わり定食を食べていた。慣れたもんだ。

 で、その横で、不機嫌そうな面持ちの少女は俺を眺めている。
 その容姿のせいで、周囲から少なからず注目を浴びていたが、まったく気にする風はない。

「……やっぱり私のこと恨んでるの?」

 さっきからもそうだが、言ってることがよく分からん。

「わけのわかんねーこと言って、付きまとわれるのは迷惑だけどな」

 けど恨むって何だよ、と言うと、そいつはムッとなる。

「……こんな人の多い所にわざわざつれてきて。私、人間見てると――」
「勝手についてきたのはそっちだろーが」

 少女が言いかけていた言葉を遮るように、俺も不機嫌そうに言ってやる。

「俺はお前のことなんて知らないの。そういうわけだから人違い。あっち行けって」

 ひらひらと手を振る彼へと、少女は更に機嫌を損ねたようだった。

「この馬鹿っ。どうして一日もたってないこと忘れちゃうのよ! 人間ってそんなに馬鹿なの? それともあなたが特別馬鹿?」

 ……初対面に相手に向かって、よくもまあ。

「ばかばか言いやがって……」

 思わず表情を引きつらせながらも、俺は昨日のことを思い出してみる。
 昨日といえば、学校に行って、途中で授業を抜け出して事務所に行って、それから一旦下宿先に戻って仮眠した後、深夜を待って出かけたのだ。結局収穫は無く、帰った後はすぐに眠ってしまったが。

 そんな昨日のことをつぶさに思い出してみても、妙な因縁をつけてきている少女との接点は見出せない。
 しかも何があったかは知らないが、許してくれときたものだ。

 恐らく人違いなのだろうけど、相手の少女は信じて疑ってないらしく、そんな彼女を追い返すのは苦労しそうな気がして、少々憂鬱になってしまう。
 少し思案してから、俺は聞いてみた。

「まず、だ。お前は俺のことちゃんと知って言ってるのか?」
「え?」

 意表を突かれた質問に、少女は小首を傾げる。

「だーかーら。例えば……そうだ、俺の名前とか。ちなみに俺はお前の名前なんて知らねえぞ」
「なまえ……」

 なぜだか少女は、その言葉にしばし黙り込んでしまう。

「?」

 なんだ?
 何か俺、変なことでも言ったか?
 そんな少女の反応に、俺は眉をひそめてそいつを見返す。その俺へと、少女はどこか自信なさげな声で、小さくその名を告げた。

「ユ……、ユ……ラ」
「は?」
「……だから。私の名前……たぶん、そういう名前だったと思う」
「なんだよそれ」

 当然のごとく、怪訝な顔になる俺。

「だった、ってのは何なんだ? 自分の名前だろうが」
「うるさい……。だって、名前を聞かれたの初めてだったんだもの。私は気にしてなかったから……」

 何なんだ、そりゃ。

「お前、俺のことからかってるだろ」

 半眼で言ってやると、そいつはむかむかっとなったようだった。
 おお、分かりやすい性格。

「せっかく頑張って思い出したのに!」

 ……頑張って思い出さなきゃならん自分の名前ってのは何なんだよ。

「ま、いいけど」

 む~となっている少女を横目に、俺はぱくぱくと食事を喉に通していく。

「それで? お前の名前はわかったけど、俺のことは知ってるのか?」
「知るわけないじゃない」

 そんな偉そうに言うなって。

「……じゃあやっぱり人違いだろ。俺はお前の顔も名前も知らないし、お前も俺の名前すら知らないんだから、どっかで会ったってことはないだろうさ。人違いったら人違い」

 至極まっとうなことを言ってやったのだが、こいつは納得してくれないようだった。

「そんなわけないでしょ。あなたは記憶力ないのかもしれないけど、私はちゃんと覚えてるんだから」
「しつこい奴だな。落ち着いて飯も食えやしないぜ」

 ちゃんと食べてるじゃない――との少女の言は、この際無視。
 無視されて、うう、と歯噛みしたようだった。

「じゃ、じゃあ食べ終わるまで待つから。……終わったらちゃんと、話してよね」

 ……反応は、そこそこ可愛いんだけどなあ。
 何だかんだいってこいつ、けっこう律儀っぽいし。
 何て思っていたら、早速口を開いてくる。

「……ねえ」
「なんだよ」

 つい反射で答えてしまってから、しまったと思った。食べ終わるまで待つんじゃなかったのかと、皮肉の一つでも言ってやれば良かったのだが。

「あなたにも名前、あるんでしょ?」
「そりゃああるさ」
「じゃあ教えてよ」
「……なんで?」
「なんでって……」

 思いもよらない返答だったのか、少女は一瞬返す言葉につまったようだった。
 ま、いいか。
 別に教えたからって呪われるわけでもねえし。

「桐生だよ。桐生真斗」
「ふうん……。確かこの国って、固体を表す名前って、下の方だったよね?」
 固体って……また妙な表現を。

「……まあ名字じゃない方はな」
「じゃあマサトでいいってことね。どういう文字を当てるの?」

 先程からずいぶん妙な言い回しをするものだと、俺は胡乱げに思う。日本語は遜色無く使ってはいるが、容姿といい、物言いといい、やはり日本人ではないらしい。外国人となると、その方面に知り合いのいない俺としては、ますます人違いじゃないかと思ってしまう。

「文字って、漢字のことか?」
「さあよく知らないけど……私の名前も、それで書けるといいなあって思って」
「ふうん……」

 外国人って、そんな風に思ったりするのだろうか。
 俺にはよく分からんけど。
 頷いて、とりあえず俺は人差し指でテーブルに、『真斗』と漢字で書いた。

「じゃあ私のは?」

 それだけで分かったのか、今度は自分のを書いてみてくれと、興味津々な様子で促してくる。まったく何なんだろうな、と思いながらも、俺は考えてみる。

「ゆら……だったよな。どっちもあんまり思いつかねえけど……」

 ぶつぶつと洩らしつつ、俺はいくつか書いてみた。

「へえ……。けっこうたくさんあるのね」
「そりゃあな。同名の奴なんてけっこういるんだ。せめて使ってる漢字くらい違いがないと、つまらんだろ?」
「うーん……そうかもしれないね」

 同意しながら、彼女も真似するように人差し指で文字を書く。書いたのは、『由羅』という漢字の組み合わせだった。

「私、これが一番いいかな。何となく気に入ったから」
「まあお前のことだからな。好きにすりゃいいけど」

 嬉しそうに言う少女――由羅へと。
 狐にでも化かされているような気分を味わいながら。
 俺はそっと、その表情を見つめてしまっていた。


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