終ノ刻印

第12話 不可解な再会

終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第12話

     ◇

「むー……」

 大学内の教室の大きさはバラバラで、その科目やら受講人数によって教室が割り当てられている。今日の一時間目はまあ中程度の教室で、二百人ほどは収容可能だが、実際は百人以下の人数で使用されている。

 さっさと教室に入った俺は、まだ空いているうちに後ろの方の席に座ると、何するでもなく突っ伏していた。
 寝不足なのは間違いないが、決して眠いわけではない。
 何かこう――身体がだるいのである。重い、とも言えるかもしれない。

 そんなことをしている間に講師はやってきて、高校の頃までとは違った問答無用さで授業は始まっていく。

「ぬー……」

 授業が始まっても、どうにもしゃっきりとはなれなかった。
 俺の授業態度は決して真面目というわけでは無かったが、単位を落としてもう一度同じ授業を取るという二度手間は避けたかったので、講師の言っていることはとりあえず聞くことにしている。

 が、今日はどうもよろしくない。
 調子が悪い。

 さっきまでは何とも思わなかったのだが、こうして席に座り、自分自身を改めて認識してみると……やはり調子が変であること気づく。

「はー……」

 胸につまったもやもやを吐き出すが、やはりどうにもならない。
 風邪でもこじらせちまったかな……?

 だとしたらけっこう厄介だ。
 実家にいた頃は面倒を見てくれる家族がいたが、一人暮らしとなるとそうはいかない。良くなるまで寝てればいいんだろうけど、それだとどうしても飯の用意などが億劫になり、食べずにいれば結局は回復するのに時間がかかってしまう。
 風邪をひくということは、とにもかくにも面倒なことなのである。
 できる限り避けたい、が……。

 と、前の列からプリントが送られてきた。講師が作成したレジュメで、いわゆる教科書代わりである。
 格授業ごとの教科書代もけっこう馬鹿にならず、教科書不要の授業はかなりありがたい。――そういうわけもあって、俺もこの授業を選択していた。

 配られてきたレジュメを受け取ると、後ろへと回す。かなり枚数は残っていたが、列はあと三列ほどしか無い。いちいち数えるのが面倒なので、多めに送って後ろで調節、というやつだ。

 俺は自分の分を一枚取って、後ろに渡そうと振り返って、はたと動きを止めた。
 自分の斜め後ろに座っていた女の顔を見て、思わず視線が釘付けになってしまったのである。

 座ってはいるが、かなり長く伸ばしていると分かる髪は、とても染めたとは思えない淡い金髪をしていた。そしてこちらを見る瞳は、透き通るようなアイスブルー。
 どう見ても、日本人離れした容貌である。

 しかし何より驚いたのは、その少女が大した美人である、ということだった。
 滅多にお目にかかれない――というか、お目にかかったことがない。

 と、気づく。
 その少女はじいっとこちらを見ていたのだ。
 室内だというのに薄手の皮手袋をはめて、頬杖をつき、俺を見返している。
 早くレジュメを渡さないことへの不審――のようで、違う気がした。どうしてだか、その瞳にはほんの僅かな緊張が混じっているような気がする。

 おっとっと。
 俺はばつの悪い顔になると、さっさと渡して正面へと向き直った。

 ぬう、不覚。
 思わず我を忘れるところだった。

 長く見ていれば保養になりそうな気もしたが、そんなことをし続けるわけにもいかず。
 こんなべっぴんも、いるところにはいるんだなあと、その時の俺の感想は、とりあえずそんな程度だった。

     /由羅

 ……え?

 また驚かされてしまった。
 斜め前に座っている人間が振り返る――そうすれば、何らかの反応があるはずだったのに。

 いや、あるにはあったのだけど、どうも予想していたのと違う。
 彼はきょとんとして数瞬こちらを見つめた後、さっさと渡すものだけ渡して正面を向いてしまったのである。――その後の反応は、無し。

 なんで……?

 またまたわけが分からなくなった。
 この人間の反応は、まるでこっちのことなど知らないといった、他人の反応である。他人であることには違いないけれど、無視できるはずなんてないのに。

「覚えて、いない……?」

 あの時のことを。
 そんな風な印象を、受けてしまう。

「…………」

 どういうことなのだろうか。
 ……じんわりと痛む左手は、今でも変わらない確かな現実。
 私は動くことさえできなくて、ただ彼の後ろでその背中を見続けた。

     /真斗

 二時間目が終わって。
 お腹が鳴り出すのを堪えていた俺は、食堂直行を心に決めて立ち上がる。

 うう、腹減った……。
 いつも朝食を抜いているせいか、学食とはいえ昼食は待ち遠しい。
 そのまま席を離れようとして、不意に足が止まった。
 視線――誰かがこちらを見ている視線に気づいて、何気なく横に目を向けて。

 ――少し、驚いた。
 あの少女が、こちらを見ていたのである。
 一時間目の時に、後ろの席に座っていた少女。
 それが、この授業にも後ろに座っていたのだ。
 科目が全く違うため、一時間目と二時間目では教室は違うし、学生の種類も違う。例え偶然同じであったとしても、果たして座る席までこんなにも近しいことになるだろうか。

 ……そりゃあまあ、あるだろうけどさ。
 あるだろうが、だとしても無視はできなかった。――何より、そいつがこちらを見続けているんだから。
 数秒たって、動いたのは少女の方だった。
 どこか――意を決したように。

「ねえ……どうして何も言わないの?」

 ……はあ?
 出し抜けにそう言われて。
 さすがに俺も戸惑った。

「……誰だ、お前?」

 知り合いでないことは間違いない。
 こんな美人はお目にかかったことがないと、ついさっきも思ったのだから。

「誰って……」

 聞かれて、その少女は反対に戸惑ったようだった。

「そんなこと――どうでもいいじゃない! 覚えていないの、夜のこと!」

 いきなりムッとなって少女は怒ると、何やら意味不明なことを言ってくれる。

「はあ……?」
「惚けないでよ!」
「阿呆。誰が惚けるか。何だか知らねえけど、変な言いがかりはごめんだ」

 じゃ、と言ってその場から歩み去ろうとする俺を、そいつは俺の腕を掴んで無理矢理引き止める。
 意外なほど、力強かった。
 ていうか痛い。

「んだよ?」
「私、困ってるの! そ、その……あの時のことは謝るから、許してよ……」
「はああ……!?」

 少しもじもじとしてそう言う少女を。
 まじまじと、俺は見返すことしかできなかった。


 次の話 >>
第13話 由羅終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第13話      ◇  食堂。  二時間目終了後――つまり昼時の学校食堂という...

 目次に戻る >>
終ノ刻印【Thousand Testament Ⅹ】 『終ノ刻印』とはたれたれをによる小説作品。  『Thousand Testament』シリーズの一つ。エピソードⅩに当たる。 ...