終ノ刻印

第11話 目覚めと苦痛

終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第11話

     /真斗

 ――ゆらり。
 かすみ、ぼやけた視界。
 暗く静かなその場所に、確かに誰かがいる。――こちらを見ている。

 紅い瞳……。
 幼い容姿とは正反対の冷たい瞳と、視線が合う。
 明らかにこちらの姿を映し込んでいる瞳。
 しかしその硝子玉めいた瞳は、ともすればどこを見ているのかすら分からなくなる。

 だれだ……?
 わからない。知りもしない。
 風に揺れる、白銀の髪……。
 だがすぐに、それはぼやけ、消えてしまう。

 夢か……幻か。
 それすら分からず、全ては真っ白になった……。

     ◇

「…………」

 鳴り響く目覚ましの音に、目が覚める。

「うるせえ……」

 いつものことだが、愚痴らずにはいられない。
 ぼーっとしている頭のままで、俺は仰向きのまま手を伸ばし、目覚めし時計のスイッチを切った。……切ったといっても、また五分もすれば再び鳴り始めるのだが。

 ……何やら夢を見ていたような気がするが、思い出そうとする間に、あっさりと消えていってしまう。……まあ、無理をして思い出さないといけないことでもないだろう。

 寝起きは良くない方であるが、かといって起きないわけにもいかない。
 仕方なく俺はベッドから起き上がった。

 今日は土曜日。
 世間では休みの場合が多いが、この大学では縁の無い話である。

 今日の授業は一時間目と二時間目。
 朝一からの授業は何かと辛いのだが、あるものは仕方が無い。

 大学の授業である以上、高校の時とは違って一日中、みっちりと授業があるわけじゃない。そういう授業の取り方をしている奴もいたけど、俺はまあ平均的な授業配分で、この後期の授業を登録している。
 なるべく朝一の授業は避けたかったのだが、必須系の授業に関してはどうにもならず、仕方無くということで受けていた。

 もっとも朝さえしっかりと起きられれば、朝一もまあ悪くは無い。
 登校時間は通勤時間と重なるわけで、それらの人々に混じって行くことは、何となく朝らしい気がするからだった。
 気休めといえばそうなのかもしれないが、特に困る気分でもないし。

「むう……」

 どうにも身体がだるい。
 眠って体力回復しているはずなのだが、身体は重く、相当疲労しているようだった。

「むん!」

 とりあえず眠気を吹き飛ばそうと、俺は勢いをつけてベッドから勢い良く上半身を起こした。
 途端、

 ぬお!?

 激痛が胸に走る。

「いて、いて、いてて……!」

 突然のことに我ながら情けない悲鳴を上げて、俺は前屈みに倒れ込んでしまった。
 心臓のある場所だと思われる部分が、締め付けられるように痛い。わけが分からずしばらくその場で悶えていたが、痛みはやがて徐々に引いていった。

「……何か変な寝相でもしてたかなあ」

 ……確か俺の家系で、心臓に病気持ってるようなのはいなかったはずだし。
 やっぱり寝相かなあ……うーん。
 何かわからんけど調子悪いな……くそ。

 痛みにはかなり驚きはしたけど、それでも案外早くそれは消えてしまった。
 何やら今のことでばっちり目が覚めてしまったので、のそのそとベッド降りて、顔を洗いに行く。

 学生用の、小さなワンルームマンション。
 実家に比べてかなり狭いが、一人暮らしというのはなかなかに悪くない。
 日に日に冷たくなっていく水道水に顔をしかめながら、それでもタオルで顔を拭く頃にはすっきりしていた。それでもふわわと欠伸は出てしまうものだが。

 ――いつも通りで、変わりはない。
 もっとも、何となく全身が痛いような気がするのだが、恐らく昨日、徒歩で何時間も歩き回っていたせいだろう。
 単車を購入して以来、あまり歩いてなかったからなあと、しみじみ身体がなまっていたことを思い知らされる。

 昨夜は何の収穫も無く、今夜もまた歩き回るのだろうから、久しぶりに良い運動にはなるか。これ以上寒くなってからでは願い下げだが、今ならばまだ我慢できる。
 って。

「あー……そういや今日は飲みだったけか」

 昨日所長が言っていたことを思い出し、今夜は無理かもなと思いながら、俺は学校に行く用意を始めた。

     ◇

 大学の駐輪場。
 そこにバイクを止めて、俺はヘルメットを外す。
 ここの大学の駐輪場はけっこうしっかりしていて、そこそこ広い。しかも地下にあるおかげで雨の日でも停めてある愛車が塗れずにすむのはありがたいことだ。

 地下、ということもあって、ここは一日中陰気臭い。
 しかもバイクが通ると排気ガスが充満してけっこう喉が痛くなる。まあ、換気はしっかりしてるようだけど。
 と、駐輪場の昇降口を登りきったところで、一人の男の姿が飛び込んでくる。

 お?
 ……俺の知っている人だ。
 とはいえ大学の知り合いというわけじゃない。

「……何してるんだ? 東堂さん」

 俺が声をかけると、その体格のいい身体の男が、む? と振り返る。

「何だ。桐生か」
「そーだよ。んで俺の質問の答えは?」

 尋ねながら、俺はその場違いな人物を見やった。
 この人の名前は東堂肇。
 俺がバイトしている事務所の正所員のうちの、一人である。俺より四つか五つ年上で、興信所の中では一番若い所員だ。

「仕事に決まってるだろ」
「仕事って……。よその大学から、この大学の悪の部分を調査しろって依頼でも?」
「だったら俺もやる気になるんだがな。正義の探偵! みたいな感じで」

 どうやら違うらしい。

「じゃああれか。いつもの」
「そうだ」

 なるほど。
 俺はそれだけで納得した。

 うちの興信所で表向きの業務として、最も需要があるのは浮気調査だったりする。で、その浮気調査担当が、この東堂さんというわけだ。
 男か女か知らないが、対象がこの大学にいるらしい。

「ま、頑張ってくれ。俺、これから授業だし」
「少しは手伝おうとかいう気にはならんのか」
「俺はそっち系のバイトは請け負ってないし。素人がやったってしょーがないだろ?」

 俺は適当にはぐらかした。
 ……だって浮気調査なんて、地味で面倒臭くてしかも興味無いしな。

「ま、学生は勉学に励むんだな」

 そーするよ。
 俺は適当に手を振って東堂さんと別れると、授業のある教室へと向かった。


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