終ノ刻印

第10話 白昼夢

終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第10話

     /由羅

 ――痛い。
 痛くて……目が覚める。

 夜明けしていくらかたったせいか、部屋の中はすでに明るかった。
 いつもは殺風景な部屋。
 けど今は……滅茶苦茶だった。

 私が揃えた数少ない調度品が、あちこちに散らばって、中には砕けてしまっているものもある。
 数時間前にここに帰ってきた私が、暴れて壊してしまったものたち。
 痛くて、痛くて……どうしようもなくて。
 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 それでもやっぱり痛くて、たったの数時間で目が覚めてしまったようだった。
 恐る恐る……疼く左手を見てみる。

 あの時のことは、やはり現実。
 左の甲にはっきりと残った刻印。
 呪いの痕。

「……私、このままで」

 ふと自分を見れば、血に汚れたままの姿。
 こんな格好のまま眠ってしまったなんて、よほどどうかしていたのだろう。
 私はのそりと身体を起こすと、服を脱ぎ捨てて、シャワーを浴びに向かった。

 ――幸い、夜に比べればずっと……痛くなくて。
 何とか我慢できそうだった。

 浴室から出てきた私は、適当に服を着込む。
 冬に近いせいか、ずいぶん寒い。
 何も無い部屋だと、尚更だ。

「はあ……」

 溜め息をついて、もう一度左手を見てみる。
 どんなに洗っても消えない刻印。

「私って……馬鹿だなあ……」

 思わず声に出してしまう。
 相手はたかが人間だと思って、油断した。
 その代償が、この呪い。
 今は痛いだけだけど、この先どうなるか分からない。……本当に不安だった。

「何とかしないと……」

 ずっとこのままというのは嫌だ。
 今はあまり痛くないけれど、夜になったらまた痛みだす。そんな気がする。

 一生――永遠に。
 その言葉は、どうしてだか私をとても不安にさせる。
 覚えてもいない遠い昔のことが、蘇ってくるみたいで。

 ぶるっと、身体が震える。
 寒いし、不安だし、もう何だか泣きそうな気分だった。

 でもどうすればいいんだろう……?
 一番いいのは、これを施した人間に直接何とかしてもらうことだ。
 けれど、その人間はもういない。
 私が殺してしまったから。
 だから他に考えなくちゃいけない。

 考えて、思い至ったのは、やっぱりあの少女のこと。
 目覚めてすぐに会った、黒い少女。
 うん、そうだ。
 あの人ならきっと何とかしてくれそうな気がする。
 私がここに来たのも、元々といえばあの人を捜すことが目的だったわけだし。

 この部屋はというと、じっくり腰を落ち着けて捜すために見つけた、拠点みたいな所。もちろん家賃なんてものは払っていない。空いている部屋を見つけて、こっそりと使わせてもらっている。問題が起きたら、また別を捜せばいいだけだし。

 何とかなるかもしれない。
 希望的観測かもしれないけど、とりあえずはそう思うことができたことで、ホッとなる。

 よし。じゃあ頑張って捜さないと。
 あまり眠れていないけど、寝てる場合じゃないしね。

 私は自分自身に気合を入れると、さっさと身支度をすませて、早朝の町に繰り出すことにした。

 ――そこで、私はとんでもない奴を見かけてしまうのだった。

「な……」

 その光景に、私はひどく呆然となった。
 マンションから出てきたのは、あの人間。……昨夜の。

 ずきり、と痛む左手を押さえながら、しばらく馬鹿のように呆けてしまう。
 とりあえず希望をもって町に出た私は、何となく引かれるかのように、あの現場に戻ってみた。
 そこでいつもと違うことに気づく。

 いつもだったら人がいっぱい集っていて、大騒ぎになっているはずなのに――今日は、何も無かった。
 血痕は地面に残り、最初に殺した女の死体はまだ残っていたのに、あの男のものだけは忽然として消えていたのである。

 確かに殺したはずだ。
 身体中を痛めつけ、何より急所であるはずの心臓を、この手で握り潰したのだから。

 にも関わらず、死体は無かった。
 わけが分からなくなって、知らずその行方を捜してしまった。
 彼の血の臭いはよく覚えている。
 まるで白昼夢でも見ているかのような気分だ。
 でも私の左手には、ちゃんとあの刻印が残っているんだ。あれが夢なわけが無い。

 早朝から時間がたって、人がざわつき始める時刻になってようやく、突き止めることができた。
 本人を見つけたわけではなく、その残り香が最も強く感じられた場所――つまりあの人間が住んでいたであろうマンションの前まで来て、しばらく悶々としていたのだ。そして目を疑うこととなった。何と殺したはずの人間はぴんぴんしていて、まるで普通の様子でマンションから出てきたのである。

 彼が生きていること――あれだけ痛めつけたのに、どこも壊れていない身体。
 不思議なことは尽きなかったけれど、それ以上におかしなことに、私は気づく。
 本当に、それは不思議なこと。

「どうして感じないの……?」

 そのことこそが、最も衝撃的だったのかもしれない。
 理由は分からないが……明らかに違う。違う、のだ。

 知らず、私はその人間を見続けた。
 まるで、引き寄せられるかのように……。


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