終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第9話
/真斗
落ちこぼれ。
あまり認めたくないことではあったが、残念ながら俺はそういうレッテルを貼られてしまっていた。
俺自身は認めたつもりはなくても、周りの目は間違いなくそう言っている。
実際、自覚が無かったわけでもない。
「……相変わらず弱いな。お前」
挑んだ俺をこてんぱんにのしてくれたその少女は、後でそんなことを言ってきた。
「悪かったな。くそう」
不貞腐れたように引っくり返っている俺の傍まで来ると、そいつは何気なく横へと座ってくる。
「…………?」
何なんだと不審に思いながら、俺は視線をその少女に送った。
九曜家。
ここは俺がもっとガキの頃から通っている、塾のような場所。
もっとも習っている内容は、世間一般にある塾の中身とはかなり違う。咒法と呼ばれるものを初めとする、何やら胡散臭いものを教えている場所だ。
生徒となる人間は、生まれた時から決まっているらしい。そのほとんどが、この九曜家に何らかの縁がある者。つまりその方面の才能があるであろう者達のみだ。
俺も、その一人。
俺の家系――桐生家も、そういった妙なことに関わるお家柄だったらしい。
で、俺はガキの頃からこんな所に通わされて、時間さえあればそういった修練を積まされていたというわけだ。
ある程度の年齢になってくると、何をやってるんだろうなと思うわけだが、慣れというか何というか、違和感などは特に覚えなくなってしまっている。
問題があったとすれば――その、何だ。この俺がその中でやたら才能に恵まれていなかったということだろうか。
とりあえず一通りのことは覚えたものの、どうもしっくりこない。頭では分かっていても、うまく実現しない。
原因は単純―――ただの才能の欠陥。俺はその筋の家系に生まれはしたが、その方面の才能は大して持ち合わせていなかったらしい。
努力したんだけどなあ……それを認めるのが嫌で。
残念ながら、今の所はあまり報われていない。それが俺が、落ちこぼれである理由。
それでも一つ、幸か不幸か、そのおかげで知り合うようになった奴がいる。
今隣に無遠慮に座ってきた少女――こいつだ。
九曜家にいる俺と同じ年頃のお嬢様は、二人ほどいる。
そのうちの一人がこれだ。
さすがに九曜家直系の血筋を引いているだけあって、こいつは才能豊かだ。正直なところ、俺がどれだけ努力したって敵わないほどの才能を持っている。
が、面白いことに、こいつは俺と似たような悩みを持っていたのだ。
それが話すようになったきっかけ。
でなければお互い知り合うことなど無かっただろう。相手はこの辺りの大地主のお嬢様で、俺はその家に習いに行っているただの生徒。もちろん、俺以外にも生徒はいるのだから。
で、こいつ。
俺より幾つか年下のはずなのだが、態度は俺より上だ。
まったく年長者を何だと思ってやがる――と言いたいところだが、哀しいかな、所詮は実力社会。俺はこいつに勝てない以上、何を言われても我慢するしかない。――もっとも、あまりストレスに感じることはなかった。本当、不思議なことに。
「弱い弱いって言うな。俺だってけっこう努力してるんだ」
「けっこう……? 違う、これ以上ないくらいに」
「皮肉かよ」
「……違うけど」
才能の限界を揶揄されているようにも聞こえるが、実は違う。この少女はそんなことを言いはしない。
だってこいつも同じだから。
「……私はお前のこと、認めてるぞ?」
「そいつはどうも。でもなあ、いくら努力が認められても、結果が出せなきゃ意味がない。みんなそう言ってるぜ」
「……うん」
こくりと、頷く少女。
小学生らしくない、深刻な表情。
まったく……こんなガキの頃からそんなにませていていいんだか。
こいつは確かまだ九歳。俺はというと、中学生になったばかり。三つばかり年下だったけど、こいつの方が多分、あれこれ考えて生きている。
「別に、咒法にこだわらなくてもいいんじゃないか?」
出し抜けに、少女はそう言う。
「……なんだよ? いきなり」
「強くなる方法は、何も咒法だけじゃないと思うから……。例えば武器とか……そういう方面の修練を積めば、たぶん今よりもっと」
気を遣って言ってくれているのが分かって、何やら身体が痒くなる。どうも、俺はこういうのは苦手みたいだ。
「別に……強くなりたいわけじゃないんだけどな」
「……そうなのか?」
意外そうな、少女の声。
「まあね。単に俺は、周りの連中に負けたくないだけだからなー……。今のところ、かなり負けてるけど」
「……知らなかった」
「んー、そうか? お前は俺と同じだから、てっきり知ってると思ってたけど」
「同じって……」
言われて、顔を背ける少女。
こういうところは年相応で、分かりやすい。
こいつにも、ちゃんと悩みはある。
姉のことだ。
九曜家にいるお嬢様は次女であるこいつともう一人、長女がいる。歳は俺より確か一つ上。
……はっきり言って、デタラメに強い。
熟練した大人の咒法士ですら、そいつには手も足も出ないとか。
九曜家においても、間違い無く最も才能に恵まれているとか何とか。
そんな姉を持ったせいで困ったのが、次女の方である。
いわゆるコンプレックスだ。
負けないようにこっそりと努力し続けてきたのは、何も俺だけじゃない。この少女も同じ。
で、結果も同じ。
どんなに努力してもイマイチの俺と一緒で、こいつも姉には絶対敵わなかったらしい。歳の差がけっこうあるんだから、もう少し楽観的にしていてもいいんじゃないかと思うのだが、それでは納得いかないのがこいつの性格だ。
まあつまり――差はあるものの、俺たちはけっこう似ているわけで。
ちなみに出会いはなかなか素敵だった。
こっそりと練習しているこいつを偶然見てしまい、恥ずかしさに怒ったこいつに殺されかかったという、なかなか愉快な話である。
で、結局俺は一発殴られただけですんだ。
その時どうしてだかこいつは俺のことを知っていて。どうやらずっと前から俺がどこぞでこっそりと色々練習していた所を見ていたらしい。
まあつまり――それ以来の仲だった。
「ところでお前、今何習ってるんだ?」
何気なく聞いてみる。
俺と違ってずっと先のことまで習っている少女は、時々俺にも役立つような知識を持っていたりする。まあほとんどがちんぷんかんぷんではあるけど。
「……大したことじゃない」
「また変なことだろ」
意外にもあっさりと、少女は頷いた。
「刻印咒。実戦にはほとんど役に立たない、呪いのための刻印」
「ああ、知識としてだけってやつか。で、どんなの?」
刻印咒というのは、咒法の中でも比較的に扱い易い。すでに形式が定まっていて、その刻印さえうまく刻み込めれば、大体誰にでも使うことができるという。
もっとも刻印咒には契約が必要だとか。
すでに使える誰かに、伝授という形で契約を行わなければ、発動しないという。
これは一子相伝の特別なものもあれば、ねすみ算で増やせる汎用的なものやらと、色々あるらしい。
ちなみに俺は、一つも契約したことがない。
「……こんなの」
少女は手を伸ばすと、五指を使って砂の地面に上に何やら書き込んでいく。複雑なようで単純な、刻印。
何だかやけに禍々しく感じられた。
「おいこれって……」
「九曜家に伝わる、門外不出の刻印。自分の命を糧に、相手を呪うものだって言ってた」
「いいのか? 九曜の家の者以外に見せたらまずいんじゃないの?」
「別にいい。私、九曜のしきたりなんて、どうでもいいから」
姉へのコンプレックスが、いつの間にやらこの九曜家全体への妬みになってしまっているのが、今のこいつだ。
そのせいか、あまり自分の家のことを良く言わない。
「ふうん……。じゃあなんだ。俺も契約とかすれば、これ使えるようになるのか」
「……やってみるか?」
あっさりと提案してくる。
びっくりしたのは俺の方。
「あとで怒られるのは嫌だぜ?」
「黙っていれば分からない。それに私……もうしばらくしたらこの家を出るんだ。だから、お別れのプレゼントとでも思ってくれればいい」
「はあ?」
いきなりの発言に、俺は声を上げる。
家を出るって……ていうかプレゼントってのは何なんだ。
こんな見るからに物騒なもんもらったって……。
「外国に行くつもりなんだ。そしたらもう……帰ってこない。お前とも会えなくなる」
「……何でだよ?」
その質問に、そいつはしばらく答えなかった。
俺にその理由など分かるはずもなかったが、こいつが何か悩んでいることがあったとすれば、一つしかない。
姉のことだ。
「もしかして……家出ってやつ?」
「逃げるわけじゃない!」
ふと思いついて聞いてみると、即座に怒鳴り返してくれた。
どうやら家出で間違いないらしい。
「そんなにここにいるのが嫌になったのか?」
「……嫌になったっていうか、これ以上ここにいたら私が駄目になってしまいそうだから……。もっと別の場所で、強くなりたい。そしていつかは……」
ぽつり、ぽつりと少女は言う。
……俺が思っていた以上に、こいつはかなり思い悩んでいたらしい。
「まあ、いいんじゃないの。逃げるんじゃないんだったらさ」
「……でも、みんなは逃げたって思うかもしれない」
「思わせておけばいいだろ? 最後にびしって決めればさ」
そんな俺の言葉がどれほど役に立ったかは分からない。
ただ珍しく――そいつは笑ってみせた。
少し、嬉しそうに。
だからそうやって笑っていれば、歳相応なんだけどなあ……。
まったくもったいない。
それで結局―――俺はその時、餞別代わりということで、その物騒な刻印咒を少女から伝承契約してもらった。
本当ならば一生学ぶことの無い咒法。
できるようになったからといって、恐らく一生使うことのないもの。
その時にはその程度にしか思わなかった、些細な出来事。
だというのに何年かたって、まさか本当に使うことになるとは、その時は夢にも思わなかった。
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