終ノ刻印

第6話 深夜の死闘②

終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第6話

「今日は二人……それとももっと増えるのかな」

 そうつぶやいたところで。
 足元で倒れこんでいた女が、その場を脱兎のごとく逃げ出した。
 その突然の行動に金髪女の視線が逸れ、俺はなんとか身体の自由を取り戻す。――少なくとも、そのきっかけにはなった。

「――逃がさないよ?」

 くすりと笑って、女は軽く地面を蹴った。

「! おいっ……!」

 その女の迷わない行動に、俺は思わず叫ぶ。しかしそんなことなど、何の役にも立ちはしない。
 拳銃を向けたその時には、そいつは空高くに舞い上がっていた。
 十メートル以上――とても人間技じゃない!

「ち――くそっ!」

 相手の正体を確認することもなく、俺は再び引き金を引いた。
 あいつは――人間じゃない!

 二発――だがどちらも空しく虚空を突き抜ける。
 女は空中で僅かに振り向いて笑うと、そのまま地面へと落下する。――悲鳴を上げて逃げ惑う、女の背へと向かって。

 すぐにも嫌な音が響き渡った。
 地面に着地する音に混じって、肉を潰し、骨を砕く生々しい音が。

「てめぇ……っ」
「――こういうのも、あっさりしていていいかもね」

 完全に潰れ、血の滲んだ背中から足をどかしながら、女は顔色一つ変えずにそう口を開く。

 ――こいつだと、直感した。
 ここ連日起こっている、通り魔殺人の犯人は。

「それにお楽しみは、あなたでいいし」
「――言ってろ!」

 構わず、俺は銃を連射した。
 一発が女をかすめ、そのことにそいつは表情を喜ばせる。

「私に付き合ってくれるんだ。――楽しみ」

 そうささやいて、俺に向かって跳躍する。
 現在の弾倉には残り一発――そいつの接近速度はまともではなかったが、それでも撃ち出される弾丸ほどではない。
 俺は真正面からせまる女へと、躊躇い無く引き金を絞る。

 ――銃技に関しても、咒法と同じように九曜家で習ったことだった。他にも多種多様に習いはしたが、拳銃の扱いが一番であったことから、今でも銃を中心にしている。

 相手は女――だが。
 やらなければやられる。
 これは、そういう相手だ。

 放たれた弾丸――さすがにこれは、かわせない。
 そいつは身体を逸らしたものの、その一発は胸へと命中した。
 よろめき、失速するが――女はすぐにも体勢を立て直すと、再び地を蹴る。
 まともじゃない。

「化け物が――」

 舌打ちして、俺は即座に予備の弾倉へと変える。同時にその場から動こうとしたが、その時にはすでに、目前にそいつの姿があった。
 伸ばされた手を思わず銃で受け止めた瞬間、その信じがたい衝撃に暴発してしまう。

「――ほら。捕まったらさすがに終わりじゃない?」

 熱くなった銃身を素手で握り締め、女は笑う。どんな握力なのか、それは今にも銃を握り潰しかねないほどだった。

「…………っ!」

 眼前に、少女の顔が一杯に広がる。
 その整った容貌は、場違いなほどに美しかった。
 しかし、人間などではないのだ……断じて。
 細い指が、俺の顎に触れる。

「――もう終わり? 思ったよりつまらないわね」
「――そりゃどうも」

 ジャッ……、と鈍い音が、二人の間でした。
 こっそりと左手で隠し持っていたナイフが、女の服と身体を切り裂いた音。
 そして間髪入れず、逆手で持ったそのナイフを胸へと突き立てやる。
 飛び散る赤いもの。

 ――さすがに、少女の顔が変わった。
 その瞬間、俺はわけも分からず吹き飛ばされていた。

「ぐ……あ……っ」

 壁に叩き付けられ、激痛に苦しみながらも何とか起き上がろうとして――気づく。左肩から下がまったく動かないことに。

「い……きなりこれかよ……」

 見なくとも分かった。
 完全に左肩が砕けてしまっている。
 ほんの今、女が振り払うようにした拳に触れただけで。

 バキン、と音がする。
 見れば、引き抜いたナイフを女が片手でへし折った音。
 この女は、常軌を逸した怪力の持ち主のようだった。なるほどこれならば、素手で人間をバラバラにすることなど簡単かもしれない。

 ……冗談じゃない。あんな風にされてたまるか。

「……ちょっと、今のは痛かった」

 不機嫌な顔になりながら、そいつはナイフを放り捨てた。

「……そりゃざまぁねえな。なめてるからさ」

 壁に体重を預けながら何とか立ち上がり、皮肉げに笑ってやる。
 こんな状況下でも強がりが言えるのは、普段からの性格のたまものだろう。もちろん虚勢だ。どうせ逃げられやしない。だったら減らず口でも叩いておかないと、やってられない。

 そんな俺の様子をまじまじと見て、女は小首を傾げてみせた。

「ふうん……。怖くないの? 私のこと」
「誰が。そんな外見してて、どこを怖がれっていうんだよ」

 ――もちろん、そんなことは嘘だ。
 じろりと睨んで尋ねてくる女は、今までに感じたことのない殺気の持ち主で、総身に粟立つのを止められやしない。
 その内面的な恐ろしさの前には、外見など何の意味も無かった。
 いや――そんな姿をしているだけに、余計に残酷だ。

「……やっぱりお前か? ここ最近の殺しは」

 時間稼ぎのつもりではなかった。ただ、確認しておきたかっただけで、聞いてみる。

「そうよ」

 悪びれなく、そいつは頷いた。

「動機はなんだよ」
「動機? そんなの」

 くすりと笑われる。

「踏み躙りたくなるの。人間を見ていると」


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