終ノ刻印

第5話 深夜の死闘①

終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第5話

  /真斗

 毎夜の通り魔のせいで、この地区に限らず京都市一帯では注意が喚起されている。
 人々の大半は警戒しているはずなのだが、それでも不用意に夜の町を歩く者はいなくならない。
 警戒しながらも、自分がその対象になるかもしれないとは、誰もが心から思っていないからだろう。確かに低い可能性だろうが……。

 それにも関わらず、だ。

「……まったく」

 その少ない可能性にすがって、深夜の町を歩き続けて一時間。
 時刻は午前四時。

 十一月にもなると夜明けは遅くなるが、だからといって人々の出勤時間も遅くなるというわけでもない。
 五時半くらいになれば早い人ならば出勤を始めるし、重要路線の市バスも動き出す。
 つまりあと一時間ちょっとくらいの間でしか、完全に人目につかない犯行というのは難しい。

 もっとも今まで通りに屋外で行われるとも、同じ現場付近で行われるとも限らない。それにもしかすれば、すでにどこかで終わってしまっているかもしれない。
 一番確実なのは、犯人が俺を対象に選ぶことであるが、正直選ばれたくなどないし、可能性としてもかなり低いだろう。

 やはり何日もかかるか――そう思い始めた矢先、だった。

「――――」

 角を曲がったところで、ふと足を止める。
 何かが聞こえたわけではない。
 ざっと見回すが、不自然なところは特に見られない。――それでも、違和感があった。

「……なんか変だな」

 初め自分は左に行こうとしていたのだ。にも関わらず、気づくと右に曲がってしまっていた。
 ぼうっとしていたからだろうか。いや……そんなはずはない。
 自分は今、左に曲がったつもりで右に進んでいたのだから。

 まるで何かに化かされたような気分が、何かを訴えかける。
 これはおかしい――と。

「もしかしてもしかするかも……な」

 つぶやいて、俺は思い切って百八十度方向転換した。
 行くはずだった左の道へと、進路を変える。

 俺が九曜家で今までに習ったもののなかに、咒法というものがある。日本風にいえば調伏ノ法といった法力のようなもので、魔法じみた力のことだ。

 日本独自に発達したものもあるが、西洋で発達したこの咒法は少なからず日本にも伝播している。
 九曜家には十六世紀にはすでに伝わっていたといわれ、日本の中では特に深く、西洋の術に精通しているという。

 そのせいか、俺が習得したものもどちらかというと、西洋のものに近いものだった。
 そういった咒法の中には、簡単な精神支配に関わるものもある。精神支配といっても洗脳に至る高度なものから、暗示程度の簡単なものもあるのだが、もしかするとその暗示が――つまり人避けの類のものが施されているのではないかと、疑ったのだ。

 咒法について深く習熟した者には効きにくいらしいが、俺にしてみれば何となく違和感を覚える程度だった。うっかりしていれば、見逃していたかもしれない。
 もっともただの思い過ごしなのかもしれないが……。

 そこから更に数十メートル進んだところで。
 いきなり悲鳴が上がった。

     /由羅

 近くに民家が無いわけではない。
 しかしこれだけの悲鳴が響いても、誰も不審がって覗こうとする者はいないようだった。
 まあ誰かが嗅ぎ付けてきたところで、特に困ったことじゃない。愉しみが増えるだけだもの。

 頬を切り裂かれて血に染めていたその女は、ガチガチと全身を震わせて、自分の首を掴んでいる私へと心底の恐怖を表明していた。
 そんな様子に、私は微笑する。
 そう……そういう表情を、私は見たいんだから。

 私の手はその人間の女の首へと伸びており、少し力を込めれば首の骨など簡単に握り砕くことはできたが、そうはしなかった。
 殺すことなど簡単であったが、別段それが目的というわけでもない。――それに至る過程こそが、愉しみなのだから。

「――――?」

 これからというところで。
 何かが、首へと伸びた手を貫通した。
 穿たれた穴からは鮮血が塗れ、痛覚が不快な感覚となって伝わってくる。

 どさり、と掴まえていた女を地面に落とすと、私は周囲に視線を巡らす。
 そして。
 こちらに何かを向けている男と、目が合った。

     /真斗

 サイレンサー付きの拳銃から、風に揺られてゆっくりと硝煙が流れていく。

 ――手を出すつもりは無かった。
 あらかじめ予想していた後悔を覚えながら、俺は相手に向けた銃口を逸らすことなく、相手を正視する。
 その少女はきょとん、とした表情で、こちらを見返してきた。

 ……銃で撃たれた反応がそれかよ。

 苦々しく、思う。
 まだ二十歳には届いていないだろうと思われるその女は、淡い色をした長い髪の持ち主で、アイスブルーの瞳でこちらの姿を映している。
 その両手は自らの血と他人の血とで、赤く染められていた。

 おいおい……。

 その光景に、背中に冷や汗が流れ落ちるのを感じる。
 今回の犯人は、どんなイカレた野郎かと思っていたのだ。人間にしても、そうでなくても。
 しかし実際は、こんな少女ときたものだ。

 淡くて長い髪を、真っ直ぐに下ろしている少女。
 こんな闇夜にでも良く映えている、アイスブルーの瞳。

「ああ、くそ」

 女の容姿とは裏腹に、俺は手を出してしまったことを激しく後悔し始めた。
 そして身体が訴えてくる。

 ……はやくにげろ、と。
 この女はまともじゃない……!

 しかしまるで金縛りにあったように、動けなかった。女のその瞳がこちらを映している限り、永遠に動けないのではないかと思うほどに。

「ふうん……こういう日もあるんだ」

 口を開いた女は、傷口を舐めながら面白そうに言った。


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