終ノ刻印

第3話 依頼

終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第3話

「まあ連中も仕事だからな」

 連中というのは、当然ながら警察のことだろう。

「あと二枚あるって言ってたよな? もしかして、最近市内で起こってる通り魔事件か?」
「察しがいいな」

 所長は頷くが、どうにも釈然としない。

「そんな派手な事件だったか? 確かに全国版のニュースにはなってたけど、こんな酷いとは言ってなかったぜ」
「ああ。こりゃあちと酷すぎてな。多分正確な殺害状況はマスコミに流さなかったんだろ。まあ惨殺死体って程度に説明したんだろうさ」

 ――確かに間違いではない。あれは言葉通りのものだった。もっとも一般人がその言葉から想像する範疇を、軽く凌駕してしまってるけど。

「んで? どーやったらあんなのが仕上がるんだ? まるで獣か何かに食い散らかされたみたいだったけど」
「だったらまだいいんだがな」

 溜息をついて、所長は机の上のタバコに手を伸ばす。――嫌煙家の俺に睨まれて、すぐに手を引っ込めた。
 ……まったくこんなもんのどこがうまいんだか。

「ありゃあ人間の仕業だよ。誰だか知らんが素手でやりやがった」
「……人間ねえ」

 しかも素手って。

「腕を引き千切る時についたと思われる手形は間違い無く人間のものだそうだし、臓物を踏み躙った跡にはくっきりと靴跡が残ってるってよ」
「どんな人間だよそれ」
「おれも知りたい」

 ……確かに人間が人間を殺すことは可能だ。道具を使えば比較的簡単であるし、素手でもまあできないことは無い。
 しかし写真にあったほどまでに、徹底的に破壊するとなると――しかも素手で――話は違ってくる。

「人間だけど、人間じゃないってか?」

 だとすると、俺が呼ばれた理由も何となく頷けた。

「さてな。ただまあ、その可能性は大いにありってことなんだろう。何せ、久しぶりの非公式の依頼だからな」

 柴城興信所。
 普段はしがない探偵稼業を営んでいるのであるが、時折正規のルート以外からも仕事が舞い込んできたりする。
 今回もその一つで、非公式に府警よりきた依頼だった。
 もちろんその特性から、まっとうな事件に依らないものがほとんどであるが。

「……何か気が乗らねー……」

 正直それが、今の俺の心境。

「そう言うな。内容は何も犯人をとっ捕まえて来いってわけじゃないんだ。とりあえず現場を押さえて、相手の正体を見定める。依頼内容はそれだけだ」
「……なるほど。んで相手がはっきりしたら、また別ルートで処理なり何なりを頼むってわけか」
「まあそんなとこだ」

 そうか。意外とマシな依頼内容のようだ。
 確かに危険ではあるが、事に及ばないのであれば、今まで扱ったものに比べて随分いい。

 とはいうものの……やっぱり気乗りしなかった。
 はっきりとした理由は分からなかったが、漠然とした何かが、受けることを思い留まらせている。

 嫌な予感……てやつかなあ……。

「……その程度だったら、別に俺じゃなくてもいいんじゃねえの?」
「うちの二人もまあ……そこそこ腕は立つけどな。けど三級止まりだ。いざって時はお前さんに頼っておきたい」
「俺だって二級だぜ。大して変わるか」
「馬鹿言うな。九曜の本家にいたんだ。ある意味エリートだろうが」
「エリートねえ……」

 そう言われて、俺は我知らず溜息を洩らしてしまっていた。

 それはともかく、所長はいつもに比べてかなり慎重のような気がする。今回の事件・依頼を、軽く見ていないのは確かだ。
 確かに……あんなことするような奴が、安全なわけないか。

 つい写真を思い出してしまって、顔をしかめてしまう。
 あんなことが本当に素手でできるのならば、よほどの怪力の持ち主であるだろうし、何よりまともな精神をしているとも思えない。

「……まあいいや。受けるぜ、その仕事」

 結局、受けてしまった。
 断る明確な理由が思いつかなかったからというのが、引き受けた理由。最近この手の仕事は無かったし、たまに受けておくのは決して悪い話でもないのだが……。

「ただやばいと思ったら、すぐ逃げるぜ?」
「ああ。そうしろ」

 一応念を押しておくと、意外なほどあっさりと、所長は頷いた。
 思わず不安になる。

「……そんなあっさり言われると、期待されてねーみたいで傷つく」
「傷ついてもいいから無茶はするなよ。何かあったらおれも困るんだ」

 軽く茶化してみても、所長の態度は変わらない。
 それだけ厄介ってことか。まったく……。

 しかし何といっても時には命に関わる仕事である。今回の依頼内容からしても、接触すら危険と所長が判断していても不思議じゃないか。
 つうかそんなもんをバイトの俺にさせんなって言いたいけど、これもまあ将来のためってやつだ。

「……ああそうだった」

 考え込んでいる俺へと、所長は不意に思い出したように口を開いた。

「明日から新人が来るんだ」
「新人?」

 オウム返しに聞くと、所長はああと頷く。

「何でも関東の方のご令嬢だとさ。計都
けいと
から面倒みてくれって、昨日連絡があってな」

 ……ご令嬢ね。そういや地元でもそんなのがいたかな。

「――所長は見たことないのか?」
「突然だったからな。だがまあ一人増えたからって金に困るわけでもないし。それでだ。一応明日の夜に歓迎会でもしようって思ってるから、お前も来い。上田は風邪でぶっ倒れてるから、所員は俺と東堂しかいないんだ。さすがに三人じゃ寂しいからな。お前も付き合え」
「……どうすっかなあ」

 いきなり言われても困るって。
 俺は別にここの所員というわけではない。しかし時折顔を出すわけだから、その新しい所員と顔を合わせておくのも悪くはないだろうけど。
 まあ、いいか。

「わかったよ。明日の夜だろ? 一応空けとく」
「ちなみに割前勘定だ」
「……降りるぞこの仕事?」


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