終ノ刻印 第一章 血染めの千年ドラゴン編 第2話
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京都市北区。
京都といえば碁盤の目に区画整理された町並みが有名であるが、それも町の中心部のみといっていい。
東西南北いずれにしても、中心から外れていくほど道は真っ直ぐではなくなり、分かり辛くなっている。
柴城興信所は、そんな入り組んだ道の果てにあった。
閑静な住宅街の外れにあり、すぐ近くには山が迫っている。いかに京都市内とはいえ、さすがに辺鄙な場所と言わざるを得ない所だ。
とはいえ田舎出身の俺にしてみれば、それでも充分に都会であり、交通の便もいい。この道の狭さは確かに問題ではあるが。
「……ふう」
単車のエンジンを切って、ヘルメットを脱ぐ。
車の使い勝手の悪い京都では、とかく単車が役に立つ。通学に単車を使っているので、そのまま大学から真っ直ぐにここへと来た。
下宿先はここから近いのだが、まあ寄る必要はないだろう。
「うすー」
バイクから鍵を抜いて、柴城興信所と書かれた建物のドアを開けて入った。
外見の建物の割に内装は小奇麗であり、使用者の性格が何となく窺えるというものである。
「なんだ? 真斗、お前授業じゃなかったのか?」
所長の机に座っていた三十代くらいの人物が、入ってきた俺の顔を見て意外そうに声を上げる。
「さぼってきたんだよ。どうせ暇だったし」
「そんなことしてると単位落とすぞ?」
「そんなヘマしねえって。一応これでも要領はいい方なんだ」
大学の授業をさぼる者は少なくない。それで単位を落とすかというと、そういうわけでもないのである。授業によってはだが、中には一、二度顔を出すだけで単位がもらえるものもあったりするのだ。
どの授業を受けてどの授業を受けないか――その辺りの要領がいいと、大学では楽をする。勉学に励む者達からすれば、不謹慎な話かもしれないが。
まだ大学に入ってから一年目で、現在は秋期であるが、春期にはほとんど単位を落とさずにすんでいる。
さすが俺。
……まあ大して威張れることでもないのだが。
まあいいけどな、とこの興信所の所長である柴城定は頷いて、椅子を軋ました。
所長はまだ三十になったばかりのはずだが、無精髭のせいでどうにもぱっとしない。身なりさえ整えれば、そこそこの風貌なのだが。
「んで? わざわざ俺呼ぶとこみると、あっちの事件か?」
この興信所には所長を含めて三人が働いているのだが、出払っているのか何なのか、今は所長しかいない。
そういうわけで、俺は特に気にせずその話題を持ち出した。
「さあてな。おれにもよくわからん。ただ物騒なネタには違いないな」
珍しく曖昧な様子で、そんな風に言う。
所長は机の引出しから何やら取り出すと、俺の方へと手渡してきた。
「……写真?」
裏返しに渡されたその表を返そうとしたところで、所長の声が滑り込んだ。
「けっこう酷いぞ。まあお前さんなら大丈夫だとは思うが」
酷いって……げっ!
不審に思いながらもその写真に映し出されたものを見て――俺は思い切り顔を歪める。
……何を根拠に大丈夫だってんだ。
「……おい……俺に飯食うなってか?」
「だから酷いって言っただろ。ちなみに後二枚あるが、見るか?」
冗談じゃない。
「同じようなのならお断りだ」
「そりゃ残念。同じホトケさんのじゃないが、まあ似たようなものだからな」
所長は肩をすくめると、返してもらった写真をさっさと引出しの中に閉まってしまう。
どうやら所長もまた、写真をなるべく見ないようにしているようだった。まあそりゃ当然か。あんなもん好き好んで見てるようだったら、俺は縁切ってやる。
「……何か飲むか?」
「いるか」
俺はにべも無く突っぱねると、手近な椅子にどさりと座り込んだ。
「で、何なんだよ。今の」
「言っただろ。ホトケさんさ」
思い出したくねーと思いながらも、たった今見た写真の内容を、ぼんやりと思い浮かべてしまう。
初めは真っ赤で何が何だか分からなかった。赤い水溜りの中に、何か生々しいものが散らばっていて、それが人間の残骸だということに気づいたのは、二秒ほどたってからのことだったと思う。
きっと脳が勝手にそれが何であるか理解したくなかったのだろうと、適当に納得しておいた。正直なところ、最後まで何であるのか理解できなかった方が良かったのかもしれない。
それが人間だったもの、と分かった瞬間に、見事に胃袋が悲鳴を上げてくれたのだから。
引き裂かれ、潰れたそれらは確かに人間を構成していたものの一部。それらに飛び出たものが絡まっており、更に赤いものがぶちまけられたような惨状は、とても正視に耐えるものじゃ無い。
まだ写真越しだったから良かったようなものの、これが現場でまともに見てしまったらと思うと――
「……よく撮るよな。あんなの」
まったく正気の沙汰じゃないな。気持ち悪い……。
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