信長の野望

柴田勝家【信長の野望・大志の武将能力で見る麒麟がくる】第23回

 大河ドラマ『麒麟がくる』の登場人物を、信長の野望シリーズ「大志」の武将能力から見てみようのこの企画。
 第23回は、織田信長家臣にして、織田家随一の猛将、柴田勝家その人から。

柴田勝家とは

 柴田勝家といえば織田家の重臣であり、無骨な性格で知られ、その武勇から鬼柴田、かかれ柴田などとも称された人物である。
 本能寺の変で主君・織田信長が明智光秀に討たれて横死すると羽柴秀吉と対立し、賤ケ岳の戦いの敗戦後、越前北ノ庄城にて自害して果てた。

 柴田勝家の生年ははっきりとは分かっていないものの、1522年(大永2年)の生まれであるとされている。
 その出自もよく分かっていない。

由羅
由羅
勝家ってば織田家の中じゃ有名な人物なのに、どういう出自の人なのかは意外に知られてないんだよね
そのあたりはどうしても、な。明智光秀ですら、出自はよくわかっていないくらいだからな。父親は柴田勝義とも言われているが、これもはっきりとはしないらしい
色葉
色葉

 勝家は織田信秀に若い頃から仕え、その信秀が死去し、子の信長が家督を継承した頃にはすでに、織田家の重鎮の一人になっていたといわれる。
 信秀の死後、信長の弟である織田信勝に家老として仕えたという。

由羅
由羅
最初から信長に仕えていたわけじゃないんだね
最初は信長ではなくて、信勝に家督を継承させたかったみたいだな
色葉
色葉

 勝家は信勝を織田家当主にすべく信長の排除を試みるが、稲生の戦いにて信長に敗れ、降伏している。
 赦免された勝家は以降、信長を認め、逆に信勝を見限ることになった。

由羅
由羅
勝家に見限られたのに、信勝はこのあとまた謀反を起こそうとするんだよね
そう。おかげで勝家に密告された挙句、仮病を装った信長におびき出された信勝は河尻秀隆に殺害されてしまうわけだ
色葉
色葉
由羅
由羅
これって斎藤義龍が使った手だよね。信長でもこういう二番煎じしてたんだ

 勝家は信勝死後、信長に仕えるようになる。
 しかし信勝に与していたこともあってか、しばらくの間信長に重用されることはなかったという。

勝家が活躍し始めるのは、だいたい十年後、上洛戦のあたりからだな
色葉
色葉
由羅
由羅
これって光秀と似ているよね。光秀もちょうど似たような期間、何してたかよくわかんないし
地道に信長の信頼を得るように頑張っていたんだろうな
色葉
色葉

 1570年(元亀元年)には、信長の義弟・浅井長政が離反。
 この時勝家は長光寺城に配置され、六角氏と戦っている。
 また同年6月の姉川の戦いにも従軍した。

 織田勢は姉川にて朝倉・浅井連合軍を破り、その後摂津にて三好三人衆た石山本願寺と戦うことになるが、その隙を狙って朝倉義景や浅井長政が京を目指して進軍。
 勝家は信長に進言して急遽軍を返し、朝倉・浅井連合軍と対峙して、いわゆる志賀の陣となった。

 1571年(元亀2年)には長島一向一揆鎮圧に従軍。
 また同年9月には、比叡山焼き討ちに参加した。

 1573年(元亀4年)には、室町幕府将軍・足利義昭と信長は対立し、勝家もこれと戦うことになる。
 7月には義昭は槙島城に立て籠もり、その側近であった三淵藤英は二条城に立て籠もって徹底攻勢の構えを見せたものの、勝家は藤英を説得して二条城を開城させている。

由羅
由羅
三淵藤英って、細川藤孝のお兄さんなんだよね
『麒麟がくる』でも登場しているが、『信長の野望』では未登場だな
色葉
色葉

 その後、勝家は槙島城総攻撃にも参加し、義昭を降伏させた。
 これにより室町幕府は滅亡する。

 1573年(天正元年8月)の越前朝倉氏を攻めた一乗谷の戦いや、浅井氏を滅ぼした小谷城の戦いにも参加している。

 同年9月には、第二次長島一向一揆攻めに従軍。
 また1575年(天正3年)には甲斐の武田勝頼との決戦である、長篠の戦いにも参加した。

 朝倉義景が滅びた後の越前国は、その後越前一向一揆の蜂起により、織田家はこれを失陥してしまう。
 信長はこれを殲滅すべく越前国へと入り、平定。
 その後の越前国を、信長は勝家に委ねることになる。

由羅
由羅
朝倉氏の時代は越前の中心は一乗谷だったけれど、勝家になってから北ノ庄になったんだよね
いわゆる北ノ庄城も、勝家の手によるものだな
色葉
色葉
福井城【北ノ庄城・柴田神社】 福井城とは現在の福井県福井市にあった平城。江戸時代において、越前松平氏の居城、城下町として栄えた。本丸と二の丸の縄張りは徳川家康のもととして伝わる。現在では本丸と石垣と堀を残して、二の丸や三の丸は消滅し、市街地となっている。また本丸跡には福井県庁舎が建つ。越前松平氏による前に、柴田勝家によって築城された北ノ庄城についても併記する。...

 その後勝家は北陸方面軍司令官となって、前田利家、佐々成政、不破光治といった与力らと共に、90年間ほど一揆の国であった加賀国を平定。
 これに対し、越後の上杉謙信が加賀国まで進軍。
 いわゆる手取川の戦いが勃発し、勝家は惨敗を喫したといわれている。

 いったん敗北した勝家であったものの、1578年(天正6年)には謙信が死去。
 さらに本願寺と織田家が和睦したことで、北陸方面の織田家の勢いは増し、加賀国を平定して越中国にまで進出した。

 それまで織田家筆頭であった佐久間信盛が失脚すると、勝家は丹羽長秀と共に織田家の筆頭家老になる。

 その後、越中国では魚津城を巡って上杉勢と戦い、これを落とす。
 だがその時、京では本能寺の変が勃発して信長が横死してしまう。
 勝家は事を知ると全軍撤退して北ノ庄へと帰り、謀反人である明智光秀を討とうとするが、羽柴秀吉の中国大返しにより、勝家が近江に入った頃にはすでに光秀は討たれた後であった。

 その後清州会議を経て、光秀を討った秀吉と勝家の立場が逆転してしまう。

由羅
由羅
この頃だよね。勝家が信長の妹であるお市を正室に迎えるのは
あくまで一説だが、勝家の不満を抑えるために、秀吉が根回しした……ともいわれているな
色葉
色葉

 その後、織田家中は重臣達の権力闘争の場となり、勝家は秀吉と対立。
 ついには賤ケ岳にて一戦に及び、秀吉の美濃大返しにより勝家は敗れ、1583年(天正11年4月24日)、北ノ庄にて自害したという。

麒麟がくるでの柴田勝家

由羅
由羅
『麒麟がくる』では織田家譜代家臣、柴田勝家として、下記のように紹介されているよ。演じるのは安藤政信!
織田家譜代の家臣。通称・「権六(ごんろく)」。信長の弟・信勝暗殺に、信勝の家臣でありながら加担する。NHK大河ドラマ『麒麟がくる』

信長の野望・大志での柴田勝家

柴田勝家(しばた かついえ)
基本能力
統率91
武勇93
知略81
内政65
外政68
その他能力
忠勇無類
気質勲功
格付A
野心8
個性攻城達人 民衆統制
戦法鬼柴田 猛攻
作戦全軍突撃

由羅
由羅
さすが織田家随一の猛将! 統率、武勇は90台!
知略も80台と、ただの猪武者ではない、という評価だな
色葉
色葉
由羅
由羅
政治方面の能力も、まずまずなんだよね。内政や外政が60台だし
越前八郡を与えられただけのことはある、ということだな
色葉
色葉

まとめ

由羅
由羅
勝家は織田家の重臣ということもあって、いろんなドラマに登場しているよね
確かに大河ドラマだけを見ても、かなりの登場回数だぞ
色葉
色葉
由羅
由羅
キャスとメッセージにもあったけど、勝家といえば線の太いイメージだけど、『麒麟がくる』の柴田勝家はスマートな感じで、新しいイメージだよね
そうだな。どういう描かれ方をするのかは、注目したいところだ
色葉
色葉
由羅
由羅
あと、同じ織田家臣でも、勝家って光秀と絡むシーンがあまり想像できないというか、今までもあんまり無いというか。『麒麟がくる』ではどうなるのかな?
あれだけの戦歴があって、光秀と一緒に戦っていることも多いから、これまであまり描かれなかったそういう絡みにも期待したいところだな
色葉
色葉

 前回の第22回・朝倉義景はこちらから⇓

朝倉義景【信長の野望・大志の武将能力で見る麒麟がくる】第22回大河ドラマ『麒麟がくる』の登場人物を、信長の野望シリーズ「大志」の武将能力から見てみようのこの企画。第22回は、主人公・明智光秀が美濃脱出後に仕えたとされる、越前の戦国大名、朝倉義景その人から。...