大河ドラマ『麒麟がくる』の登場人物を、信長の野望シリーズ「大志」の武将能力から見てみようのこの企画。
第5回は明智光秀の主君・斎藤道三が仕える美濃国守護・土岐頼芸その人から。
土岐頼芸とは
土岐頼芸といえば、戦国時代の守護大名というよりは、文化人としての知名度の方が高い人物である。
特に鷹の絵が得意であったようで、これらは土岐の鷹として珍重。
土岐冨景、土岐洞文といった同族の画家も、実は頼芸ではなかったかと考えられている。


頼芸は土岐政房の子として1502年(文亀2年)に誕生した。
当時はすでに守護家である土岐家に代わって、守護代家の美濃斎藤氏が台頭していたが、権勢を誇っていた斎藤妙純が近江で戦死し、土岐家だけでなく斎藤家もまた、不安定であったといえる。


頼芸は次男という立場ではあったが、その土岐家の家督を巡って兄・頼武と対立。
買ったり負けたりを繰り返すことになる。
最終的には道三などを重用して実質的な美濃守護となるも、今度は兄・頼武の後継者で頼芸の甥に当たる土岐頼純と対立するなど、美濃国は争乱の様相を呈したという。




そんな頼芸であったが、次第に道三と対立。
最終的には道三に美濃国から追放されることになる。






ちなみに甲斐武田氏は、織田信長による甲州征伐によって滅ぼされ、その際に頼芸が見つけられたという。
そして元斎藤家臣で当時は織田家に仕えていた稲葉一鉄のはからいによって美濃へと帰国し、1582年(天正10年12月4日)に死去した。




麒麟がくるでの土岐頼芸


信長の野望・大志での土岐頼芸
統率 | 43 |
武勇 | 30 |
知略 | 68 |
内政 | 61 |
外政 | 66 |
志 | 所領拡大 |
気質 | 芸道 |
格付 | B |
野心 | 4 |
個性 | 間者諜報 都市計画 |
戦法 | 足止め 回避 |
作戦 | 神出鬼没 |




気質は芸道で戦国武将というよりは、まさに文化人。
格付けはもしかして落胤かもしれない斎藤義龍よりも高いB。これまた意外。守護家の血筋の力か。
まとめ










次回の第6回は織田信長の父、織田信秀。その評価は如何に?
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