朝倉天正色葉鏡

第263話 六月二日

朝倉天正色葉鏡 本能寺之編 第263話

     /色葉

「う~、妾も行きたかったのに……」

 一乗谷を発つ日、最後まで乙葉が駄々をこねてくれた。

「乙葉様は加賀にて十二分に、姫様に相手をしていただいたはずです」

 わたしと同行する雪葉などは、我がまま言うなとばかりにそんなことを言っている。

「でも、あれ、昨年のことだし……」
「では今年はわたくしの番ですね」
「うう~……」

 昨年の加賀への小旅行は、雪葉もしっかりついて来ていたのだけど、乙葉を気遣ってずっと大人しくしていたのも確かである。

「乙葉、雪葉には仕事もある。別に遊びに行くわけじゃない」
「わかってるけど……」

 雪葉は同行する家康の護衛と情報収集をかねて、京に着いた後は堺に向かうことになっていた。
 摂津大坂には織田信孝の四国征伐の軍勢が集結しつつあり、これを検分する目的である。

 一時的とはいえわたしから離れることに雪葉は難色を示したものの、わたし自身が足を伸ばすよりもいいと考えたようで、そういうことになったのだった。
 それにわたしの護衛には直隆と隆基がつくので、とりあえずは大丈夫だろう、ということでもある。

 ちなみに直澄は乙葉と一緒に一乗谷で留守番だ。
 そして今回、京に向かう面々はかなりの少人数である。

 京に向かうのは西国攻略指揮の為の大本陣を置くためであり、北ノ庄では家臣どもがその準備の真っ最中であり、もう少し時間がかかるため、先に行って征夷大将軍の件を片付けておこう、という算段だ。

 徳川家康も同行し、家康などは信孝の軍勢の検分を名分に堺見物と洒落込みたいらしく、特に問題も無かったので許可していた。

 ああ、ついでに穴山梅雪も家康に同行するらしい。
 とっとと伊豆に帰れと思わないでもなかったが、一人になってはわたしに暗殺されるとでも恐れたのだろう。どうも家康の傍から離れたくないらしい。
 目ざわりだけど、家康が頼むものだからしょうがない。

 ちなみに織田信忠は一足先に上洛し、大坂に向かって信孝に会って陣中見舞いをしてから、再び京に戻って来るとのことだ。
 ともあれそういうわけで、京に向かうのはわたしに晴景、家康、梅雪らと、その他最低限の護衛と家臣のみとなった。

 今回、朝倉方として動員令がかけられた主要な家臣は領国に戻り、兵を集めているし、大本陣に入る幕僚となる主要な家臣連中は、遅れて京に到着する予定である。
 わたしは皆が揃うまで、京見物だ。

「もう少し、遅れても良かったのではないですか?」

 などと水を差してくるのは、同行することになっている貞宗である。

「久秀が宴会の準備をして待ってくれているのに、遅れろと言うのか?」
「はあ」

 何だ、その呆れ顔は。

「色葉様は相変わらずお酒がお好きなようで」
「お前も飲ますぞ貞宗」
「遠慮しておきます」

 つまらん奴め。

「……姫様、時間はたっぷりあるのですから、ゆっくり京に参りましょう。急いではお疲れになります」
「ん、まあ、そうだな」

 ここは素直に雪葉に頷いておく。

「お酒もお控えになった方がよろしいかと」
「それは嫌だ」
「…………」

 あ、ちょっと睨まれた。
 気づかなかったことにしよう。

「では乙葉。行ってくるから留守番と、小太郎と朱葉のことを頼むぞ」
「うん……」
「しょんぼりするな。土産は買ってくる」
「姉様、気を付けて」

 手を振る乙葉に手を振り返し、わたしたちは一乗谷を出、晴景の待つ北ノ庄へと向かった。

 思えばこれが。
 乙葉との最後の別れになったのである。

     /

 天正十一年五月二十一日。

 先行していた信忠がまず上洛し、宿所である妙覚寺に入った。
 その後すぐに大坂に向かい、信孝と対面することになる。

     ◇

 五月二十六日。

 近江坂本衆を引き連れた明智光秀は、同じく動員のかかっていた丹波衆を率いる松永久通と合流。
 丹波亀山城に入った。

     ◇

 五月二十七日。

 光秀は城国愛宕山にある愛宕権現に参拝した。
 愛宕権現には軍神信仰があり、特に戦国時代には武士の信仰を集めていたとされる。

     ◇

 五月二十八日。

 光秀は愛宕山五坊の一つである威徳院西坊にて連歌の会を催した。

 ときは今 天が下知る 五月哉

 この連歌会にて発句を担当した光秀が呼んだ句である。

     ◇

 五月二十九日。

 色葉をはじめとする一行が上洛。
 晴景は二条城に入り、色葉は本能寺を宿所としてこれに入った。

 色葉が二条城に入らなかったのは、晴景を立てるためである。
 家康は梅雪と翌日には京を発ち、その家臣と雪葉らと共に堺へと向かうことになる。

「では姫様、行ってまいります」
「ん、気を付けてな」

 色葉の見送りに雪葉は名残惜しそうな顔をみせたものの、家康らと共に京を離れた。

     /色葉

 天正十一年六月一日。

 信忠の帰還を待って、二条城にて茶会が催された。
 公卿や僧侶ら四十名を招いた、盛大なものである。
 これを取り仕切ったのが、松永久秀であった。

 茶会が終わり次第、わたしは本能寺へと戻り、晴景や信忠、久秀も同行して酒宴となった。
 貞宗にも付き合えと言ったのが、相変わらず固辞して酒宴には参加しなかった。
 つまらん奴である。

「しかし征夷大将軍の地位を蹴りなさるとはのう。いやはやこの久秀、殿には恐れ入りましたぞ」

 などと言う久秀に、晴景は苦笑を返していた。

「そのような地位、俺には重すぎる。無位無官の方が気楽であるぞ」
「ははは。ではわしも弾正の官を返上いたすとしましょうかの」
「久秀、すでに自由気ままのお前が今更なにを言っている?」

 わたしの突っ込みに、久秀はこれはしたりと頭を掻く。

「ところで信忠様、大坂は如何でしたかな?」
「士気は高く、準備は全て整っていた。六月二日には渡海するとのこと」
「それは祝着」

 機を見てさっさと話題を変える久秀。
 引き際は大したものである。
 ともあれなるほど準備万端であるらしい。

「しかし信忠。長宗我部元親は戦上手と聞く。一万四千では少々心もとないだろう」
「まずは小手調べ。それに第二陣として、柴田勝家が増援を指揮する手筈となっておりますゆえ」
「勝家が行くのか」

 それはもう、まごうことなき織田の主力となるだろう。
 元親も手強いだろうが、勝家も戦上手。
 見応えのある戦となるはずだ。

「あれも歳だろうに頑張るな」
「しかし心強いぞ」

 などと言うのは晴景である。
 晴景は勝家のことを評価しているので、今回の戦線に加わると聞いて、上機嫌になったようだった。

「久秀、丹波衆はどうなっている?」
「久通からの報せによれば、すでに丹波衆一万、加えて明智殿の三千も加え、いつでも出陣可能とのことですじゃ」
「そうか。ならいい」

 他にも丹後、若狭、越前、加賀、近江と周辺の国々に動員をかけており、兵が集まり次第この京に集結することになっている。
 それをどう運用するかは、これから決めなくてはいけない。

 しかし光秀の奴、もう合流していたのか。
 さすがに迅速だな。

「さて、明日も早い。我らはこれでお暇するか」

 夜も更けてきた所で、晴景は二条城に、信忠は妙覚寺に帰っていった。

 残ったのは久秀で、どうやら帰る気が無いらしく、わたしに碁の相手を所望してきたくらいである。

「殿、夜更かしは美容の大敵です」

 などと孫娘もどきの清が早く寝ようとせがんでいたが、久秀はうまく言って追っ払っていた。
 相変わらずな関係のようである。

「碁は得意じゃないんだが」
「何を仰せられる。わしは色葉様にちっとも敵いませんぞ」

 まあ久しぶりだからいいかと思い、久秀に付き合ってやった。
 雪葉がいたらとっとと寝ろと怒られていただろうが、幸い雪葉はいない。
 たまには夜更かしもいいだろう。

「……ほう。これはまた珍しい」

 盤面を睨んでいた久秀が、ううむと唸った。

「三コウか」

 珍しいものを見て、わたしも唸った。
 三コウは珍しいが、出ないわけでもない。

 とはいえこのままでは勝負にならないので、無勝負とするのが普通である。

「やり直すか?」
「いやいや。もう一局となれば、時を食いすぎますからな。ここらでやめておきましょう」
「そうだな。いい加減、貞宗にも怒られそうだからな」

 それにさすがに眠くなってきたところでもある。

「おお、そういえば大日方殿に授けられたという九十九髪茄子じゃが、持ってこられたのじゃろう?」
「ん、多分な。こっちで幾度か茶会をするだろうし、久秀もいるから、持ってこいとは言っておいた」
「本日の茶会ではお披露目されなかったからのう。明日にも見せてくれるよう、大日方殿に頼んでは下さらぬか」
「……本当に好きだな、お前たちは」

 苦笑して、承諾しておく。
 そうしてその夜はお開きとなったのである。

 日付はすでに、六月二日になっていた。


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