朝倉天正色葉鏡

第251話 重陽の会盟(後編)

朝倉天正色葉鏡 本能寺之編 第251話

「織田殿。貴殿は如何思われるか」

 秀吉が信忠に発言を促す。
 残り二家。
 織田と上杉が、恐らく一番賛同しづらいはず。
 まずは織田家の反応、か。

「構想としては面白いが、どのような形でまとまるのかこの場でははっきりしていない。我らで連合政権を為すとして、各々にどのような役割があるのか、我らがどのような立ち位置になるのかがつまびらかにならぬ以上は、即断できぬと思うが」

 もっともな反応である。
 が、秀吉はからからと笑ってみせた。

「いやいや。小難しいことを考える必要はあるまいて。立場というのならば、我らは素直に朝倉殿に膝を屈しておけばそれでよかろうというもの。そして我らが軍権を朝倉殿へとお渡しいたす。仮に紛争が勃発した場合、我らは朝倉殿の命に従い、これを討ち果たす。さすれば時を置かずして、天下泰平の世が訪れるという寸法ではないかな?」

 また言いにくいことをはっきりと言うものである。
 だが分かり易くていい。
 つまりはそういうことなのだろうから。

「では上杉殿は如何か? すでに我が羽柴家、徳川家、里見家が朝倉殿に追従する構え。独立独歩を貫くもよろしいが、これらを相手に我が儘を通されるご時世ではもはやなくなっていることくらい、聡明な上杉殿ならば承知であろう?」
「…………」

 景勝は黙して語らない。
 というか迂闊な返答などできないだろう。

 とはいえ、確かに秀吉が全面的に朝倉家に臣従するという一点だけでも、もはや朝倉家に対抗できる勢力は事実上存在しない。
 織田家などは完全に包囲された形であり、外交的にも軍事的にも対抗しようがない。
 これに逆らえば名実ともに滅ぶだけである。

 上杉家などは放っておいてもいいが、政権への参加が遅れれば遅れるほど、その立場は悪くなる。
 そして今の上杉家は上野を得たとはいえ、昨今の情勢を鑑みるに、もはや大した力は持ち得ていない。
 家臣の統制すらままならないくらいである。

 そしてその背後には、朝倉に臣従した新発田重家もいる。
 家康が参加しないのであればまだ局面も変わっただろうが、徳川家も政権に参加するとなれば、上杉家とて進退窮まるに等しい。
 遅かれ早かれ、だろう。

「……この場で明言はできぬ。が、やむを得ぬ仕儀かとも心得る」

 あ、景勝も何か容認したぞ。
 新発田重家の時もそうだったけど、意外に物分かりがいいからな、景勝は。
 となると、あとは織田信忠だけ、か。

「殿、良いのではありませぬか」

 その時、末席から声が響いた。
 渋いがよく通る声で、視線がその将に集まる。
 皺深く老齢だが、その胆力をいまだ感じさせる男だった。

「勝家、控えよ」
「申し訳ございませぬ。が、一言申したく」

 なるほど。
 あれが乙葉のお気に入りの柴田勝家か。

「ん、構わんぞ」

 わたしは適当に発言を許すことにした。

「されば。昨年の内乱により、織田家の求心力は低下しておることは、もはや周知の事実。このわしとて一時はその帰趨を迷った身の上。それを説得して下さったのが、そこにおられる朝倉晴景殿である」
「心得ている」

 律儀に、信忠は頷く。
 実際その通りで、もし勝家と信忠の関係がこじれれば、勝家は三河で独立していたかもしれないのである。

 そうなったらそうなったで、わたしはそれを滅ぼしてついでに三河も接収してやろうと思っていたのだが、晴景がそんなわたしを制し、自ら三河に乗り込んで勝家と会談し、これを織田家に帰順せしめたという経緯があった。

「わしが信忠様に従ったのは、天下泰平のため。ここで朝倉殿に従うは、それに数歩早く近づくものであるとは思いませぬか?」

 どうやら勝家は、知らないうちに朝倉びいきになっていたらしい。
 晴景のおかげというべきか、乙葉の接待のたまものかは知らないが。

「勝家、そなたはそれでよいかも知れぬが、家中には必ずしもそうではない者もおる」

 それはそうだろう。

「そのような輩はわしが説得いたす。まずは殿のお心次第」
「…………」

 さすがの信忠も困ったようだった。
 が、やがて顔を上げ、わたしや晴景を見返した。

「晴景殿、奥方殿。かつて信濃にて私が申し上げた言葉を覚えておいでか」

 さて、どの言葉のことを言っているのか、ちょっと分からないが。

「……朝倉が私が仕えるに足る存在になっているのであれば、従うことも拒みはしない、と私は遠照寺にてそう言った」

 そういえばそうだった。
 そこまで明言するのかと、あの時は驚かされたものだった。

「そうだな。それで?」
「今、朝倉家に私が仕えるに足る存在になっていると、そう確約できるか?」

 できるわけがない。

「さて、そんなことは知らん。わたしの知ったことではないからな」
「お、おい色葉……?」

 わたしの冷たい返答に、晴景がやや気遣うように声をかけてくる。
 が、とりあえずは無視だ。

「我らがそのような存在になっているかを決めるのは、お前たち自身だろう。違うか?」
「……如何にもその通りである」
「だろう? そして……話が何やら進みに進んではいるが、秀吉がもちかけたこの話、正直わたしとしては気乗りしない」

 そんなわたしの発言に、周囲は驚いたようだった。
 中には事前にわたしが秀吉と示し合わせ、このような茶番を演出したと思っている輩もいることだろうからな。

「わたしに本気で従うというのなら、それはそれでいい。が、その気が無いのに従うというのならば、やめておけ。まだ暴れ足りないというのならば、付き合ってやる。――信忠、お前はどうなんだ?」

 ついわたしに、とか言ってしまったが、まあ大差はないだろう。
 しばらくぞっとしたような沈黙が流れたが、やがて苦笑いにも似た笑声が洩れ聞こえた。
 信忠である。

「いや、やはり私では敵わぬか。奥方よ、私は最初から貴殿を恐れ、織田家存続を第一に考え、そのために我が父を手にかけた。我が目的は家名存続。であれば、最初から結論など決まっていたのだろうな」

 多少はさっぱりした雰囲気になって、信忠はそんな風に言った。

「やはり即断はできぬが、前向きに検討することを約束する。今はこれで如何か」

 あれ、信忠も何かその気になっているぞ?
 むう……。
 何なんだろうな、これは。

「うむ! まずは祝着至極ではないか、皆の衆!」

 秀吉が一人喜んでみせているが、何やら置いて行かれた気分でもある。

「色葉よ、気乗りせぬ言っておったが、このまま話を進めても良いのか?」

 むしろ最後まで戸惑っているのは晴景だろう。
 わたしだって、何やらよくわからん、という気分なのだから。

 うちの家臣どもは、きっとわたしが裏であれこれ画策していたのだろう、と勝手に解釈して勝手に納得しているようで、あまり意外な雰囲気はみせていない。

「うーん……。まあ、晴景様がいいのなら、いいんじゃないか? この場合、順当にいけば晴景様が盟主になるのだろうし」
「いや、それが荷が重いのではないかと思ってな……」

 こそこそと、わたしにささやいてくる晴景。
 気持ちは分からないでもないが、何を今さら、である。

「わたしが天下統一を目指していたことは知っていただろう? だったら遅かれ早かれ、だ。若いうちに面倒な仕事は片付けてしまった方が、老後にゆっくりできるぞ?」
「……早くも老後ときたか」

 わたしの適当な言に、晴景は苦笑する。

「何にしろ、早くわたしを楽にしてくれ」
「ああ、そうだな」

 どこまでも横暴なわたしの言葉にも、晴景は律儀に頷いてみせた。
 やはりわたしには過ぎた夫なのかもしれないな。

「では、羽柴殿の提案を受け入れよう。細部についてはこれからになるだろうが、大まかな枠組みは皆がおられるうちに定めておきたい。多少、滞在の日程が延びるやもしれぬが、よろしいか?」

 まあ、そうなるな。
 大名どもが国許に戻ってしまうと、改めて決めるのに時間がかかり過ぎてしまう。
 やるならやるで、皆が一堂に会しているこの機会にすべきだろう。

 しかし朝倉政権ね……。
 さすがにそこまでは考えていなかった。
 というかもっとずっと先のことだと思っていたんだがな……。

 ともあれ議場は一応の意見の一致をみて、先の事は明日に持ち越されることになった。
 それぞれ考えるべきこと、やっておくべきこと、覚悟すべきことなど色々増えただろうからな。

「おい、秀吉。お前はちょっと残れ」

 解散となる寸前に、わたしは秀吉を居残りさせた。
 仮にも畿内で勢力を誇り、羽柴家の当主たる秀吉を留めるには何とも礼を失し、ぞんざいすぎる態度だったが、わたしの性格を知り抜いている者たちからすれば、むしろそんなわたしの言動こそ自然だったのだろう。

「晴景様、差し置くようですまないが、ちょっと秀吉と個人的に話したい。構わないか?」
「色葉が望むのならば否やはない。が、丁重に扱ってくれ」
「ああ、ちゃんともてなすとも」

 うっすらと笑んでそう答えてやるが、そんなわたしの表情を見た他の家臣どもがぎょっとなっていた。

「やれやれ、その笑みは健在だな」

 晴景にやれやれって言われてしまった。
 ここに雪葉がいたら、お小言間違い無しだったな。
 いないからいいけれど。

「秀吉、ついてこい。あと孝高も連れてこい。来ているんだろう?」
「か、かしこまった」

 今までは威厳を保とうと頑張っていたらしいが、ここに来てやや腰砕けになった感じで秀吉がそそくさとやってくる。
 末席だった方からは、こちらに向かう黒田孝高の姿もあった。

 やはり今回のこと、怪しいのはあの男だろう。
 はてさて何を考えているのか、吐かせてやろうというものだ。


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