朝倉天正色葉鏡

第197話 方針転換

朝倉天正色葉鏡 甲州征伐編 第197話

     /色葉

「高遠城には向かわない。まずは真田本城に兵を進める」

 わたしの決定に、軍議の席の一同は軽くどよめいた。
 やや慌てたように、堀江景実が口を開く。

「と、殿の援軍は如何されるのですか?」
「そんなものはない。しかし晴景様には高遠城を死守してもらう。晴景様はこのわたしの夫だ。できないはずがないだろう?」
「そ、それは……その通りではありますが」

 わたしに威圧されて、景実は頷くしかなかった。

「新府城落城の報が真実ならば、高い確率で武田信勝も命を落としているだろう。つまり武田家はすでに滅んだと考える。つまり朝倉の援軍そのものが間に合わなかった、ということだ」

 六月十二日。
 この時点でも情報が錯綜し、正確なことは掴めていないのが現状である。
 しかし断片的な情報を総合して、わたしはすでに甲斐武田家が滅んだとほぼ断定していた。

「では、撤退されるのですか」
「馬鹿を言え」

 能登衆を束ねている長連龍へと、わたしは一蹴する。

「ここまで出張っておきながら、虚しく撤退に及ぶなどありえるか」
「はっ……! まことにその通りでありまする」

 そもそも撤退自体がすでに難しくなっている。
 高遠城には晴景とその軍勢が入ったことで、どうにか織田方と対峙することができているといった状況だ。
 ここで下手に軍勢を退けば畳みかけられて、諏訪一帯は織田家の手に落ちるだろう。

 逆に今、高遠城に兵を進めれば、織田と対等以上に戦うことができる。
 決戦に及んでこれを撃滅し、岐阜に追い返すことも可能かもしれないが、しかしその間に北条がどう動くかで、戦況は大きく変わってしまう。

 もし新府から諏訪に進めば朝倉方は挟撃されて、十中八九敗北する。
 またそのまま佐久や小県方面を制圧し、上野国に至る街道を進んで武田の残党を殲滅しにかかる可能性もある。

 だが小諸城にて武田信豊が下曾根浄喜の謀反に遭い、命を落としたことで、北条方は佐久方面に侵攻し易くなった。
 となれば、当然こちらに進むことだろう。

「今回の遠征の目的は武田の救援だったが、それは失敗した。だから基本方針を変更する。この信濃や甲斐は朝倉家がもらう」
「……つまり、武田遺領を切り取ると」
「そういうことだ」

 確認した景実へと、わたしは頷いた。

「まずは信濃だ。ここから北条を追い払う。そのためには上野の北条と合力されることだけは絶対に防がねばならない。連中は小諸までは容易に進むだろう。その先の小県には真田郷がある。ここはまだ健在だが、危うい」

 真田郷には武田家臣である真田氏の本拠・真田本城がある。
 この真田本城の周辺には、支城である松尾古城や砥石城などが点在し、鳥居峠を越えて上野方面に向かえば、岩櫃城、沼田城へと続き、これら一帯は真田の領地となっていた。
 そしてこの深志城から真田本城までは、道は決して平坦ではないものの、単純な直線距離ではそう遠くない位置にある。

「上野の内藤を助ける意味でも小諸城を奪還し、北条を甲斐に閉じ込める」

 小諸は信濃と北関東を結ぶ要衝でもあり、ここを奪われたままなのは如何にもよろしくないからだ。

「その後、甲斐に侵攻されるのですか?」
「いや。いったん閉じ込めればそれでいい」

 景実へとわたしは答える。

「次は織田だ。北条が新府に撤退すれば、再び諏訪が挟撃される恐れが出てくる。むしろ撃退されての撤退であるならば、織田の助力を必要とする思考に至るだろうから、そうなる前に織田信忠をある程度、退ける必要があるだろう」
「……つまり、甲斐や南信濃は即座に奪還するには及ばない、ということですな」

 総括するように貞宗が確認し、わたしはそれに頷く。

「大雑把だが、佐久と諏訪を線で繋いで防御線とし、敵のこれ以上の侵入を防ぐのが第一の目的だ。その間に中信から北信を平定し、上杉と協調して上野方面の北条を打ち払い、後顧の憂いを無くした上で甲斐を奪う」

 口で言うのは簡単だが、これはなかなか難しい。
 北信濃には武田家に属していた国衆が未だ健在であり、これらを糾合し、従わせなければならないからだ。
 しかしこれをしっかりしておかないと、ここは朝倉の領国ではない以上、遠征そのものが破綻してしまう。

「……なるほど。殿のおられる諏訪は、すでに朝倉家への臣従を申し出ているゆえ、これは問題ありますまいが、この筑摩の地を統べる馬場殿は如何されるおつもりなのでしょうか」

 貞宗の言に、一同の視線がこの深志城主・馬場昌房へと向けられた。

「……この深志城を明け渡せ、ということでしょうか」
「ん? 別にそんなことはしない。信春とは縁があったし、無下にするつもりは無かったんだが……」

 もしごねるようならば、一応優しく説得するつもりではいた。
 その程度には、信春に対して義理はある。
 が、あまりに拒絶が過ぎるようならば、このわたしのことだ。今は何の想像も働かせていないが、非道なことも容赦無くするだろう。

「本領を安堵していただけると……?」
「もし周辺で従わないような輩が出てくれば、わたしは徹底的に滅ぼすつもりだ。その際に功を上げるのであれば、加増もやぶさかではない、がな」
「い、いえ……。加増など恐れ多いこと。本領安堵で十分でございます」
「そうか? ん、ということは、朝倉家に臣従すると受け取っていいんだな?」
「は……。やむを得ぬ仕儀かと心得ます。ただ、殿の生死が不明なうちは、臣下の礼は取れぬことをお許しいただきたく」

 まあ、道理か。

「いいだろう。お前にはそのままこの地を任す」
「ははっ。ありがたき幸せにて」

 さて、まずはこれでいい。


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