朝倉天正色葉鏡

第180話 大坂城にて

朝倉天正色葉鏡 大坂独立編 第180話

     ◇

「まこと、見事な手並みであられたな」
「ここまで事を急ぐつもりはなかったが、成り行き上、仕方なく、な」

 天正八年十月十七日。

 京を落ち着かせたわたしは、まず上洛時の宿所と支配の拠点を兼ねて、二条城の普請に取り掛からせた。
 それまではかつて信長が宿所としていた本能寺に入り、ここに居座ることにしたのである。

 そしてしばらく骨休めをしていたわたしの元に、大和をほぼ制圧した秀吉からの使者が訪れ、正式に会談する運びとなったのだった。

「武田勝頼殿が討死されたとは耳にした。お悔み申す」
「おかげで忙しくなった」

 秀吉がそう言い、頭を下げるのに対して、わたしは不満げにそう答えてやる。
 実際、不満であった。

 信長の軍事行動に対しては報復でき、成果も上げることができたが、これではこちらも休む暇も無い。
 それに何より、東の情勢は今のところ最悪だった。
 今のところ遠江が落ちたとは聞いていないが、時間の問題だろう。

「お前もうまくやったようだな? これほど大規模な謀反にも関わらず、信長は手も足も出なかったんじゃないのか」
「それは朝倉殿の存在あってこそ」
「ん、まあそうだな。もっと感謝しろ」
「は、はあ……」

 ここぞとばかりに恩を売っておく。
 わたしの物言いに、秀吉はやや困惑した顔を見せ、その隣にいる曲者の黒田孝高は、相変わらずのすまし顔。
 もっともわたしには、その腹黒さが透けて見えるというものであるが。

 そしてわたしの隣では、付き添いの乙葉がその通りだと言わんばかりに得意げな顔になって、尻尾を揺らしていた。
 ちなみに今回の会談は非公式であり、この四名のみで行われている。

「ところで朝倉殿。わしが参ったは他でもない」
「察しはつくが、言ってみろ」
「我らと同盟を結んでいただきたい」

 予想通りの展開である。
 秀吉は急激に領地を増やし、畿内一帯への影響力も増えたが、しかし統治してより日が浅い。
 これを安定させるには時が必要だろう。

「それって隷属の間違いじゃないの? 成り上がり者相手に、姉様が対等な関係を築く必要なんてないでしょ」

 などと言うのは乙葉である。

「た、確かに我らと朝倉殿では、その国力も名門としての血筋も違いすぎるが……」

 乙葉の上から目線の言葉に気圧されながらも、秀吉は何とか踏みとどまって口を開く。

「狐如きに侮られる覚えはない、とでも?」
「いや、いやいやいや! 決してそのようなことは!」

 面白がってわたしも乙葉に乗ってみたら、秀吉は慌てて手を振って抗弁してみせた。

「むしろお美しいと存じておるのですぞ……! と、特に乙葉様などは、それはもう……!」

 ん?
 何だかよく分からんが、どうやら秀吉は乙葉に好意を持っているようだ。

「あら。妾も褒めてくれるの?」
「そ、それはもう……!」
「そ。それはありがとう」

 乙葉も基本は素直なので、褒められて悪い気がしないのであれば、謝辞をすぐに口にすることができるのだ。

 しかし……こういう姿の者が好きな輩もいるのか。
 この耳や尻尾は、確かに童相手ならば受けもいいが、歳を重ねればやはり奇異に思われるものである。
 まあどうでもいいが。

「それよりも同盟の話だったな」
「う、うむ」
「別に構わんぞ?」

 こちらとて、東西に敵を作る気は無い。
 まずは信長を滅ぼす。
 秀吉はその後でいい。
 それまではまあ、仲良くしてやるのもやぶさかではない、といったところだ。

 とはいえ秀吉は畿内の大半を押さえている。
 この日ノ本の中心は相変わらず畿内であり、ここが他家の手にあることは、本音を言えば愉快ではない。
 もっとも京は抑えてあるし、今後じわじわと日ノ本の中心を北国に移していけばいいだけのこと。
 かつて京が荒廃した際は、一乗谷が北の京と呼ばれたほどだ。
 不可能、というわけでもないだろう。

 とにかく秀吉との関係は良好をもって今後続けていく。
 万が一の場合は荒木村重という仕込みもあるが、あれはどこまで当てになるかは分からない。
 今では秀吉に臣従しているが、その実はわたしの間諜のようなもの。
 普段は情報を流し、有事の際はこちらに寝返ることになっている。
 とはいえ状況次第では秀吉方につくだろうし、流れてきた情報は裏を取る必要もあるが。

「それは目出度い! 正式な同盟締結の折には、是非ともご歓待したく存じる。ついては一度、大坂に足労願えればと思うのであるが」
「大坂?」

 そういえばまだ大坂には行ったことが無い。
 秀吉が作っているという大坂城を見ておくのも悪くないか。

 わたしとしてはこちらの情勢が落ち着き次第、一乗谷に帰還する予定だった。
 今のところ武田領は、東海道において苦戦はしているものの、甲信は維持されている。
 もしこちらが援軍を派遣するとするならば、これらが侵された時だろう。

 その前に下手に出しゃばると、ただでさえ揉めかけている武田の家督継承に干渉してしまうことになり、両家の関係にひびが入る恐れもあるからだ。
 今回、信長が近江や畿内を失ったことにより、西からの武田に対する圧力は弱まるはず。

 これで何とか凌いでもらいたいものである。
 こちらとて連戦はきついのだ。

「なら早い内にうかがおう。雪が降るまでには越前に帰るからな」
「それは祝着至極! そこでなのだが……」
「ん?」
「その際は是非とも……お、乙葉殿もご一緒されてはと一考しておるのだが」

 どうやらよほど乙葉のことを気に入っているらしい。
 普段はつんけんしているが、懐くととことん可愛くなるのはわたしも認めるところだ。
 とはいえそれを以前の会談のみで気づいたというのならば、大したものである。

「姉様が行かれるのならば、妾が同行するのは当然でしょ?」

 何当たり前のこと言っているのよ、みたいな乙葉の反応からすると、乙葉自身は秀吉からの好意にはまるで気づいていないらしい。

「そうだな。行ってお前のことを羽柴の者どもに自慢してやるとするか」
「然様か!」

 諸手を挙げて喜ぶ秀吉に、わたしは苦笑した。

     ◇

 同月の二十七日。
 わたしは乙葉や久秀といった丹波衆を引き連れて、大坂へと入った。

 そこでは秀吉に臣従した荒木村重、宇喜多直家、山名堯熙、鈴木重秀といった諸将の他、秀吉配下の重臣が居並んで待ち受けており、盛大に歓待されることになる。
 とても十日程度で準備したとは思えない規模のもので、恐らくもっと前から用意させていたのだろう。
 歓待の内容は、いかにも派手好きな秀吉らしいものだった。

 わたしは大坂城の普請を見学したり、堺見物と洒落込んだりと、久しぶりに物見遊山を堪能。
 その間、秀吉の乙葉に対するアプローチ、とでもいうべきものはなかなかのもので、傍で見ていると笑ってしまうほどだった。
 むしろ乙葉を招待するのが目的で、わたしはついでだろうと思ってしまうほどである。

「確か秀吉には正室がいたはずだが」
「然様ですな。よく出来た方と窺っておりますの」

 などと答える久秀も、秀吉の意中などすでにお見通しで、にやにやしながら乙葉とのやり取りを眺めている。
 さすがの乙葉も秀吉の積極的な好意には気づいたようだったが、つれなく全て袖にしていた。
 如何にも乙葉らしい。

「羽柴殿は珍しく、恋愛にて奥方を得られた稀有な方ですからな。そう簡単には諦めますまい」
「ふうん。そうなのか」

 確かにそれは、このご時世にあって珍しい。
 かくいうわたしも政略結婚で、晴景とは夫婦になっている。

「もう……。何なのあれ? 正直鬱陶しいわ」

 戻って来た乙葉が多少辟易したように、わたしにそんな愚痴を洩らした。

「お前に気があるんだろう?」
「あんなサル顔に好かれても嬉しくない」
「そう言うな。秀吉が乙葉に好意があるというだけで、こちらは交渉に使える条件が増えるというもの。だから適当にいい顔をしておけ」
「むぅ……。姉様がそう言うのなら、そうするけど」
「いい子だ」

 自然と身を寄せてくる乙葉をそのまま抱き寄せ、頭や耳、そして尻尾を撫でてやれば、乙葉はうっとりとした表情になって不満も一時的に消し飛んだようだった。

「なんだ久秀?」

 こちらを凝視して相変わらずにやにやしている久秀は、いや眼福でございますな、などとほざく始末。
 その他の取り巻きの家臣どもは、わたしに睨まれて明後日の方向に視線を逸らしたが、久秀は相変わらず図太い神経をしているらしい。

 ともあれ三日間に及ぶ歓待は無事に日程を終え、わたしは京へと帰還。
 久秀に後を託すといったん佐和山城に戻って美濃方面の情勢を確かめた後、越前へと帰国した。

 天正八年十一月。
 本格的な積雪を前に、動員していた兵は一部を除き、いったん解散。

 落ち着いた畿内とは裏腹に、甲信では暗雲が立ち込めている。
 早ければ来年の春には出兵となるだろう。
 情勢は、より一層混沌としてきたのだった。


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