朝倉天正色葉鏡

第155話 家督継承

朝倉天正色葉鏡 大坂独立編 第155話

     /色葉

 天正八年四月一日。

 朝倉領内は祝賀気分一色になっていた。

 一つはわたしが男子である小太郎を出産したこと。
 もう一つは晴景が家督を継承し、朝倉家当主となったことである。

 特に晴景の家督継承についてはわたしが越前に帰還してすぐに決定したこともあり、地方の家臣どもへと即座に周知された。
 そのために続々と北ノ庄へと人が集まってきたのだった。

「面倒くさい」

 一乗谷から北ノ庄へと入ったわたしは、例の如く着替えをさせられていた。
 いつの間にか仕立てたのか、いつになく豪奢な衣装である。

 とはいえわたしにしてみれば、せっかく引きこもっていた一乗谷から出ざるを得ず、やや不満だったともいえる。

「何をおっしゃっているのですか。姫様が出ずしてどうするのです」
「そうそう。姉様見たさに来る輩もいっぱいいるんだから」

 ちなみに着付けを行うのは雪葉と乙葉である。
 わたしはされるがままだ。

「そう言うが、お前たち二人がいれば十分に目の保養になるだろうに」

 未だに姫などと呼ばれてはいるが、わたしの態度は男どもが理想とする姫とは程遠いだろう。
 それに比べて雪葉は普段から淑やかであるし、乙葉も猫を被るのがうまい。

 わたしも頑張ってみたことはあったが、周囲から気味悪がられるのでやめたのだ。
 というか、無理なことはしないに限る。

「わたくしなど姫様には敵いません」
「うーん、やっぱり姉様が一番? かな」

 などと言ってくれるが、自分ではよくわからないものである。

「……それに、今日の主役は晴景だろう。わたしが出ずとも……」
「つべこべ言わずに!」

 雪葉に怒られてしまった。
 こういう時の雪葉はわたしにだって容赦が無い。

「むぅ……」
「仏頂面はいけません。皆が見ておりますから」
「でも笑うと怒るくせに」
「あのような邪まな笑みでなければ、如何様にも笑まれればよろしいのですよ」
「愛想笑いなんてできないぞ」
「ならば澄ましていて下さい。それでも姫様らしくはありますので」
「むぅ……」

 軍議とかだったら一向に構わないけど、祝賀行事は面倒なものである。
 やれやれ……。

 着替え終え、時間となったので、本丸御殿にある自身の居室から大広間へと向かった。
 奥から入ると、そこにはすでに家臣一同、勢揃いしている。
 晴景も待っていた。
 わたしが最後である。

 着座するのは一段高い上座。
 相変わらずわたしが一番偉いことになっているらしい。
 とはいえ今回は晴景と席を並び、同じ席次となっていた。

 これはわたしの意見を通した結果、である。
 上から眺めてみると、朝倉家中において重きを為している家臣どもがずらりと並んでいた。

 まず上座にわたしと晴景。
 そのすぐ下に景鏡。
 そして左右に家中でも特に重臣が居並び、下の方には家臣となって日の浅い直臣らが座している。

 更にその背後には陪臣もいて、なかなかの人数だった。
 一乗谷にあるわたしの館の広間も広いが、そこではやや手狭と感じてしまうくらいの人入りである。

「この度は家督継承の儀、祝着至極にありますれば……」

 家臣らを代表して一門筆頭の朝倉景建が祝辞を述べる。

 次に武田家より遣わされていた武田信豊が挨拶をした。
 信豊は勝頼の従弟でその側近である。
 昨今では朝倉との外交の取りまとめを行っている人物でもあり、比較的よく顔を合わす相手でもあった。

 また上杉家からの使者として、安田顕元がこれに続く。
 続けて家臣筆頭で加賀国を預かる堀江景忠、そして越中国を預かる姉小路頼綱が口を開いた。

 その他にも新参衆ではあるものの、若狭国を任せた武田元明、丹波国を任せた松永久通、丹後国の一色義定も挨拶をする。

 ちなみに松永久秀は一応隠居の身ということもあって、この場には出席していない。
 が、越前には訪れているので、その辺りを気ままにほっつき歩いていることだろう。実に羨ましい。

 家臣どもはまず晴景の家督継承を祝い、その後で若が生まれたことを口にし、ついでにわたしのご機嫌とりをする形の挨拶に終始した。

 これはわたしがそれとなく命じておいたことでもある。
 でないとこの家臣どもときたら、晴景を差し置いてまずわたしに挨拶をしかねない雰囲気だったからだ。
 晴景に気を遣ったというよりは、この機に晴景を前面に押し出すことにしたから、とも言えた。

 わたしは以前のように無茶のできる身体でもなくなってしまったし、子育てのこともあるし、疲れたし、しばらく一乗谷でのんびりすることに決めていたからである。

 それにそもそもわたしは表立って朝倉家を率いる気はさらさらない。
 今までは景鏡がいたから良かったが、隠居したからには晴景に頑張ってもらわねばならないだろう。

 とはいえ現状を鑑みるに、そうそうのんびりもしていられないかもしれないがな……。

「さて憂鬱な時間は終わりだ」

 格式ばった儀式やら何やらを終えると、いったん家臣どもは解散し、夜に再び集まって酒宴となった。

 儀式などはどうでも良かったが、酒宴に関しては手を抜かずに徹底して家臣どもや使者どもをもてなしてやる。
 雪葉と乙葉を家臣どもの中に放り込み、酌をさせて回れば最初こそ皆は恐縮していたものの、酒精が入れば何のその、である。

 無礼講ということにしてあるから、多少の騒ぎになってもわたしは気にしない。
 乙葉などは一緒になって騒いでいるし。

 ただ雪葉はさすがで、とびきりの微笑を拵えながら、羽目を外しそうになっている家臣の元に赴くと、氷のような声で釘を刺して回っていた。

「姫様、飲み過ぎてはいけませんよ?」

 わたしですらにっこり笑顔でそう言われてしまったほどである。
 もっともせっかくの酒宴。
 隙を見てはどんどん酒を流し込む。

「あははー。姉様、ぎゅっとして!」

 上機嫌になった乙葉が抱き着いてきたり。

「いつぞやの借りを返したく」

 景建が大酒勝負を挑んできたり。

「ふん。わたしに勝てたら隠居を許してやるぞ?」
「おお。では後悔めされますな」

 その景建を軽く捻ってやったり。

「昌幸! 松倉城での戦いのことは褒めてやる。だから酌をしろ」
「……していただけるのではなく?」
「どうしてわたしがお前にそんなことを」

 武藤昌幸を酒の場でもこき使ってみたり。

 ともあれその日は騒ぎに騒ぎ、家臣どもだけでなく領民を含めてお祭り騒ぎになったのだった。


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