朝倉天正色葉鏡

第151話 丹後巡察

朝倉天正色葉鏡 大坂独立編 第151話

     /色葉

 天正八年二月末。
 越前方面の雪解けと、自身の体調回復を待っていたわたしは、ようやく丹波国から越前国へと帰る運びとなった。

「まあ、うまくやれ」
「お任せ下され」

 これまでわたしが居座っていた丹波亀山城には、松永久秀が入ることになった。
 八上城の城主には久秀の嫡男・久通が入り、わたしはこれを許している。

 未だに松永家の当主のような顔をしている久秀ではあるが、実のところとっくの昔に隠居しており、家督は久通に譲っていた。

 そのため表向きは久通に丹波と丹後の半国支配を許したような形にはなっているものの、実際には久秀が実権を握っていたことは言うまでもない。

 そんな久秀を亀山城に配したのは、当然京に睨みを利かせるためである。
 和睦したとはいえあの信長のことだ。隙をみせれば攻め寄せてくる可能性は十分にある。

 ともあれ丹波に図らずも長居したことにより、仕置きは十分にすませることができていた。
 後は新たに切り取った地を視察しつつ、一乗谷に帰るだけである。

「真っ直ぐにお戻りになられた方がよろしいのでは」

 雪葉などは心配してそんなことを言ってきたが、わたしは首を横に振った。

「自分の領地くらいは見ておきたい。どうせ通り道だ」

 結局わたしの言を通して丹波から丹後に入り、まずは建部山城へと向かった。
 城のある建部山は独立峰で整った形をしており、丹後富士とも呼ばれているとか。

「姉様、山頂まで登るととっても見晴らしがいいの!」

 などと言うのは丹後平定に携わった乙葉である。

「確かに海を一望できるからな。いい眺めを期待できるか」

 以前のように身体が動くのなら、それこそひとっ走りして駆け上がってみるのだが、今のわたしは常人に毛が生えた程度の身体能力しか有していない。
 歩く程度ならば問題ないが、走れば疲れを感じてしまう。

「姫様、いずれ登る機会もありましょう。今回は……」
「ん……そうだな」

 やはり心配してくる雪葉の言を、今回は素直に聞くことにした。

 越前までまだ道半ば。
 いかにのんびり帰るつもりとはいえ、はしゃぎ過ぎて疲れ果て、足手まといになるのも遠慮したかったからだ。

 それに同行している息子と娘のこともある。
 あまり長旅にするのも悪いだろう。

 わたしは建部山の麓にある、八田守護所へと入った。
 ここは一色家が代々根拠地としていた地である。

 とはいえここは先の戦でやや荒廃しており、見てくれが良いとはいえない。
 わたしが来るということで慌てて体裁を取り繕ったようだけど、高が知れたものだ。

 そこで待っていたのが一色義定である。

「姫におかれてはご機嫌麗しく」
「まあ、そんなに体調が優れているわけでもないがな。……おい、乙葉」
「っきゃ」

 隣でもの凄く殺気立った視線で義定を睨む乙葉の尻尾を掴むと、わたしはひょいと引っ張ってやった。

「ね、姉様……?」
「そんな顔をするな。義定は恐れなくても周囲の者が引いているぞ」
「うう……でも」

 乙葉は丹後攻略の際、弓木城攻めにおいて義定に撃退された経緯がある。
 それが余程悔しかったのだろう。

 あの時はわざわざわたしに謝罪の文まで寄越す始末で、わたしは返書で十二分に慰めてやったのであるが、久秀の提案で義定の丹後半国支配を認めることで懐柔することをわたしが認めると、乙葉はかなりご不満だったようなのだ。

 ちなみに義定はこれまで二度、わたしと会っている。

 一度目は丹後平定後。
 二度目はわたしの出産後。

 二度目の時などは乙葉も傍にいて、それはもう機嫌が悪くなったのであるが、三度目となる今回も変わらないらしい。

 乙葉が本気で殺意を放つと、猛獣のそれよりも恐ろしい有様になる。
 普段は淑女で通している分、余計にその差異が際立ってしまう。
 乙葉は感情家なので、体裁を取り繕わなくなると、本性がだだ洩れなのだ。

 まあ乙葉らしくはあるが。
 そんな乙葉を見て、雪葉などはやれやれ、といった感じで首を振っている。

「我が妹を打ち払ったことは聞いている。一度手合わせ願いたいものだ」
「……恐縮です」

 乙葉の目に見える殺気には慄かないくせに、わたしに対してはそれこそ冷や汗でもかいていそうな雰囲気で縮こまる義定。
 今のわたしでは妖気もあってないようなものなのに……よくわからん。

「乙葉はお前に敗れたことが悔しくてたまらないらしい。誇っていいぞ?」

 戦場では縦横無尽の働きをする乙葉ではあるものの、意外に黒星も多い。
 単純な武勇では上杉謙信や柴田勝家に及ばなかったし、そういったもので勝っていても、戦術の類で江口正吉や一色義定にあしらわれている。

「は、はあ……」
「ふんっ」

 鼻をならしてそっぽ向く乙葉を抱き寄せ、頭を撫でてやる。
 拗ねてはいるが、しかし同時に甘えてもくる。
 難しい年頃……といっても、わたしなどよりも遥かに年上のはずだが、そんな感じだ。

「とにかく案内は任せたぞ」
「ははっ。お任せあれ」

 当初の予定通り、わたしたち一行は義定の案内で、数日をかけて丹後領内の巡察を行った。

 主要な城下町の発展具合、庶民の生活水準、民度、田畑の具合、地形、街道の状況、各地の拠点となる城など、視察の目的は多岐に渡っている。
 じっくり念入りに行うならば一ヶ月ほど留まる必要もあるが、そんなに時間はかけられない。

 とはいえ手も抜けなかった。
 丹波は長く居座っていたからよく分かっているし、若狭はわたし自身が攻略したこともあって、ある程度は知り得ている。

 しかし丹後国はまったくわたしが関わっていないこともあって、知識が圧倒的に足りなかったのだ。
 それに半国とはいえ丹後を任せている義定の為人を知るいい機会にもなる。

 場合によっては適当な理由をつけ、乙葉に魂ごと食い殺させてもいいかと思っていたが、実際に接して見てそれなりに胆力のある人物であることは間違いないようだった。
 史実でも信長に実力を認められて、一色家を再興したという。

 また義定は隣国但馬の山名堯熙とも親交があり、外交的にも役に立ってくれそうである。
 やはり利用した方が得策だな。

 足早にではあるが三日後、領内を巡回し終えたわたしたち一行は、再び八田守護所へと戻ってきていた。

「一つ提案がある」
「は、何なりと」
「お前に丹後一国を返そうと思う」
「――!?」

 思わぬことだったのだろう。
 義定は目を見開いた。

「それは如何なる……?」
「言葉通りの意味だ」

 丹後攻略の折、義定は丹後の北半分の安堵を約束したことで、わたしに降伏した。
 南半分は松永家の知行となっており、この八田の地も一色家ではなく松永家のものである。

「ただし、条件がある」
「条件、でございますか」
「わたしは久秀を朝倉に迎えるにあたり、丹波と丹後の二ヶ国を与えることを約束している。だからそれを履行するためには一色家は邪魔であるし、素直に臣従しないのであれば滅ぼすつもりでいた」

 だから丹後半国を義定に渡してもいいからと、久秀自ら懐柔の提案をしてきた時はやや驚いたものだった。

 そして本来ならば丹後攻略は久秀に任せず、わたし自身が行うつもりだったのである。
 であれば容赦などもするはずもなく、義定は討死していたかもしれない。

 ところがわたしは出産を控えて体調不良で動くことができず、久秀自身が切り取ることになった。
 そして義定は乙葉をも撃退してのけ、久秀に気に入られたのだろう。

「運がいいといえば、運がいいのだろうな。で、だ。実はお前に丹後を任すことは実は久秀も承知している。ただし、お前を久秀の与力とすることが一つ目の条件だ」
「……他にもあると?」
「松永久通には子が二人いる。次男の方をお前の養子にしろ」

 その言葉に、義定は顔をわずかに強張らせた。

「それはつまり、いずれその子に家督を譲れと……そういうことでしょうか?」
「さにあらず、だ」

 苦笑して、わたしは首を横に振る。

「別にそうしてくれてもいいが、嫡男にしろと言っているわけではない。お前に子が生まれれば、それを嫡子とすることは認める。ただ、お前の命を助けた久秀には従え。その証拠として、養子を受け入れろ。嫌なら断ってもいい。半国支配もそのまま認める。ただしわたしは冷遇するぞ? 耐えられなくなったら裏切ってもいいが、確実に一色家は断絶するだろうな」

 こういうことを何の腹芸も無く口にするから、わたしは時折周囲に恐れられるのだろう。
 隣で雪葉がもう少し言い様が……みたいな顔をしているけど、知ったことじゃない。面倒臭いのは嫌いだ。

「……承知、いたしました」

 存外早く、義定は首肯した。

「思うところは無いのか?」
「一色家の再興こそが、我が望み。であればこの程度の条件、呑めぬ方がおかしいというものです」
「殊勝だな」

 物分かりのいい奴は楽でいい。
 また久秀の奴も、わたしが思っていたよりも柔軟な男だった。
 本来なら丹波、丹後の二ヶ国の完全支配の方が望ましかったのだろうけど、今回、義定に恩を売ってまで間接支配に留めたのは、その方が早期の安定が望めると踏んだからだろう。

 また先の和睦の際の婚姻や、今回の養子の話など、一色家の血や家名を取り込むことは、松永家にとっても悪くない話である。

 一色家は遡れば足利氏の一門であり、室町幕府においては四職の筆頭でもあった名門だ。
 美濃の蝮を殺した斎藤義龍なども一色姓を名乗ったことは、よく知られている話である。

「褒美というわけではないが、この八田守護所に代わって新たな城を築くことを許す。八田の名を舞鶴に改めて、舞鶴城を普請しろ」
「舞鶴とは……また雅な名前ですな」
「名前負けしないような、丹後の顔となる城にするがいい」

 史実において八田の地は田辺と改められ、田辺城が作られるわけだが、本当かどうかは知らないが、鶴が舞い降りた所に城が作られたため、田辺城を舞鶴城と呼び、江戸時代の舞鶴藩へと繋がり、現代の舞鶴市になったとか。

 放っておいてもそうなったかもしれないが、田辺城の雅名というだけあって舞鶴という響きはわたしも気に入っていたので、最初からその名前にしてやったというわけである。

「さすが姉様。素敵なお名前。でも拝領する輩が無骨過ぎ」

 乙葉がちゃっかりと口を挟んでくるので、耳を引っ張ってやる。

「あと宮津にも城を作れ。視察した限り、ここと宮津は丹後の中心になりえる。普請により人を集めて経済を活発化させろ。また舞鶴の方は湊も整備することを忘れるな」

 舞鶴港は重要な湊であり、越前方面との物流でも重要になってくる。
 関税収入も馬鹿にならないだろう。

「そしてもう一つ、宮津城には城主としてお前の養子とする久通の子を入れろ。それで久秀も満足する」
「はっ。……されど姫、まことに言いにくきことながら、城の普請をするには銭が足りませぬ。姫のご方針にて一年は税を取らぬことになっており、即座に手をつけることは難しいかと……」

 わたしの機嫌を思ってか、義定が困ったようにそう言う。
 が、そんなことは分かっている。

「問題無い。普請に必要な銭は全てわたしが出そう。お前はとっとと城下や領地を潤わせて、富を越前に送れ」
「は……ははっ! ただちに取り掛かります!」

 恐縮したように、義定は頭を下げた。
 築城にかかる費用は莫大ではあるが、まあ先行投資のようなものだ。
 特にここは湊があるから回収は早いだろう。

 こうして丹後の仕置きをざっとすませたわたしは、次なる目的地である若狭へと向かったのであった。


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