朝倉天正色葉鏡

第148話 秀吉の野望

朝倉天正色葉鏡 大坂独立編 第148話

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 天正八年一月。

 織田家臣・羽柴秀吉による播州征伐は大詰めを迎えていた。
 別所長治が籠城する三木城は、実に一年十ヶ月に及ぶ羽柴勢の包囲を受けて、城内の食糧が尽きて久しい状態にあった。
 これが世にいう三木の干殺しである。

 一月六日には長治の弟・別所友之の守る宮ノ上砦が落とされ、十一日には別所吉親の守る鷹尾山城を攻略され、残るは本城のみとなったところで、秀吉から降伏勧告がなされた。
 それは長治、友之、吉親の切腹をもって城兵の命は助ける、というものである。

 長治はこれを受け入れ、十七日に果たして切腹。
 三木合戦は終了した。

「長かったがどうにかなったのう」

 秀吉は現在居城としている姫路城に入り、やれやれと肩を鳴らした。
 姫路城は秀吉配下である黒田孝高の居城であったが、以前より孝高はその本丸を秀吉に提供していたのである。

「とはいえ播磨平定は未だならず、ですぞ兄上。気を引き締めていかねば」
「ではあるが、ちと疲れた」

 ぐってりとなる秀吉を見て、弟である羽柴秀長はやれやれとため息をついた。

「殿、寝ている場合ではございませぬ」

 そこにやって来たのが黒田孝高である。
 秀吉は即座に目を開け背筋を伸ばす。

「おう、官兵衛か。如何した?」
「山名祐豊がついに承知致しましたぞ」

 その報告に、秀吉はもちろん秀長の表情にも、にわかに緊張の色を帯びることになった。

「……兄上。いよいよですな」
「む……うむ。いよいよか」

 やや歯切れ悪く、秀吉は頷いてみせる。
 その様子から、秀吉が今後しなければならない重大な決断に対し、未だ迷っていることが容易に見て取れた。

 一度は孝高の説得にて決断した秀吉ではあったが、割り切れずにいるところもあるのだろう。

「大儀であった。おお、そうだ官兵衛。せっかく三木城も落としたことであるし、我らはそちらに移り、姫路城はおぬしに返そうと思うのだが」
「ありがたきお言葉なれど、無用にございます」

 秀吉の申し出に、孝高はやんわりと謝絶した。

「姫路城は播州を統治するに最適の地なれば、これを手放してはなりませぬ」
「確かに官兵衛の申すこと、その通りかと」

 秀長もまた、孝高の意見に賛同する。

「西に睨みを利かせるためにも不可欠な城かと存じますぞ」
「宇喜多はこちらについたとはいえ、毛利がどう動くは分からんからのう……。しかし大坂城といい、銭がかかってしょうがないわ」

 昨年中に大坂の石山本願寺を開城させ、本願寺顕如らを退去させることに成功した秀吉は、主君である織田信長の命により、暫定的な管理を任されていたのである。

 それを機とみた孝高は即座に秀吉に進言し、石山御坊に対して大掛かりな改修を行わせ、大坂城の普請を試みたのだった。

 石山本願寺は寺でありながらその強固な要害から摂州第一の名城とされ、実際に織田家の猛攻を九年に渡り防ぎ切った城である。
 この地に関しては信長も目をつけていたようで、秀吉からの大坂城普請の願いはすぐにも聞き届けられ、連日作業が進められている状況だった。

「大坂城に関しましては織田様が費用を出してくれていますからな。こちらの腹は痛みますまい」
「官兵衛、おぬしあくどいのう」
「お褒めに預かり恐縮です」

 秀吉の軍師であった竹中重治亡き後、この黒田孝高がそれに代わって参謀的な存在となり、その偉業を大いに助けていたことは疑いようも無い。
 むしろそれは秀吉にしても恐ろしく感じるほどの、鬼気迫るものであった。

 そして今、着実に力を溜めて機を見計らい、大それたことを為そうとしているのである。
 秀吉としては多少ならずとも、胃の痛くなる毎日であったともいえる。

「また、毛利の方は問題ありますまい。領土は広大なれど、野心が感じられませぬ」
「毛利輝元のことか」

 現在、中国一帯を勢力下に置いている毛利家ではあるものの、その当主・毛利輝元は孝高が見るに、無能ではないが凡庸、というものであった。

「しかし叔父の吉川元春や小早川隆景は侮れまい」

 秀長の言葉にげにも、と孝高は頷く。

「吉川元春は無骨で扱いにくくはありますが、しかし小早川隆景は話の通じる相手。事はうまく運ぶかと」
「官兵衛がそう言うならば、安心か」

 しかしよく動いたものだと、秀吉は素直に孝高のことを感心した。
 羽柴勢が播州征伐のために三木城攻略にかかり切りになっている中、孝高は周辺各国に足を運んで密談を繰り返し、大それた謀略を完成させようとしていたのである。

 すなわち、羽柴家の独立。
 それは主家である織田家への全面反逆を意味する。

 越前朝倉家の上洛により端を発した畿内騒乱は、孝高の見立て通り、織田家に甚大な被害を与えた。
 京は辛うじて死守したものの、若狭一国に美濃郡上を奪われた挙句、講和条件として北近江を割譲。
 その間に朝倉は丹波・丹後を制圧し、その勢力を北陸から畿内周辺にまで及ぼしてきたのである。

 さらに悪いことに、同盟国であった徳川家が武田勝頼による西上作戦によって滅亡。
 遠江、三河と東海の諸国が武田家の手に落ちたのだった。

 そしてその武田家は、朝倉家と強固な婚姻同盟を結んでおり、今回の朝倉との講和で武田の西進は防いだものの、織田家は北と東を強国に囲まれ、未だその勢力が大なりとはいえ、情勢は不利になりつつある。

 孝高とて徳川家の滅亡まで読んでいたわけではないが、しかしこれによって予想以上の好機が到来したことだけは事実であった。

「されど朝倉は油断なりませぬ」

 状況はすべて孝高の思うように進んでいる。
 だがそれでも、最も油断ならぬ相手と思しきが、朝倉家であったのだ。

「何故か? 朝倉は長浜城の一件、約定を果たしてくれたであろう」

 秀吉の居城であった長浜城には当然のごとく家族がいたが、事前にかわされた密約により無血開城させ、その家族は丁重に保護され、秀吉側に引き渡されている。
 その代わりに石山本願寺が、秀吉の手に落ちることになった。

 交渉は主に朝倉家が主導で行い、これを開城させたのである。
 そしてこれは秀吉にとって大きい成果であった。

「幾度か申し上げましたが、朝倉家の色葉姫は決して侮って良い相手ではございませぬ。今のところ利害が一致したゆえ、動いたに過ぎぬでしょう。仮に我らが独立を果たしたとしても、その後情勢次第では攻め込まれかねませぬ」
「そのように危険な相手か」
「はい」
「むぅ……」

 確かに、とは秀吉も思うところである。
 何せ主君であるあの織田信長をここまで翻弄してみせたのだ。
 あの朝倉義景の落胤と言うが、にわかに信じがたいものもある。

「……しかし大層な美人と聞くぞ?」
「獣の耳と尻尾が生えてはおりますが」
「面妖じゃがそれでも美人と噂がたつは、相当なのであろう?」

 秀吉はというと、実はそちらの方にこそ興味があった。
 この時代の武士としては珍しく、男色にはまるで興味が無かったからである。

「一度会ってみるか」
「兄上!」

 そう口走る秀吉へと、思わず窘める秀長。

「義姉上を悲しませるような真似は――」
「いえ、会見は不可欠かと考えております」
「む? そうか?」

 孝高としては、一度秀吉を引っ張り出す必要があると感じていたからだ。
 朝倉色葉という存在を肌身で感じ取ってもらった上で、独立後に迅速な同盟が成るように下準備を進めておく必要があったからである。

 長浜城と石山本願寺の一件で誼を通じることはできたが、交渉はこれからであろう。

「朝倉勢はその大半が領国に引き揚げましたが、色葉姫は産後ということもあって、未だ丹波に留まっている様子」
「なに、子を為したのか?」
「そのようです。そのため朝倉家は祝賀気分が蔓延しており、交渉するならば好機かと心得ます」
「うーむ……。よいな、よいな」

 秀吉には側室との間にもうけた石松丸という名の庶長子がいたが、数年前に亡くしており、以来子を授かってはいない。
 特に正室との間に子が無く、秀吉としても思うところがあるのだろう。

「されど殿。あれはひとではありませぬ。油断めされては食い殺されますぞ」
「そのように恐ろしき女子か?」
「美人であることは保証致しますが」
「ふむう……。官兵衛ならばその姫を御せると思うか?」
「難しいですな」

 素直に孝高は言う。

「とはいえ、これに後れを取るようであれば、天下統一などおぼつきませぬ」
「む? いや、そういう意味ではなくてだな……」
「? ではどういう――」
「いや、いや、良い。真面目な奴じゃ」

 苦笑しつつ、秀吉は意を決する。

「良かろう。その姫と会おうではないか。委細はおぬしに任せてよいな、官兵衛」
「お任せを」

 その後、孝高の働きかけにより朝倉家との会談が実現。
 日取りは二月七日と定められることになる。


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