朝倉天正色葉鏡

第130話 敦賀侵攻

朝倉天正色葉鏡 西上作戦編 第130話

 朝倉三葉、というのは何なんだ、と乙葉は思う。
 察するに、色葉と自分、そして雪葉を指してそう呼ばれているのだろう。

 それに朝倉乙葉なんて、名乗ったこともない。
 そんな勝手をしたら色葉に叱られてしまうだろう。
 だが一方で、悪くない響きである、とも思ったのだ。
 まるで家族のようではないか、と。

「ふ、ふうん……。あなた、意外に見どころあるんじゃないの?」

 今まで考えたことも無かったが、この丹後平定を色葉が功ありと認めてくれたならば、朝倉姓の下賜を恩賞としてねだってみるのもいいかもしれない。
 自分だけだと何だから、雪葉の分もついでに頼んでやるかとあれこれ考え始めた乙葉は、すっかり機嫌が直ってしまっていた。

「恐縮です」
「ふん、いいわ。希望に添えるかどうかは約束できないけれど、色葉様にお願いしてみる。その代わりにちょっと手伝いなさいよ?」
「は?」
「さっきの噂話のこと、うまく色葉様に伝えろって言っているの。いいわね?」
「は、はあ」

 定長にしてみれば乙葉が何を考えているのか分からないこともあって、曖昧に頷くだけである。
 しかし乙葉の機嫌の良さを敏感に感じ取り、更なる希望をねじ込むことを忘れない。

「であれば、もう一つお願いしたき儀が」

 本来ならば直接色葉に願い出ようと思っていたことであるが、口添えがもらえるならそれに越したことは無いと、定長は便乗することにした。

「なによ、まだあるの? 図々しいわね」

 そう言いつつも、そこに不機嫌さは無い。
 定長が睨んだ通り、この乙葉という少女はおだてに弱いらしい。

「実はそれがしには今年十になる嫡男がおりましてな。できますれば、愚息を色葉姫の小姓に上げてもらえればと考えておりまして」
「小姓?」

 乙葉は首を傾げる。
 小姓とはこの時代、武将の身辺に仕えて諸々の雑用を請け負う者をいい、主に若年者が用いられていた。
 そのため特に珍しいことでもなかったが……。

「色葉様の小姓って大変よ? 雪葉がうるさいし」

 色葉ほどの大身ならば、多くの小姓を持っていても不思議ではないのであるが、しかし煩わしいといって色葉はあまりそういった者を傍においてはいない。
 そもそも雪葉や華渓がいる上に、乙葉もそつなくこなせるのでこれまで特に問題が無かった、というべきか。

 しかし最近では乙葉はもちろん、雪葉も色葉の傍を離れることが多く、人手不足はやや否めない感があったのも事実である。

「それでも名誉なことなれば」
「そう。まあ話はしておいてあげる。でも結果は期待しないでよ? 一応すでに一人、小姓はいるしね」
「是非ともよしなにお願い致しまする」
「はいはい」

 尻尾をふりふりさせてご機嫌になった乙葉の元に、急報がもたらされたのはその時であった。
 若狭の武田元明より急使が丹後へと入り、久秀へと急報が入ったのである。
 すなわち柴田勝家率いる三万余の織田勢による、越前への来襲の報であった。

「これって好機よね?」

 その報に目を輝かせたのは乙葉である。

「は?」

 首をかしげる定長へと、乙葉は意気込んで言う。

「妾、今回の丹後平定でやられちゃったから、ご褒美をねだるにはちょっと足りないと思っていたの。でも攻めてきた織田の奴らを殺して殺して殺しまくれば……少しは足しになるでしょ?」
「は、はあ」
「なに惚けた声を出してるのよ。あなたも行くのよ!」
「そ、それがしもですか?」
「当然でしょ。ここでしっかり手柄を立てておけば、色葉様もきっと認めてくれるわ!」

 こうして乙葉は久秀の下を辞すと、取り急ぎまずは若狭へと入った。
 定長がこれに付き合わされたことは言うまでもない。

 乙葉に従った定長が今後苦労したことは想像に難くは無いものの、しかし結果としてその功は認められ、のちにその嫡男・治長は色葉の小姓として取り立てられることになった。

 このことは、乙葉の先の運命に大きく影響したともいえる出来事であったのである。

     ◇

 京での戦線膠着を打開するため、満を持して柴田勝家率いる三万余の大軍が越前へと侵攻を開始した。
 目指すは敦賀郡疋田である。

 九月二十二日。
 金ヶ崎城へと入った朝倉晴景はこれを本陣と定め、諸将を集めて軍議となった。

「ついに来たか」
「はっ。敵の総大将は柴田勝家。副将として佐久間盛政、山路正国、山中長俊、毛受勝照、前田利家、佐々成政、不破光治、原長頼らが見受けられます」

 金ヶ崎城主であり、敦賀郡を預かる朝倉一門筆頭の朝倉景建の報告に、晴景は神妙に頷いた。

「相手は鬼柴田か」
「強敵ですな」

 柴田勝家。
 織田家臣の中でも随一の猛将である。

「そして敵は三万か」

 対する敦賀防衛の兵力は八千余。
 これは元々敦賀に駐屯している三千に加え、上洛した色葉率いる五万余の兵力の内、山崎景成率いる五千余が色葉の命により敦賀で合流し、景建の指揮下に入っていたためであった。

 ちなみに若狭に侵攻した兵力は三万であったが、色葉率いる一万と、長連龍率いる五千は京の急襲を狙い、現在では合流して丹波にある。

 そして山崎勢五千は敦賀に。

 残る一万余は若狭防衛のため、そのまま若狭にて待機している状況であった。
 これは織田の侵攻は予想されていたが、敦賀か若狭かどちらに来るのか判断できなかったためでもある。

「本国からの援軍は頼めぬのですか」

 そう尋ねるのは朝倉景道。景建の嫡男である。

「あちらは動かせん」

 実のところ、美濃方面への警戒として数千の兵が大野郡に展開しており、大日方貞宗を主将としてすでに臨戦態勢を整えていた。
 これは徳川による飛騨侵攻の際から継続している。

「貞宗は好機を狙っているゆえ動かせんのだ」
「好機、でありますか?」
「うむ。また色葉が色々と策謀を巡らせておるらしい」

 飛騨が徳川によって侵された際も、貞宗は動いていない。
 しかし頻繁に、飛騨を預かる武藤昌幸と連絡を取り合っているとのこと。
 色葉の意向には違いないだろうが、何かを画策していることは間違いないだろう。

「とはいえこちらが手薄になるのは如何かとも思いますが」

 やや納得できないでいる景道へと、景建はやれやれといった雰囲気でたしなめる。

「たわけ。この敦賀――疋田はもはや難攻不落。姫様が財力を惜しまず作り上げた疋壇城がある。八千でも多いくらいだ」

 実のところ、景建は自前の三千の兵で敦賀を守り切る気でいた。
 五千をわざわざ差し向けてくれたのは、それこそ色葉の優しさだろう。

「はは。景建も色葉に毒されているとみえるな」

 つい晴景がそんな風に笑うと、げにもと諸将から声が上がり、景建はやや恥ずかしそうに頭を掻いた。

「されど守っていてばかりでは勝てませぬぞ。ここぞという時には攻めて、打ち払わねば」

 そう言うのは疋壇城を預かる磯野員昌である。
 猛将として名高い員昌ならば、相手が柴田勝家であろうとも怯まず吶喊するだろう。

「待て待て、磯野殿。三千の兵は守るには十分であるが、打って出るとなればあまりに少ない。敵を侮ってはいかん」

 慌てて景建は員昌を制止する。

「なに、千も拙者に預けてもらえれば……」
「却下だ」

 やれやれと首を振る景建に、しかし員昌は諦めた様子も無く今度は晴景に食い下がる。

「若殿もそう思われませぬか?」
「機があれば、それも良かろうが、当面は景建の申すように防衛に徹する。色葉もその方針であるしな」
「姫のご意向とあっては、是非もありませんな」

 とりあえずはということで、員昌はいったん引き下がった。
 とはいえやはり諦めた様子でも無かったのであるが。

「ともあれ気を引き締めて参ろう。疋田は鉄壁とはいえ、敵は大軍。進路を変えて思わぬところから押し寄せてくるやもしれぬ。疋田の死守は当然であるが、それと同じくらい、若狭と丹波を繋ぐ街道の死守も不可欠だ」

 晴景が言うところは皆も承知するところであった。
 朝倉の本隊は今や遠く丹波の地にあり、その兵站は若狭を経由して維持されている。

 ここが断たれると、当然丹波の朝倉勢は浮足立つことになるだろう。
 敦賀を奪われても同様であるが、若狭の防衛も同じくらい大事である、ということである。

「もしも色葉様が飢えるようなことにでもなれば、後が恐ろしきことになりそうですものね」

 何気なくつぶやいた景成の言葉に、諸将は顔を引きつらせる。

「あ、あまり不吉なことを申すでないぞ、山崎殿」
「こ、これは失礼を」

 景建にたしなめられて、ばつが悪そうに景成は頭を下げる。
 実際のところ、色葉に食事の類は必要ないのであるが、しかしよく食べることは周知の事実であった。
 食事は愉しみであるらしく、それを阻害した場合の折檻などは、それはもう、想像を絶するしごきになるやもしれないと、諸将が皆、恐怖したのである。

 今回の遠征にあたり、色葉は十分な量の兵糧を用意していた。
 人口の増加や農地拡大により米の生産量は着実に増加しており、もはや以前の比ではなくなっている。

 そもそも越前は一播二越と称されたように、播磨国に次いで米の生産が盛んな土地である。
 いまやそれを凌ぐ勢いであるといってもいいだろう。

 さらには念のためにと他国に米を事前に買い付けて、それを武田に援助するほどの万全ぶりである。
 兵站さえ維持されれば、兵糧の問題は皆無とさえ思われるほどだ。
 ここまでお膳立てをした色葉を仮に飢えさせるようなことになれば……と、諸将が恐れたのも無理は無かったかもしれない。

 こうして敦賀において朝倉勢が手ぐすねを引いて待ち構える中、柴田勢は安土から長浜に入り、一気に疋田に向けて進軍。
 世にいう疋壇城の戦いである。
 これは晴景の戦歴の中でも屈指の死闘となる、激戦であった。


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